『神様の失敗』
長老は今日も愚痴をこぼしていた。
「どうしたのですか」
気になって声をかけてみた。
別に自分の仕事ではないのでどうでも良かったのだが。
毎日隣でぶつぶつ言われるとうるさくもなってくる。
「どうしたもこうしたもないさ」
長老は話し出した。
怒りの中から、話し相手ができた嬉しさが滲み出ている。
ひと段落したところだったので年寄りの愚痴も気分転換にちょうどいい。
「本当に困ったものよ」
「どうしました」
「他の生き物はみんな生まれて、淡々と生きて、黙って死んでいきよるのに」
「それが普通ですよね」
「ところがあの人間どもときたら、やれ悲しいだの、寂しいだの、虚しいだのとぬかしおって」
「それは困ったもんだ」
「もう不貞腐れおってどうにもならん」
「では僕に時間をくださいませんか」
「おお、大丈夫か」
「任せてください。明日までに何とかしますよ」
以前から考えていたことを試してみるいい機会だと思った。
失敗しても、長老の仕事だから関係ない。
こちらはお手伝いしたまでだ。
翌日、出勤すると長老が顔を輝かせて声をかけてきた。
「見てみたまえ。あいつら珍しくみんな先を争って生きておるぞ」
どうやら上手くいったみたいだ。
「いったい何をしたんだね。教えてくれないか」
「いえね、ほら、ご覧ください」
下界を指差した。
「人間たちの前に『幸福』と書いた札をぶら下げてやったのですよ」
「なるほど。で、その札の中身は何かの」
しまった。札の中身を入れ忘れていた。
だが、もう手遅れだ。
人間たちは空っぽの「幸福」を追いかけて走り出している。
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