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短編小説

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#短編小説

『新しい年』 #短編小説

『新しい年』 #短編小説

 1月4日午前9時
 小学校に、野球部員16名と、監督、コーチ5名が集合した。
「行くぞ!」
 ヘッドコーチの声を合図に、1列で、小学校横の小道を歩いていく。
 向こうに小さな鳥居が見える。その奥は池。そして、池の中には龍の彫刻が立っている。
「あ! きん○ま!」
 3年生のハルが、龍が持っている玉を指差して言ったので、みんなが笑った。

 池の横に手水舍があり、それぞれ手を清める。上級生は、1、

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『Keiko's Kitchen』 #短編小説

『Keiko's Kitchen』 #短編小説

 今日は、高校の時の同級生、景子(けいこ)が地元に帰って来る日だ。何年ぶりかの再会になるので、萌(もえ)はとても楽しみにしている。

 東京で働いていた景子は、40歳で結婚し、軽井沢に豪邸を建てたという。インテリア雑誌にも載ったお洒落な家らしい。今日はその写真も持ってきてくれる。
  萌は10年前に結婚し、子供が3人いる。まだ下の子は保育園児だ。子供たちを義母に預け、今日は、景子とのランチ会にいく

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川とビルの狭間で

川とビルの狭間で

  たどり着いたのは、大きなビルに挟まれた、ひなびた細いビルだった。「高田ビル」とレトロな字体の看板があった。
「ここだね。」
岩城が扉を開ける。浜口と南が後に続いた。
「事務所は·····6階だね。」
岩城が入ってすぐのエレベーターのボタンを押す。扉が開いた。6人乗りとあるが、3人でいっぱいだ。「6月22日給湯器のスイッチが入ったままでした。火災につながるので、退室前に必ず火元の確認をして下さい

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森の中の丸太舟

森の中の丸太舟

 ロープが張ってある石の門を通り抜け、林の中を下って行く。
 家が現れ、女性が外で作業をしていた。
「こんにちは、竹田さん。
 急に言って、すみません。」
「浜口さん、こんにちは。
 全然かまわないですよ。」
ジーンズに赤いTシャツ、グレーのショートカットの女性が、にこにこしながらこちらをじーと見つめる。
「こちらがアイ設計所長の岩城さん。」
「はじめまして。」
「私はアイ設計の南と言います。
 

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朝5時の水やり #短編小説

朝5時の水やり #短編小説

 ザーーッ
 水道の音で目が覚める。ワンルームのサッシから、ぼんやり白い光が差している。
 ザーーッ
 管理人の山本さんが水やりをしているのだ。エントランスには、花の鉢植えがところ狭しと並べられている。
 ザーーッ
 何度もじょうろで水をくむ音がする。

 ミカは、ぼーっとする体を起こして、明るめのアイシャドウと、買ったばかりのベージュの柔らかいスーツを身につけ、ドアを開ける。
「行ってきます。」

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ママの休日 #短編小説

ママの休日 #短編小説

 おしゃれなカフェで、ひとりぼーーっとしたい!

 10年前に1人目の子供が産まれて以来、陽子がずっと抱えている願望だ。小学生の女の子に、保育園に通う男の子2人、朝起きてからもたもたしている子供達を叱りつけながらバタバタと準備をして園に連れていく→職場へつけば締め切り間近の書類を片付け、無茶振りする客への対応に追われる→夕方はお迎え、夕食、お風呂、洗濯とノンストップ。その間にも、子供達はおもらしし

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水平線ドライブ #短編小説

水平線ドライブ #短編小説

 右へ左へハンドルをきり、坂道を進む。視界が開け、水平線が広がった。
「気持ちいいね!」
「うん。」
父と2人でドライブなんて、何年ぶりだろう。もしかしたらはじめてかもしれない。ひさしぶりに実家に帰ってきてよかったと美紀は思う。

10年前、
「おまえ、これからどうするつもりなんだ?」
大学卒業間近になっても、就職の決まらない美紀のところに、父から毎日電話がかかってきた。
「····· ちゃんと

