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【小小説】ナノノベル

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2021年3月の記事一覧

えもいえぬ会食

えもいえぬ会食

「会食はされましたか?」

「鳶が鷹を生むような会食をしたことはございません」

「それはどういうものでしょうか。私はちょっと不勉強でわかりません。私だって鬼じゃないんだから、弱点ばかりを突いていくつもりはありませんよ。どうかお答えください。会食はあったのでしょうか?」

「狐が狸を化かすよう会食をしたことはございません」

「それは肯定ですか。否定ですか。どうも私にはよく理解できないのですが。そ

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疑念モーニング

疑念モーニング

「月曜日の朝、目玉焼きは食べましたか」

「国民の疑念を招くような朝食を食べたことはございません」

「サラダは食べましたか」

「お答えいたします。国民の疑念を招くような朝食を食べたことはございません」

「ヨーグルトは食べましたか」

「繰り返しになりますが、国民の疑念を招くようなものについてはございませんでした」

「食後にコーヒーは飲まれましたか」

「それも含めて、国民の疑念を招くような

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みっちゃん(スター・ディスタンス)

みっちゃん(スター・ディスタンス)

 夕暮れに一番星をみつけた。それから10分もしない内に、みっちゃんはそのすぐ隣に新しい星をみつけた。今日みっちゃんは冴えていた。
「スペースあるやろ」
 一番星のいっちゃんの声が聞こえた。何か怒っている。
「宇宙のキャンバス広いやん。もっと向こうで瞬けよ」
「近いようで近くない」
 二番さんは冷静な口調で言い返した。
「私たちの距離は推定7000億キロメートル。
それに今に満天が埋め尽くされる。ほ

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モダン・ジャッジ(無意識のさばき)

モダン・ジャッジ(無意識のさばき)

「記憶にない……」
 確かにそれは私の声であるようだ。しかし、はっきりとそんなことを言ったという記憶はない。だとすればそれは無意識の内に現れた声と言うことができる。当然、そこには意図はない。意味もなければ狙いもない。含みもない。野心もない。悪意もなければ命令もない。興味もない。予定もない。感覚もなければ強制もない。情熱もない。詩情もない。記録もなければ確証もない。自覚もない。資格もない。義理もなけ

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その壁に注意せよ

その壁に注意せよ

 ネットのクチコミに踊らされたりはしない。私は自分の目を信じる。店の暖簾を見ればそれがどんな店かは、だいたいわかる。見過ごすべきか踏み込むべきか、真っ直ぐ暖簾を見ればわかるのだ。

「いらっしゃい」
 感じのいい大将だ。
 壁を見ればその店の歴史がわかる。どんな人が訪れ、どれだけ人々に愛されてきたか、誰に聞かずともすべては壁が語ってくれる。大物俳優のKが何度も足を運んでいるのがわかる。

「マグロ

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スパイ角(ルーツ&ツール)

スパイ角(ルーツ&ツール)

 この肩の痛みはどこからくるのだろう。
 腕? 首? 頭?
 そう単純なものとも考えにくい。それはもっと複雑な痛みのように思えた。他人の体から、遠い街から、白い雲から、夏の向こうから、癒えぬ悲しみから……。ここからは見えないところから、それは日に日に強さを増しながらやってくる。
 いったいどこから?
 それがわかれば、いくらでも手を打てるのに。

 今度は胸の真ん中にまた違う痛みが襲ってくる。
 

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ツッコミ耐久テスト

「最後の試験です。今から流れる映像に合わせて止まることなくツッコミを入れてください」
 バーチャル空間に現れるアクシデントに、俺は休みなくツッコミ続けなければならない。一瞬でも止まったら、俺はツッコミ失格だ。

