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ママの休日 #短編小説

 おしゃれなカフェで、ひとりぼーーっとしたい!

 10年前に1人目の子供が産まれて以来、陽子がずっと抱えている願望だ。小学生の女の子に、保育園に通う男の子2人、朝起きてからもたもたしている子供達を叱りつけながらバタバタと準備をして園に連れていく→職場へつけば締め切り間近の書類を片付け、無茶振りする客への対応に追われる→夕方はお迎え、夕食、お風呂、洗濯とノンストップ。その間にも、子供達はおもらししたり、ケンカしたり、宿題やる気なかったりで、ママー!ママー!と叫び続ける。
 ああ、ひとりになりたい·····  唯一、チャンスがあるとすれば、子供達が寝てからだが、くたくたの陽子は子供の寝かしつけと一緒に寝落ちしてしまう。
 
 そんな中、やっとひとりになれるチャンスがやって来た。職場付近の道路がイベントで通行止めになるので、その日は会社が臨時休業となったのだ。
 ラッキー♪ どこへ行こうか。陽子は久しぶりにわくわくしている。スマホでカフェを検索してみる。海が見えるお店もいいし、山のほうの隠れ家カフェもいい。

「明日、会社が休みになったんさ。どこかひとりで出かけるのにいいところある?」
夕方帰ってきた夫に聞いてみる。
「明日は子供達はどうすんの?」
「保育園と学童。」
「おまえさー、芽衣がせっかく春休みなんだから、面倒みてやれば? いつも仕事ばっかで全然相手してないやん。」
··········え?
「私だってひとりになりたいやんか!芽衣と出かけたら、あれ買えこれ買えって言われて全然ゆっくりできないやん。」
陽子はカチンときた。どうして自分の気持ちをわかってくれないのか。悲しくなる。夫の言葉は無視して、明日はひとりで出かけてやるのだ。夕食後の皿を洗いながら、陽子は誓う。

 もやもやしながら眠りにつく。翌朝、くやしいが夫の言うことももっともだと陽子は思い直した。
「今日はやっぱり芽衣の面倒をみるよ。」
下の子2人を保育園に送った後、小学生の芽衣に言う。
「ねえ、今日の分の宿題終わったら、芽衣の好きな図書館か本屋さんへ行こうか。お昼は何食べたい?」
今度は子供と行けそうなカフェを検索してみる。このスパゲッティだったら芽衣も好きかな。
「早く宿題やって、行こうよ。」
··········
··········
「··········ねむたーい。
 全然やる気にならーん。」
彼女はリビングでごろごろころがり、マンガ本をパラパラめくっている。

「ねえ、何食べたい?」
「家にあるものでいいよ。出かけたくない。」
··········
なんだか芽衣は疲れているようだ。

 ひとまず、陽子は自分のためにコーヒーを入れた。と言っても、甘めのスティックコーヒーをお湯に溶かすだけ。このコーヒーのCMに出ている女優さんになった気分で、ゆっくりとマグカップを口に運ぶ。
 しかし、足元に転がっているのは、ブロックやソフビの恐竜達。キッチンカウンターの横には、ところ狭しと戦隊もののシールが貼られ、いつの間にかペンで落書きもしてある。
 窓の外では、花が散った後の梅の木から、まぶしい若葉がいっせいに吹き出している。もちろん、庭の雑草も勢いよく吹き出ている。
 また、草刈りしなきゃなあ。でも今日はやる気ないなあ。
 軒下に小鳥が飛んできた。あ、あれはツバメ。ツバメだけは、他の鳥とは別格で、飛ぶのが速いし、形もカッコいい。うちに巣を作るつもりか? そうなったら、生き物が好きな下の子達喜ぶかな。
 そんなことを考えながら、うとうと·····

··········
··········
「あ!」
ふっと、時計を見ると午後2時。しーーんと静かな家の中、向こうから、芽衣のいびきだけが響いている。

 あーー、ゆっくりしたなーー。思ってたのとは違うけど、こんな休日も悪くないなあ。
 夜は子供達の好きな唐揚げとカレーにしようか。陽子はゆっくりと立ち上がる。

(終わり)