- 運営しているクリエイター
記事一覧
『折り紙のゾウ』 # 秋ピリカ応募
封を開けると、短い手紙と折り紙のゾウがふたつ。
グレーの紙で折られていたが、かなり色褪せている。
足を広げて、立たせてみた。
大きい方が母親、小さい方が子供だ。
勝手にそう思った。
「悩みましたが、この象の折り紙をやはりあなたにお届けしたいと思います」
小学校の6年生だった。
2学期の席替えで、私は拓人と隣り合わせになった。
授業中、彼が机の下でゴソゴソしているので覗くと、折り紙を折っている。
『絶対色覚』 # シロクマ文芸部
風の色が見えることは、病気ではありません。
何十万人か、何百万人にひとりか、正確な調査はなされていませんが、同じような人はいます。
絶対色覚というやつです。
ほら、絶対音感て知ってるでしょう。
どんな音も音階に変換することができる人。
中には、日常のすべての音が音階に聞こえて苦しむ人もいます。
同じように、空気が動けば色が見える。
そんな人がいるのです。
これは、治療することは不可能です。
世界は
『パステル』 # シロクマ文芸部
月の色がこんな色だって誰がきめたのだろう。
淡いクリーム色のような、それよりも少し濃くて、でも、黄色じゃない。
彼女は、一本のパステルを取り出した。
周囲を包む紙に、小さく「月の色」と印刷されている。
窓を開けると、真っ暗な空が広がっている。
月の色のパステルで、丸く円を描く。
その円の中を丁寧に指で塗り潰す。
もちろん、空には何も残らない。
でも、月の色の丸い残像だけは残った。
かつて月があっ
『神様だって観たいのよ』
武田君の出勤が早くなった。
毎日、毎日少しずつ早くなっている。
仕事も早い。
やるべきことはテキパキとこなしている。
来週までにと依頼した企画書は、週の半ばには出来上がっている。
動作も早い。
社内をいつも早足で、忙しそうに歩き回っている
昼休みも半分くらいで戻ってくる。
「武田君、少しはゆっくりしたらどうだい」
心配した上司が声をかれると、
「ボクハフツウナンデスケレドモ、ミナサン△□※※■▶︎
『懐かしい街』 # シロクマ文芸部
懐かしいとおっしゃいましたか。
懐かしいと。
何故でしょう。
あなたは、この街並みを見て懐かしいとおっしゃった。
でも、不思議じゃありませんか。
あなたは、この街に一度も住んだことがない。
いや、足を踏み入れたことさえない。
それなのに、そんなあなたが懐かしいなどと。
もしかして、あなたのお父さんとかお母さんはどうですか。
そのお話を、幼い頃にあなたが聞いていたとか。
え、そうですか。
あり得な
『ママとレモン』 # シロクマ文芸部
レモンから仕留めるか。
ママから仕留めるか。
俺は照準器を覗きながら考えていた。
今度の標的は女二人組。
レモンとママと呼ばれる二人組を殺せ。
それしか言われていない。
情報が少ないのは、それだけ、重要人物、あるいは重要人物の命運を左右する情報を握っている奴らだということだ。
向かいのビルの窓に、二人の姿は丸見えだ。
テーブルを挟んで向かい合っている。
そして、真ん中には知らない男。
あの男が立ち
『誘惑銀杏』 # 毎週ショートショートnote
画面には、銀杏の木に抱きついている男性の姿が映されている。
顔にはモザイクがかけられているが、見たところ若そうだ。
リポーターは、「抱きついている」と言ったが、実際には違った。
逃げたくても逃げられないのだ。
今年も何人の男が、銀杏の木に取り込まれていったことだろうか。
出来心です。
銀杏の木から逃れてきた若者は語った。
銀杏の木のそばを通ったときに、地球が誕生した時に舞い戻るような、そんな快楽
『地球のよそ見』 # シロクマ文芸部
流れ星って、まさかほんとうに流れ星だなんて思ってないよね。
なんて呼ぼうと勝手だけれども、星が流れてるだなんて、思ってないよね。
あ、君、そう君だよ。
君に話してるんだ。
君は地動説って習わなかったのかな。
コペルニクスとか、ガリレオとか。
知ってるだろ。
それまでは、みんな太陽や星が動いていると思っていたんだけれども、本当は地球のほうが回っているということだったよね。
まさか君、天動説派?
そん
『ひと夏の人間離れ』 # 毎週ショートショートnote
人間離れした?
ねえねえ、彼と彼女、しちゃったんだって、人間離れ。
その頃、そんなヒソヒソ話が教室のあちらこちらで囁かれていました。
少し前に、あるアイドル歌手が「ひと夏の人間離れ」って言う曲をヒットさせたことも影響しています。
わたしは、「人間離れ」がよくわかりません。
わたしだけ、聞き漏らしてしまったのでしょうか。
両親に聞くのも何となく憚られます。
だから、そのまま知っているふりをして、う
『二度目の花火』 # シロクマ文芸部
花火と手紙が添えられていた。
花火は少し古そうだ。
子供用のセットで、さすがに打ち上げ花火はないだろうが、カラフルな花火がビニール袋いっぱいに入っている。
花火をそのままにして、恐る恐る手紙を開いてみた。
別にメールでもよかったものを、わざわざ手紙にするなんて。
しかし、手紙を読んでみて、こちらも返信を手紙で出そうと思った。
別にメールで送ったからといって、なにが変わるわけでもないのだろうけれど。
『雲の味』 # シロクマ文芸部
夏の雲を食べてみたいとタカシ君は思っていました。
青い空にぽっかりと浮かぶ雲は、口の中でとろけるマシュマロのようです。
山の向こうからむくむくと湧き上がってくる雲は、甘い甘い綿飴のようです。
そんな雲を見ると、タカシ君はいつも、マシュマロや綿飴のような雲を両手に持って、お口いっぱいに頬張っているところを想像するのでした。
ある日の帰り道、いつものように公園を横切っていた時のことです。
小さな屋台
『鳴らない風鈴』 # シロクマ文芸部
風鈴とは風を聞くものです。
目に見えない風を音にして聞く。
そう思っていました。
私の母も、どこで手に入れたのか、青い鉄の風鈴を窓の外にぶら下げました。
風鈴からは、細い紐が出ていて、その下には小さな短冊のような物がついています。
母が短冊に何かを書いて折りたたんでいるのを見ましたが、母は人差し指を口に当てました。
内緒だと言うしるしです。
でも、母がどうしてその窓に風鈴をぶら下げたのか。
そ