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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2021年12月の記事一覧

『お帰りなさい』

『お帰りなさい』

TODOリストをチェックした。
やり残している電話は、ない。
送り忘れているメールも、ない。
返信も全て完了。

デスクの上を片付けた。
出しっぱなしのマーカー。
ボールペン。
付箋。
引き出しの中に放り込んだ。

カレンダーを架け替えた。
パソコンの隅に、雑誌から切り抜いた門松のイラストを貼り付けた。

誰もいないオフィスを見回して、「来年もよろしく」
鍵をかけて、今年最後の家路につく。

暗い

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『希望の歌を』

『希望の歌を』

列車「来年」号は懸命に走り続けていました。
12月31日の深夜0時、1月1日の午前0時に間に合うように。
毎年、その時間ぴったりに引き継ぎをするのです。
「来年」号は「今年」号になって、新たな線路を走り始めます。
「今年」号は「昨年」号になって、車庫に戻ります。
少しでも遅れると、永遠に人々から暦が失われてしまうのです。

「来年」号は走り続けました。
365両の客車を従えて長い線路を走り続けまし

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『矛と盾と、逃げたカラス』

『矛と盾と、逃げたカラス』

中国は楚の国のこと。
ある商人のまわりに人だかりができていた。
「さあ、ご覧なさい、この盾を。これが世界で一番堅い盾だ」
そう言って、商人はその盾を高く掲げた。
「この盾があれば、どんなに鋭いものからも身を守ることができる」
人々はほおーと感心した。
続いて、
「この矛を紹介しよう」
そう言うと、一本の矛を取り出した。
「この先端をよく見なさい。この鋭さ」
商人はその切っ先を人々に突きつけて、ぐる

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『変身、その後』

『変身、その後』

ザムザが最初かどうかはわかりませんよ。

窓口の男は話し始めた。

彼は不幸な結果に終わりましたけどね。
今では珍しいことではありませんよ。
人が虫に変身することなど。
もう、存在がどうのこうのとか難しいことを考えずに、どんどん変身しちゃいますからね。
若い子らは。
変身したかと思えばいつの間にか、また人間に戻っている。
そんなケースも多々確認されていますよ。

それに虫になったからといって何も変

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『どこかのメリークリスマス』

『どこかのメリークリスマス』

今年も深夜になった。
彼女は仕事先でもらったケーキをぶら下げて家路を急いだ。
雪はやっぱり降らなかったな。
空を見上げて思う。
あんなのは歌の中の話だ。
雨は降らないし。
夜更け過ぎに雪にもならない。

アルバイト先のケーキ屋では、毎年売れ残ったクリスマスケーキをもらって帰る。
家族のいる人たちは、大きめのケーキ。
彼女は1人だからいつも小さめケーキを選んだ。

アルバイトを始めた頃は、
「イブの

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『それでもサンタクロースは行く』

『それでもサンタクロースは行く』

世界各国から200人余りのサンタクロースの代表が集まってきた。
久しぶりの会合に、会場のあちらこちらで挨拶が交わされている。
ひと通り挨拶が終わり、会場が静まるとひとりの長老がマイクの前に立った。
「えー、先日ある国の代表から次のような要請がありました」
そう言うと、ふところから取り出した手紙を読み始めた。

『貴殿らの毎年のプレゼントにおかれまして、親の所得による制限を設けていただきたい。
この

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『不確かな夜』

『不確かな夜』

この鼓動。
部屋の床からベッドに這い上がり、また床に降りていく。
床から壁を伝い、天井に登る。
暗闇の中でもその動きを感じることができる。
鼓動。何か言いたげな鼓動だ。
それは多分、俺にはよくないことだ。俺によくないことをその鼓動は言おうとしている。
俺を告発しようとしているのか。
鼓動は再びベッドによじのぼり、俺の足元に絡みついた。少しずつ俺の体の上を移動している。

心臓だ。
その鼓動は俺の心

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『「あなた」売ります買います』

『「あなた」売ります買います』

今年の「俺」をまとめて部屋を出た。
さすがに一年たつと、角も擦り切れて、ところどころ手垢もついている。
名残惜しい気もするが、仕方がない。

街はクリスマスや歳末の催しであわただしい。
俺は人の流れに逆らうように歩いた。今年の「俺」を小脇に抱えて。
それにしても、キリストってやつは何でこんな年末の忙しい時に生まれたのか。
おかげで昨年はうっかり売りそびれるところだった。

商店街から路地を少し入っ

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『彼女の12月14日』

『彼女の12月14日』

彼女は後悔していた。
もう30分も歩き続けている。
バスにすればよかった。
彼もLINEに書いていた。
今度の部屋は駅から遠くてバスを使っているんだよ。
でも、彼はバスで来るといいよと言ったわけではない。
こちらも行くとは言っていない。
バスにしようが歩こうが、彼にはわからない。私自身の問題だ。
スマホのGoogleマップでは次を左。

大体人を馬鹿にしていると思う。
彼女は肩にかけたトートバッグ

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『明日の風』

『明日の風』

明日は明日の風が吹く
昨日誰かの胸に不安を掻き立てた風
誰かの頬の涙を乾かした風
誰かの夢を粉々にした風
地球の裏側の少女のため息
少年の手のひらに握りしめられた風
誰かと誰かの恋の炎を燃え上がらせた風
そして吹き消した風
誰かに道を踏み誤らせた風
はるか昔、決闘の場に舞い上がった一陣の風
誰かが誰かに何かを託した風
人類の初めてのささやきを運ぶ風
無人島の洞窟に置き去りにされた風
その重さに耐え

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『俺の影と影の俺』

『俺の影と影の俺』

俺は影だ。
いや、元々俺は影じゃない。
俺は俺自身だったのだ。
毎日、退屈な日々を過ごしていた。代わり映えのしない毎日。
仕事は特に面白くもなく、ただ食っていくために働いていた。
朝早くから部屋を出て、深夜に帰ってくる。
飯を食って寝るだけだ。
だから、彼女などいるはずもない。休日は昼頃まで寝ている。

ある休日の午後、公園のベンチで足元を見ると、俺を見つめている奴がいた。
俺の影だった。
俺を下

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『ボクサーの帰国』

『ボクサーの帰国』

空港に降り立った時には肌寒いなと思った。
あの国も寒かったが、こちらもこの日は同じだった。
トレーナーと2人でタラップを降りる。
出迎えは誰もいない。
出発する時には、ロビーに入りきれないほどの人が集まっていたのに。
「静かだな」
トレーナーは黙って頷いた。
「どうする」
「ジムに行く」
トレーナーは笑顔を忘れてきたようだ。

彼女の姿はない。
何度も視線だけで探した。いることよりも、いないことを

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『神様の失敗』

『神様の失敗』

長老は今日も愚痴をこぼしていた。
「どうしたのですか」
気になって声をかけてみた。
別に自分の仕事ではないのでどうでも良かったのだが。
毎日隣でぶつぶつ言われるとうるさくもなってくる。

「どうしたもこうしたもないさ」
長老は話し出した。
怒りの中から、話し相手ができた嬉しさが滲み出ている。
ひと段落したところだったので年寄りの愚痴も気分転換にちょうどいい。

「本当に困ったものよ」
「どうしまし

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