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春風とシフォンケーキ 前編 #短編小説

春風とシフォンケーキ 前編 #短編小説

洗濯物が家の反対側に飛ばされた。ハンガーにかかったワイシャツが裏庭に落ちている。時おり、びゅーんと突風が来て、庭木や草が激しく揺れている。
 30年前に開発されたこの住宅地は、漁師町から少し離れたところにある。しかし海に近いことには変わりなく、冬から春にかけては毎日強風が吹き荒れている。温暖な地域だが、前に雪国から遊びにきた祖母は、風があってこっちの方が寒いと言っていた。
 3月になっても、まだま

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春風とシフォンケーキ 後編 #短編小説

春風とシフォンケーキ 後編 #短編小説

☆☆☆☆☆

前編はこちらです。

あらすじ
美南(みなみ)ちゃんは佳奈の幼なじみ。
先日、佳奈は20年ぶりに美南ちゃんの母親に会ったのだが····

☆☆☆☆☆

電線の向こう側に鳥の群れが見える。舞い上がったと思ったら下がってきたり、右へ行ったと思ったら左へ行ったり、黒い群れは、リズミカルにアメーバのように形を変える。

ビッビーーーッ

 クラクションが鳴った。信号が青になっていた。佳奈はあ

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ぼくの妹 #短編小説

ぼくの妹 #短編小説

 みうちゃんは、ぼくの妹。すごくいじわるなんだ。
 さっきだって、ぼくがテレビを見ていたら、ピってチャンネル変えた。
「もおおお、みうちゃん!
 いいとこだったのにい!」
「だってみうちゃんも
 テレビみたいんだもん!」
「みうちゃんは、後でみたらいいやろ!」
「もお、こうちゃんなんかキライ!
 キイイイイイイーーー!」
「こら、こうし!
 妹を泣かせたらいかんやろ!」
なんで、ぼくだけが怒られる

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お父さんのとまり木  #短編小説

お父さんのとまり木  #短編小説

 外から、ウ"ィー--ンと機械の音がする。
台所では母が焼きそばを炒めている。
「美紀ちゃん、ご飯できたよーって
 お父さん呼んできて。」
「はーーい。」
美紀は家の裏側にある小屋へ向かう。グレーの作業服姿の父が電動サンダーで木を磨いている。
「おとうさん!」
機械音に消され、全然気づいてもらえない。
「おとおおさん!」
父が手を止める。グレーの帽子をかぶった顔を上げる。
「ごはん、できたって!」

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みかえす住宅  #短編小説

みかえす住宅  #短編小説

「こんな田舎にいないで、
 東京へ行って、仕事で活躍して、
 お金持ちになりたい!」
大学を出たばかりの彼女は言った。
「そして、建築士の資格をとるまで、
 まだ、結婚はできない。」
「応援するよ。」
ひとまわり歳上の彼は言う。

2人で旅行をしたり、有名建築を見に行ったりした。
「ボクは、あんなヘンな形じゃなくて、
 ふつうの建物がいいな。」
「2人で住むならどんな家にする?」
彼女が図面をスケ

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中央線の朝  #短編小説

中央線の朝  #短編小説

朝7時

駅を出てすぐのコーヒーショップに入る。
年配の男性が新聞を読みながら朝食をとっている。
ミカもパンとコーヒーを注文し、窓側のカウンター席から、朝日が差し込む白いビルを眺める。

地方の会社から東京へ出向してきて1か月。地元では、仕事前にカフェで朝食なんてありえない。とても新鮮な時間だ。会社の時間を気にしながら、20分くらい本を読む。

満員電車に耐えられず、少しでも空いているほうがいいと

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現場のオニ  #短編小説

かみ合わない現場だった。
ひとりひとりは、性格も穏やかで、知識もあり能力も高い。しかし、ちょっとした連絡事項が、全然、現場全体に伝わっていない。

所長は、鋭い目つきで立っている。がっしりした体格。アメフトか何かしていたのだろう。大きな工事現場をまとめるには、あれくらいの迫力がないといけないのだろうか。

ミカも、この工事現場に、監理として出入りしている。設計図どおりに施工されているか、鉄筋本数を

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