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『希望の歌を』

列車「来年」号は懸命に走り続けていました。
12月31日の深夜0時、1月1日の午前0時に間に合うように。
毎年、その時間ぴったりに引き継ぎをするのです。
「来年」号は「今年」号になって、新たな線路を走り始めます。
「今年」号は「昨年」号になって、車庫に戻ります。
少しでも遅れると、永遠に人々から暦が失われてしまうのです。

「来年」号は走り続けました。
365両の客車を従えて長い線路を走り続けました。
坂を登り、カーブを曲がります。
雨の日もありました。
風の日もありました。
それでも「来年」号は走り続けました。
人々に新しい年を届けるために。

おかしいぞ。
「来年」号はつぶやきました。
灯りが見えない。

毎年、「来年」号が近づいてくると、「今年」号は目印のために灯りをともすのです。
「来年」号はその灯りを頼りに走り続けて、引き継ぎを行うのです。
その灯りが、今年は…
見えない。

実は、「今年」号にはともす灯りが無かったのです。
一年間、人々の心に灯りをともす。それも、「今年」号の役割です。
その年にはこれまでにないほど多くの不幸なことが相次ぎました。
「今年」号は懸命に人々の心に希望の灯りをともし続けました。
そのために「来年」号に向けてともす灯りがもう残っていないのです。

そんなこととは知らない「来年」号は走り続けます。
「今年」号が灯りをともしてくれると信じて。
365両の客車とともに。

「今年」号が責任の重さに打ちひしがれていた、その時です。
1人の盲目の少年が、運転席に現れました。
列車の悲しそうな様子を見て少年は尋ねました。
「どうしたの?」
「今年」号は少年に事情を打ち明けました。
少年は言いました。
「僕は目が見えないけどね、道に迷ったことがないんだよ」
「すごいね。どうしてなんだい?」
「みんなの出してくれる音が、僕にとっての灯りなんだよ」

そうか。
「今年」号は思いました。
「君、ありがとう!」
そう言うと、「今年」号は、大きく汽笛を鳴らしました。
これでもか、これでもかと懸命に鳴らし続けました。

一方、「今年」号の乗客たちは、滅多に鳴らない汽笛にざわつきます。
そこへ、盲目の少年がやってきて説明しました。
「わかった」1人の大人がいいます。
「みんな、歌おうじゃないか、希望の歌を。僕たちの胸に灯してもらった希望の歌を。『来年』号に届けようじゃないか」

人々の歌声を伴奏するように、汽笛が鳴り響きます。

ん?
「来年」号は顔を上げました。
あれは…
「来年」号はもう一度、耳をそば立てました。
あれは「今年」号からの歌声、そして汽笛…
そうか!
「来年」号も、答えるように汽笛を鳴らしました。
そして、振り向いて叫びました。
「聞こえるだろ、あの歌声と汽笛。あれが僕たちの目指す灯りだ!  急げ!」
365両の客車は、了解! と一直線に並び、速度を上げました。

「今年」号の運転席では盲目の少年が、近付いてくる「来年」号の「灯り」を聞いていました。

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※こちらの企画に応募させていただきました。

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