 ・ Ready Go !  ・ ・ ・

「天井高いな!」
「ポメラをまな板にすな!」
「お茶熱すぎや!」
「セールばっかりやな!」
「鞍馬天狗か!」
「どこが先手やねん!」
「どんな囲

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ホーム・マカロン

 駆け出して行く時のときめきは何度経験しても消えることがない。ときめきが強すぎるのか、僕の学習能力が浅いのかわからない。いつだって、もっともっと先へ行きたいと思う。思いが余ってついつい強く引っ張りすぎてしまうことがある。

「マカローン♪」
 りんちゃんの声が遙か後ろから聞こえたのは、その手が放れてしまったからだろう。けれども、僕は止まることができなかった。もっともっともっと……。まだ見ぬ景色が見

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とことん将棋

とことん将棋

 あるところまで行くと敵は突然強くなった。レベルが上がると対戦者は魔神になるのだろうか。すべてを見透かされているように、狙いの裏を取られる。難しい局面が私の手を止めた。私は将棋の時間の中にいた。
(簡単には勝てないんだな)
 自分の読みの甘さを痛感する。しかし、簡単にあきらめるわけにはいかない。第一感の手は成立しない。第二、第三の手もまるで論外だ。普通の手では、窮地を脱することはできそうもない。ふ

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自分探しの朝

自分探しの朝

 目覚めるといつも自分の価値がなくなっている。自分という存在が見失われている。「昨日はあった?」昨日の記憶と感覚が毎朝のテーマとなる。カーテンはよそよそしく触れると切れてしまいそうだ。太陽の光が明るみにする自分の無が恐ろしい。はじまりが重い。そんな物語に誰が変えてしまったのだろう。窓を開けると君の声が聞こえる。

「まとめるのが面倒なんだ」
「そうじゃないよ」
「見つける方が好きなんでしょ」
「そ

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優雅なぶら下がり

優雅なぶら下がり

「卵ご飯でしょうか、卵かけご飯でしょうか?」

「それはまあ人によりけりなんじゃないんでしょうか。必ずしもこうでなければならないと一律に決まっているということはないと思います。あなたはどうです。ああそうですか。私がこうだと言うのはここでは差し控えたい。友達と語る場合と正確に伝える必要があるという場合では、また状況が異なるということもあるかもしれません。そこは総合的に判断してそれぞれの場面に応じて適

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タッチパネル(宇宙回転寿司)

タッチパネル(宇宙回転寿司)

「言うほど大きくないね」
「いや、見た目の大きさじゃない」
「えっ? じゃあ……」
「よく味わって食べなきゃね」
「うん。何か今まで食べたのと違う」
「そりゃそうさ。スケールが違う」
「へー」

「今、ここにたどり着いたのは300年前に職人が握った寿司だ」
「えーっ! 大丈夫なの」
「ここの回転寿司は1つの銀河になっている」
「わーっ、何か吸い込まれそう」
「大丈夫。僕たちも宇宙の一部だよ」

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ハッピー・スタンバイ(最高の幸福)

ハッピー・スタンバイ(最高の幸福)

「まずはメンバー紹介から。

 センター玉。いつもは囲いの中にいるけど、実は最強の守り駒。
 はい、その隣は金。いてくれるだけで心強いぜ!
 はい、叩かれると弱いけど、攻撃の主軸銀将よろしく。
 続いて曲者の桂ちゃん今日も速攻たのむよ。
 まっすぐ前しか見ていない、縦だけなら飛車と一緒隅には置けないぜ、香ちゃん!
 はい左サイド。いつも遠くを見据えてる角さん。今日も華麗なさばきよろしく。
 誰もが

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セルフ・キャッチ

セルフ・キャッチ

「犯人の特徴は?」
「容疑者では?」
 女は冷静な口調で言った。

「男の特徴は?」
「おじさんです」
 少し待っても続く言葉はない。
「他は?」
「他?」
 そんなに難しいことだろうか。
「体型とか髪型とか何か……」
「おじさんですね」
 なんて薄っぺらい情報なのだ。おじさんがどれほどの数いると思っているのか。そもそもどこからどこまでがおじさんだというのか。

「私くらいの?」
「そうだ。あなた

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