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読書のお部屋

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#今こんな気分

つきのぼうや

つきのぼうや

その夜、ウサギはベランダに立ち、そっと夜空を見上げた。そこには細く優雅な三日月がぽつんと輝いていた。彼女はどこか寂しげに微笑んだ。街明かりが強すぎて、星の姿はほとんど見えない。月だけがひとり夜空に取り残されたように見えた。

「こんな夜には、あの本が読みたいわ」彼女はそう呟くと部屋の中に戻った。小さな本棚の前に立ち、揺れる瞳で背表紙をなぞると、その中から一冊の絵本を取り出した。

窓辺に腰をおろし

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わゴムは どのくらい のびるかしら?

わゴムは どのくらい のびるかしら?

きのうの夜、図書館でその本を読んでいたカメくんが私に言ったの、「輪ゴムってどれくらい伸びると思う?」って。そう聞かれた時、私は何も考えずに答えてしまった。「そうね、20センチくらいじゃないかしら?」と。

その時よ、自分がつまらない大人になってしまったのではないかと思ったのは。だから、その本を受け取り一人で図書館を後にした。少し混乱していた私は、直ぐにはその本を読めなかったわ。

朝が来て、読み始

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よかったね ネッドくん

よかったね ネッドくん

その日、カメが図書館の静けさの中で本の海に潜っていると、肩を落としてトボトボと歩くウサギが現れた。彼女の表情は曇りガラスのように霞がかかっており、どこか彼女の不運を物語っていた。

彼女は細い身体を、力なく閲覧席の椅子にあずけると、小さな声で話し始めた。「長い列に並んだのに、買いたかったスイーツが目の前で売り切れてしまったの。私はこの星の中で一番の不幸な人なの」

カメはそんな彼女に、「ウサギさん

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1つぶのおこめ

1つぶのおこめ

その日、図書館に辿り着いたウサギは、窓際の閲覧席でページをめくっていたカメのもとへ急いだ。彼女は静かにカメに問いかけた。「心を澄ませるような本が読みたいんだけど」カメは一瞬考えをめぐらせた後、彼女の意図を尋ねることなく、黙って手元の絵本を差し出した。

絵本を受け取ったウサギは、彼の隣にふわりと腰をおろすと、ページをぱらりと開いた。そして魔法に掛かったように、夢中でページをめくり続けた。最後のペー

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協力か それとも犠牲か

協力か それとも犠牲か

その日、ウサギとカメはロードバイクに乗って名栗湖周辺を疾走していた。カメは前を走りながら、時折振り返ってウサギの様子を確認した。彼女は遅れることなく、しっかりとカメの後ろをついてきていた。風の抵抗を少なくするために、二人は20センチの間隔を保ちながら、先頭を交代しながら走っていた。

「近藤史恵さんの『サクリファイス』を読んでいたら、久しぶりにロードバイクに乗りたくなったの」と、誘ったのはウサギだ

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おおきな木

おおきな木

その日、ウサギは足元に視線を落としながらカフェに辿り着いた。ひとつ小さく息を吐くと、何かを吹っ切るようにドアを開けた。店の奥で本に視線を送っているカメの姿を見つけると、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。

カメの前に座ったウサギは、しばらくの間、ページをめくるカメの指を見ていた。やがて「優しい気持ちになれる絵本が読みたいわ」と独り言のように呟いた。彼はゆっくりと視線を上げると、ウサギの瞳を見つめた。

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未知者との交差

未知者との交差

映画館のシアター7のスクリーンで「ゴーストバスターズ/フローズン・サマー」のエンドロールが終わり、ゆっくりと出口に向かっていたウサギがぽつりと言った。「最後に流れた『新しい学校のリーダーズ』のMV、すごく斬新だったと思わない?」

映画館を背にして、夜の空気を感じながら、ウサギは隣を歩くカメに話を続けた。「未知の存在と冷静に向き合うのは、私には難しいと感じたわ。だからかしら、15歳のゴーストバスタ

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じいじのさくら山

じいじのさくら山

図書館の児童コーナーで、ウサギはゆっくりとその絵本を閉じた。瞳に押し寄せてきた涙のせいで、彼女の視界はぼんやりと滲んで見えた。「カメくん、ずるいわ。こんなに私を泣かすなんて」彼女は以前カメに拾ってもらったハンカチで、静かに涙を拭った。

「桜の季節にピッタリの絵本を読みたいの」そう言ったのはウサギだった。カメはしばらく考えた後「これがいいと思うよ」と彼女に一冊の絵本を紹介した。それが、松成真理子さ

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