現場のオニ  #短編小説

かみ合わない現場だった。
ひとりひとりは、性格も穏やかで、知識もあり能力も高い。しかし、ちょっとした連絡事項が、全然、現場全体に伝わっていない。

所長は、鋭い目つきで立っている。がっしりした体格。アメフトか何かしていたのだろう。大きな工事現場をまとめるには、あれくらいの迫力がないといけないのだろうか。

ミカも、この工事現場に、監理として出入りしている。設計図どおりに施工されているか、鉄筋本数を確認したり、材料を検査したりする仕事だ。

ある時、現場の駐車場で空いているところがあったので、そこに車をとめたら、なんと所長専用の駐車場だった。所長が戻ってきて、あわてて車をどけたが、彼は1日中機嫌が悪かった。

若い現場監督とは、気軽に話ができる。この前は、家族の話で盛り上がった。
「娘が可愛くてねー。
 僕のひざや背中にすぐ乗ってくるんですよー。」
外で、検査をしながら雑談する。
まあ、向こうは、検査を合格にしてもらわないといけないから、こっちのご機嫌をとるのが仕事なのだけど。

しかし現場事務所に戻り、ドアを開けると、また凍りついた空気。ミカのいる部屋には、監理のトップがいて、彼も気難しい顔で座っている。
険しい顔で、施工図をひろげ、赤ペンでチェックを入れている。
「例の施工計画書は、もう、みてもらえたか、
 と業者が言っていますが。」
「こっちが指定した書式と違う。
 直せ、と言ったのに、
 まだ修正版がきていない。」
「はい。伝えます。」
彼と話す時は、ミカも緊張する。

「あの、今度3人目の産休に入るので、
 12月からは代わりの者がきます。」

「そうか。
 子供いながら働くのは、大変か?
 うちの娘も、今度子供が産まれるんだが。」
彼の柔らかい表情を初めてみた。
ミカに子供がいることを知り、彼は驚いたようだった。

が、すぐに険しい顔に戻る。
「これに印鑑押しといて。」
「はい。」

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明日も現場は続く。

ミカは気合いを入れ直した。