見出し画像

みかえす住宅  #短編小説

「こんな田舎にいないで、
 東京へ行って、仕事で活躍して、
 お金持ちになりたい!」
大学を出たばかりの彼女は言った。
「そして、建築士の資格をとるまで、
 まだ、結婚はできない。」
「応援するよ。」
ひとまわり歳上の彼は言う。

2人で旅行をしたり、有名建築を見に行ったりした。
「ボクは、あんなヘンな形じゃなくて、
 ふつうの建物がいいな。」
「2人で住むならどんな家にする?」
彼女が図面をスケッチした。お風呂好きな彼のために、露天風呂を作って、ここにはアトリエを置いて·····
夢が膨らむ。

やがて、彼は自分の実家の近くに古い民家を借りた。
彼女と家具を選びに行き、食器をそろえた。
週末は一緒にご飯を作って食べて、庭には野菜を植えた。ちゃぶ台で2人、暖かい鍋を囲んだ。

だが、最近彼は、1人で借家で過ごしている。女は試験の勉強に忙しくなり、彼の家に来ることが少なくなったのだ。

「ボクも夢を持つことにしたよ。」
彼はその借家で革財布を作り始めた。革専用ミシンを買い、革職人になるという。ひとりで、黙々と財布を作り続ける。

数年かけて彼女は建築士の資格を取った。

「結婚したい。」
彼女は言った。

「··········」

もう、何かタイミングがずれてしまった後だった。

「おまえは東京に行くんだろ?」

「もう地元にいる。結婚して子供が欲しい。」

「··········」

その話になると重たい空気になるばかりだった。

「やっぱり私は東京へ行く。
 だから別れよう。」

その後、2人が会うことはなかった。


女は結局、東京へ行くことはなく、地元で別の人と結婚した。

ある時、女は、ふいに、子供と彼の実家近くをとおりかかった。


あ、 

真新しい住宅がそこに建っていた。
おそらく光触媒の外壁だろう。
日光にあたり、ピカピカに光っている。
2世帯住宅であろうことは、遠目にみてもはっきりわかった。


彼女は、まぶしくて、全体を直視することができなかった。