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『不確かな夜』

この鼓動。
部屋の床からベッドに這い上がり、また床に降りていく。
床から壁を伝い、天井に登る。
暗闇の中でもその動きを感じることができる。
鼓動。何か言いたげな鼓動だ。
それは多分、俺にはよくないことだ。俺によくないことをその鼓動は言おうとしている。
俺を告発しようとしているのか。
鼓動は再びベッドによじのぼり、俺の足元に絡みついた。少しずつ俺の体の上を移動している。

心臓だ。
その鼓動は俺の心臓の音だ。俺の心臓が今にも俺を告発しようとしている。
俺はそっと窓を開けて街灯の灯りを取り入れる。
照らし出された床の上には薔薇の花がひとつ、ふたつ、みっつ…
心臓が騒ぎだす。
心臓が勝ち誇ったように、俺の胸を叩き始めた。
本能的にこいつに喋らせてはいけないと思った。
なぜなら、それは赤い薔薇だったから。
赤い薔薇の雫がベッドからドアまで続いている。

遠くから救急車の音。
この部屋のすぐ下で停車した。
窓には赤色灯が反射している。心臓がまたうるさく飛び跳ねる。
窓の隙間から覗いてみる。
女だ。女が路上に横たわっている。Zの形に体を折り曲げて。
Sだと心臓が言った。思わず窓から顔を背ける。
誰にも聞かれていないか。

女は動かない。
知らない女だ。
頭の下から赤い血が広がっている。
今も広がり続けている。波紋のように。
野次馬が集まってきた。退屈な夜の楽しみを逃すものかと。
ふと、誰かがこちらを指さした。
心臓がまた何か言いかけるのを押さえつけた。
静かに、1ミリずつ窓を閉める。

今は、こいつを黙らせなければ。
このおしゃべりな心臓を。
俺は枕元のナイフを手に取った。
そこにナイフがあるのを知っていたかのように。
ナイフも俺の手を待っていたようだ。
ナイフは既にぬるっとしていた。

悲鳴が響き渡る。
夜の向こう側の悲鳴だ。
窓下に横たわる女の叫びだ。
叫びは、ドアを開けて忍び寄る。
俺の心臓は待ちかねていたように暴れだす。
俺は大きく口を開ける。
薔薇の花が落ちていく。

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