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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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記事一覧

『夢売り』 # シロクマ文芸部

『夢売り』 # シロクマ文芸部

「春の夢」?そんなもの、もう残ってませんよ。今頃になって「春の夢」ありますかなんて、あなた、それはゴールデンウィークも終わろうかと言う頃に、ゴールデンウィークの予約を入れるようなもんですよ。ちょっと違うかな。まあ、いいでしょう。とにかく、あと少しで、暦の上じゃ春も終わり。夏ですよ、夏。
 だから、ほら、そこに並んでいるのは、「夏の夢」とか「夏の夜の夢」とか。それだって、もう来週にはほとんど売れてし

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『大人のふりをして』

『大人のふりをして』

どうしても大人にはなれそうもなかった。
自分では努力してみた。
でも、どんなに頑張っても、大人にはなれなかった。
だから、大人になれないので、せめて大人のふりをしようと考えた。
大人のふりをしてみて、初めてわかった。
みんなも、大人のふりをしているんだ。
大人のふりをしてみたら、大人のふりをした人が、あたかも大人のように接してくれた。
だから、大人のように礼を言ってみた。
やがて、大人のように就職

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『爪の血』 # シロクマ文芸部

『爪の血』 # シロクマ文芸部

花吹雪が、すべてを覆い隠してくれるだろう。
そして、桜が散り終わった頃には、雑草があたりに生い茂る。
俺はスコップを斜面の下の方に放り投げた。
昔から家の倉庫にあったものだ。
見つかったところで、どうということはないが、用心に越したことはない。
枝にかけた上着をとる。
斜面をゆっくり登り、道路に出る。
通りがかったタクシーを止めた。

「珍しいね、こんなところを」
「ええ。この上に送って行った帰り

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『オバケレインコート』 # 毎週ショートショートnote

『オバケレインコート』 # 毎週ショートショートnote

オバケレインコートと呼ばれていた。
町の外れにある、とある一軒家。
その2階の窓際に吊るされたレインコート。
ベージュの地味なレインコート。

誰も住んでいない古い家。
窓の向こうで、そのレインコートが時折り揺れる。
誰も見たものはいない。
いないが、そう言われると、今にもレインコートは動きだしそうに見える。

その家に肝試しにやってきた少年たち。
ひとりずつ、2階の部屋まで行って帰って来よう、あ

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『風車守』 # シロクマ文芸部

『風車守』 # シロクマ文芸部

風車小屋に行っては行けないよ、特に夕方の4時をまわったらね。
そう、大人たちは話していた。
僕の母も、同じように、僕が学校から帰って遊びに出ようとすると、
「気をつけてね。早く帰ってきなさいよ。日が傾いたら、風車小屋に近づかないようにね」

風車小屋に近づくと何があるのか。
大人たちは教えてくれない。
だから、僕たちの間で勝手に噂が広がっていく。
小屋の中にある粉砕機で、ミンチにされる。
風の力で

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『黒い表紙のノート』

『黒い表紙のノート』

俺が盗みを始めたのは10代の頃だ。
もちろん、人に言えるような家庭環境じゃなかった。
しかし、そんなことは関係ない。
だからどうだとか言ってほしくはない。
俺は、俺の意志で盗みをやっているんだ。
窃盗、空き巣、つまりコソ泥だ。

俺は俺の犯罪を克明にノートに記した。
黒い表紙のノートに日付から時間、その時の天候まで。
たかがコソ泥の分際でと笑うかもしれない。
笑わば笑えだ。
どんな人間も生きた証を

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『月に代わって』 # シロクマ文芸部

『月に代わって』 # シロクマ文芸部

変わる時だと、今日こそ伝えようと思っていた。
いつまでもこのままではいけない。
人生には変わる時があるのだと。

戦いを終えて妻が帰ってきた。
どうみても派手なコスチュームからジャージに着替えると、ソファに身体を投げ込むようにして飛び込む。
うわぁーと、くたばりかけた猛獣のような声を出して。
その身体をマッサージするのが私の日課だ。
「あのさあ」
「なに?」
妻は顔をソファに押し付けたまま尋ねてく

