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お父さんのとまり木  #短編小説

 外から、ウ"ィー--ンと機械の音がする。
台所では母が焼きそばを炒めている。
「美紀ちゃん、ご飯できたよーって
 お父さん呼んできて。」
「はーーい。」
美紀は家の裏側にある小屋へ向かう。グレーの作業服姿の父が電動サンダーで木を磨いている。
「おとうさん!」
機械音に消され、全然気づいてもらえない。
「おとおおさん!」
父が手を止める。グレーの帽子をかぶった顔を上げる。
「ごはん、できたって!」
「じゃあ、もうちょっとキリついたらいく。」

「キリついたら来るって。」
「お父さんは、1回夢中になるとなかなか来ないよ。」
 日曜大工は父の趣味だ。土日に家具や彫刻を作ったりする。しかし最近は疲れているようで、週末は木も触らず、家でごろごろしていた。今日は久しぶりに何か思い立ったらしく、朝から小屋で作業している。
 母が焼きそばを盛り付ける。まず、父の皿に1.5人前くらい盛り、残りを母と美紀で分ける。さらに母は自分の分の麺と豚肉を少しつかんで父の皿に入れる。
「先に食べてるよーって言ってきて。」
「うん。」
そこへ父が部屋に入ってきた。
「牛乳ちょうだい。」
コップ1杯の牛乳を一気に飲みほす。父は焼きそばも一気に口にかきこみ、白ご飯と味噌汁もたいらげた。
「何作ってるの?」
「お父さんの止まり木。」
「止まり木?」

 昼御飯の後、美紀は小屋へ「止まり木」を見に行った。
「ここにコップを置く。ちょうどいいやろ?」
枝がついた木の幹の上に、30cm✕30cm程度の台が載っている。立って使うのにちょうどいい、大人の胸くらいの高さ。下の枝にも台がついている。
「ここにはタバコを置く。
 あとは、ニスを塗ったら完成!」

 夕方家に帰ると、ウィスキー片手に庭を一周するのが、父の日課だ。家庭菜園も父の趣味で、裏庭の畑で茄子にピーマン、レタスなどを育てている。家の表側には、パンジーやチューリップ、朝顔などの鉢がいくつも並んでいる。
 今日から父は「止まり木」にグラスを置き、畑をぼーーっと眺める。冬に植えたブロッコリーや菜っぱ類は大きくなりすぎて黄色い菜の花を咲かせていた。エンドウは一気に伸びて白い花が揺れている。
 そこにグレーの小鳥がやって来た。
「おい! こら!」

 ヒヨドリだった。最近、このヒヨドリは父の天敵だ。
「オレが植えた苗を全部つついてくんや。
 オレが畑におっても、後ろ向いとる間に
 チョンチョン、チョンチョンって
 苗食べとる。」
「お父さんと遊んでるつもりなんじゃない?」
「違う! 
 せっかく植えたやつをめちゃくちゃにして!
 こいつらは絶対許さん!」
 しかし、鳥よけの鏡を置いても、ロープを張っても、ついには父の作業服を着せたカカシを作っても、ヒヨドリはおかまいなしだった。

 ある日、美紀が学校から帰ると、裏庭から鳥の鳴き声が聞こえてきた。見に行くと、ヒヨドリが3羽、父の「止まり木」に止まっていた。本物の鳥にとっても、この木は止まりやすいんだ。ヒヨヒヨヒヨと、やっぱり鳥たちは、カカシの父と遊んでいるように見えた。

(終わり)