【小小説】ナノノベル

253

ピュア・マスター

 初恋が成就することは希だ。若さ故の未熟さ、思い上がり、空間と感情のすれ違いに阻まれて、純粋であったはずのものはいつしか無惨に砕かれてしまうのが世の常だ。すれ違いは世の中の至る所に存在する。街のちっぽけな酒場だって例外じゃない。

どうして自分だけ……。多くの者が同じように思う。思うものは思う時に手に入らないものなのだ。本命はかなわなくてもそれに似たものならまだ存在する。笑顔で迎え入れれば上手く事

もっとみる
かたじけない!

人生レポート(ゆらぎ星)

 誰にでもできる簡単な作業だった。単純な謎解きと確認。軽くレポートを書き上げるくらいのこと。ちょっと行って帰るくらいのこと。
 ほとんどは予想の範囲を超えるものはないだろう。当たり前のことを当たり前に報告するまでだ。ある意味これはつまらない仕事だった。つまらないとわかったものを、つまらないと確かめるだけなのだから。
 レポートは順調だ。時々、ペンの運びが重く感じられる。この星の重力に少し戸惑いを覚

もっとみる
うれしきや今日この頃のスキひとつ

飛翔の棋士

 座布団の上で冒険を待っている。行き先は私の一存では決められない。
 待つ時間は相手の手番であり、私の時間でもある。
 ご飯が炊けるのを待つ間、ご飯の時間であり私の時間でもある。雨が上がるのを待つ間、雨の時間でもあり私の時間でもある。
 棋士が漕ぎ出す船を待っている。本当の強者は手番に関係なく手を読むことができるが、私はどうだろう。読み以前に、空想に耽る時間も大事にしたいと思う。私は扇子を開き、空

もっとみる
ワニがドーナッツ!(サンキュー!)

和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

 久しぶりに和食が食べたい気分だった。普段なら行き当たりばったり飛び込むような真似はしない。スマホを持ち始めてからというものすっかり冒険心をなくしてしまった。予め近くの店を検索してそれなりの評価を集めるものに狙いを定め、あらゆる条件を確認してから実際に足を運ぶ。確かにそれなら大きな失敗は少ない。しかし、昔はもっと違った楽しみがあったようにも思う。(ハラハラしたりときめいたりわからないからこその出会

もっとみる
助かった!

真夏の逃亡者

 店内に流れるJポップにうっとりとして足を止めた。漫画本を手に取ろうとすると透明なフィルムに包まれて開けないようになっていた。チョコレートとラーメン(ニッポンに来る時から楽しみにしていた)を手にしてレジに急ぐ。5人ほど並んでいたが、スタッフの見事な連携プレーによって瞬く間にさばけた。レジ前に置かれた奇妙な一品に思わず手が伸びる。

「ありがとうございます!」

 どこまでも行き届いたおもてなしの精

もっとみる
ワニがドーナッツ!(サンキュー!)

スーパー・リバー・サイド

 ちょうど先客の会計が終わるところだった。最高のタイミングで僕はレジへとたどり着いた。そう思った瞬間、大きな声に前進を阻まれた。
「お客様! 先にお待ちの方々が……」
 まさかと思い振り返ると川が流れていて、小舟に乗って近づいてくる人の姿があった。列は川の向こうにあるようだった。早合点した自分が恥ずかしくなった。
(大人150円)
 橋を渡るのにも金がいるのか。

 橋の上の診療所は大変混んでいた

もっとみる
助かります!

ポッポ店長スタイル

 あまたなる店長が店を守ってきました。お店の歴史は店長の歴史でもありました。皆様覚えておいででしょうか。あの口笛吹きの店長を。あの土下座の店長を。どうぞお忘れくださって結構でございます。主役はあくまでも皆様お客様方なのですから。

 いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、はい、皆様よ

もっとみる
ありがとう!

パワハラ・ラーメン体験記

 あれは私が働き始めて間もない頃でした。お昼休みに会社の人に連れられてラーメン屋さんに行きました。近所では割と有名な豚骨ラーメンの店でしたが、私はその時が初めての来店でした。席に着いてゆっくりメニューを見ようとしていると、せっかちな部長がぽんぽんと勝手に皆の注文をしてしまいました。強面の部長ということもあって、誰も文句も言えず従うしかありませんでした。

「お待たせしました。豚骨ラーメン全のせ特盛

もっとみる
助かった!

ラスト・ブック・ストア

 自分が好んで足を運べる場所は唯一本屋だけだった。
 服屋も飯屋も時計屋も電話屋も電気屋もみんな駄目だった。決めるべき時に決めなければならない。自身では何もわからないのに、接近する者は恐ろしい。人が怖い。笑顔と親切とそのあとがずっと怖くて仕方なかったのだ。

 本屋は何も急がない。選ぶのも選ばないのも自由なのだ。誰の助けを借りることもない。本当に迷った時には、本そのものの声を拾ってくることもできる

もっとみる
ワニがドーナッツ!(サンキュー!)

同期の私

 会社の私、自宅の私、路上の私、海辺の私、働く私、眠る私。どれも皆私。個々の私の体験は瞬時に同期されてすべての私の中に共有される。私は一人でなければならないという先入観からついに解放される時が訪れた。どこにでもいる私。

もう私は一人じゃない!

「先週の木曜夜8時どこにいましたか?」
「木曜の8時だったら八丁堀の将棋センターで将棋を指していました。私が四間飛車で、確か相手の方が右四間飛車でした。

もっとみる
みつけてくれてありがとう‼