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『命乞いする蜘蛛』 # 毎週ショートショートnote

『命乞いする蜘蛛』 # 毎週ショートショートnote

壁に小さな蜘蛛を見つけた。
新聞紙でバチンといきたいところだが、俺は新聞をとっていない。
仕方なく、ティッシュを2枚引き抜く。
「やれ打つな」
声がした。
命乞いにしては野太い声だ。
ティッシュを蜘蛛に近づける。
「おいおい、打つな、打つな」

「やれ打つなってのは、小林一茶の俳句だ。でも、蝿が足をするのは命乞いしているわけじゃない」
蜘蛛は、壁から畳の上に移動しながら話し始めた。
「だから、あの

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『始まりは、そして終わりは』 # シロクマ文芸部

『始まりは、そして終わりは』 # シロクマ文芸部

始まりはいつも一本の電話でした。
そう、物語の始まりは、いつも。
彼の場合もそうだったのです。
仕事が休みの日曜日。
妻が買い物に出かけた昼下がり。
ほら、電話が鳴り出しました。
でも、こんな日にかけてきそうな相手が思い浮かびません。
いぶかしがりながら、受話器をあげます。
「あなたの奥さん、浮気していますよ。駅前のマンションの…」
しわがれた声は、部屋番号を告げて切れました。
まさか。
彼が受話

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『桜回線』# 毎週ショートショートnote

『桜回線』# 毎週ショートショートnote

丁寧に頭を下げた春男の目の前で、静かにドアが閉まる。
ドアにもう一度頭を下げて、狭い廊下を歩き出す。
普通なら、徐々に資料が減って軽くなる筈の鞄も、朝から重たいままだ。
そうだよな、桜回線なんて、今更誰も加入しないさ。
階段を降りて、次の棟に向かう。
今日は、この古い団地が担当エリアだ。
いくらでも快適な回線があるなかで、桜の季節しか繋がらない回線なんて、誰が興味を示すものか。
勤め口に困ったから

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『ハラスメント』 # シロクマ文芸部

『ハラスメント』 # シロクマ文芸部

桜色の写真を見て、便座で微笑むのは健志さん、41歳。
満開の桜を背景に、当時4歳の娘を挟んで妻とのスリーショット。
何度も見ているために皺がより、角は擦り切れています。
おや、誰かが入ってきました。
彼はそっと写真を内ポケットにおさめると、水を流し、わざとベルトをかちゃかちゃ言わせながら個室を出ました。

きっかけはひとつの投稿でした。
あるバーガーチェーンのCMで、三人家族が楽しそうにハンバーガ

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句会には妻おすすめの春の服
碧萃生

今日は結社句会。
行ってきます。

ちょっと推敲します。

春服は妻のおすすめ句会の日

『何かがいる』

『何かがいる』

何かがいる。
そんな気配を感じることは、別に珍しいことではないだろう。
誰でも、深夜ひとりで机に向かっている時などに、背後に何かを感じることはあると聞く。
心理学的に何と呼ぶのかはわからないが、少なくとも、心霊現象などではない。
そもそも、私はそんなものは信じてはいない。
戦場ジャーナリストとして名の通っている私が、幽霊などと言い出せば商売にならない。
日本人の誰よりも、自衛隊の隊員よりも、捜査一

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『あの頃に戻れるチケット』

『あの頃に戻れるチケット』

これが、「あの頃に戻れるチケット」か。
俺は、封筒の中から、綺麗なデザインのチケットを取り出して蛍光灯にかざしてみる。
それから、しわをつけないように注意しながら、胸に抱き締める。
思わず恍惚のため息が漏れる。

何年も何年も働き続けて、やっと手に入れたチケットだ。
熱があっても休まずに働いた。
親が死んでも休まずに働いた。
切り詰めて切り詰めて生活をして、貯金した。
付き合いには金がかかるために

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