春風とシフォンケーキ 後編 #短編小説
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前編はこちらです。
あらすじ
美南(みなみ)ちゃんは佳奈の幼なじみ。
先日、佳奈は20年ぶりに美南ちゃんの母親に会ったのだが····
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電線の向こう側に鳥の群れが見える。舞い上がったと思ったら下がってきたり、右へ行ったと思ったら左へ行ったり、黒い群れは、リズミカルにアメーバのように形を変える。
ビッビーーーッ
クラクションが鳴った。信号が青になっていた。佳奈はあわてて車を走らせる。
佳奈の胸は最近ずっとふさがっている。あの日美南ちゃんの母親に会い、彼女は3年前にくも膜下出血で倒れ、帰らぬ人となったことを知った。受け入れられない。自分がそれを3年間も知らなかったことも許せない。
一番受け入れられないのは母親だろう。本当は話したくなかったかもしれない。
「だんなさんと喫茶店しててね。
頑張ってたんよ。」
それだけ教えてくれた。
「ねえ、ママ!聞いてる?」
「え?」
「このオムライス食べたい!」
娘の玲奈が車のテレビを指さして言う。行列ができる店のオムライスを紹介していた。
「ほわほわで、かわいくて、
おいしいんだって!」
「えーー! ここ遠いよ。」
「春休み、ママとお出かけするって
約束したでしょ!
ここに行こ!」
「えーー? ここ?」
家に帰り、オムライスの店を検索してみた。自宅から電車で2時間。その街でかなり有名なお店らしい。もともとオムライスが看板メニューの老舗喫茶店があったが、そのマスターが引退するにあたり、現在のマスターがその味を引き継いで新しく店を開いたらしい。老舗喫茶店の名前は佳奈も知っていた。
そうだったのか。この若いマスターはかなり人望のある人なんだ。
写真を見ると、落ち着いた雰囲気のインテリア、ふかふかのソファ、壁には美術書やレコード、フランス映画のポスターが並べられている。姉妹店であるお洒落なバーもこの店の近くにあるらしい。
素敵だなー。こんなところで1日ぼーっと過ごしたい。
濃いめの化粧に黒いドレスで物憂げに立っているマダムの写真がある。貫禄があってかっこいい·····お客さんの人生相談とかしてそう。
お店の前で店員達がエプロンをして笑っている写真もある。こちらの写真はマダムもにこにこ楽しそうで、ちょっとあどけない面影·····
あれ? これは·····
美南ちゃん?
過去のお店のSNS などを一気に調べる。確かに美南ちゃんだ。彼女本人が書いたお店のお知らせや、マダムを慕うお客さんのブログなどが出てきた。
このお店は彼女の夢だったらしい。店の名前は彼女の好きなフランス女優さんの名前、店の中は、本やレコード、ポスターなど彼女の好きなもので埋めつくされているという。
そして姉妹店のバーの開店準備で忙しい時に倒れたらしい。
すごいなあ。佳奈は、美南ちゃんを同級生として誇らしく思った。すごく充実していたんだな。マダム姿の美南ちゃんにも会いたかったな。
あるお客さんのコメントを見つけた。
かっこよくて綺麗な美南さん、ほんの数回しか会ったことのない私にも、優しく接してくれました。
オムライスはもちろん、美南さんが作るシフォンケーキも優しい味で美味しかったです。
シフォンケーキ·····、もしかして、また手で泡立てたんだろうか。····そんなわけあるか!自分で自分にツッコミをいれる。
「玲奈ちゃん、今度の月曜日に
オムライス食べに行こっか。」
「やったーー!」
窓を開けると、強風が飛び込んできた。机の上のプリントが舞い上がる。
佳奈はかすかに春の匂いを感じとった。
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(終わり)