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#読書感想文
「木乃伊」中島敦著(ちくま文庫『中島敦全集1』所収):図書館司書の短編小説紹介
波斯王が埃及に侵攻した時、武将の一人であるパリスカスの様子に異常が見えた。
「見慣れぬ周囲の風物を特別不思議そうな眼付で眺めては、何か落着かぬ不安げな表情で考え込んでい」たという。
彼は、「今迄に一度も埃及に足を踏入れたこともなく、埃及人と交際を持ったことも」ないのに、埃及軍の捕虜たちが話す言葉の意味を分かるような気がするのだった。
波斯王は侵略を決定的なものとするために、埃及の先王ア
「地獄変」芥川龍之介著(新潮文庫『地獄変・偸盗』所収):図書館司書の短編小説紹介
地獄とはさもこのようであろうかと、そこに堕とされた罪人たちの責め苦と彼らを苛む奈落の獄卒たちの残忍さ、そして何よりも牛車ごと紅蓮の業火に包まれる女房の悶え苦しみを写し取った一隻の屏風。
本作は、絵師良秀がその屏風「地獄変」を完成させるまでの経緯を描いている。
見せ場は、良秀が屏風のあらましは出来上がったものの、「唯一つ、今以て私には描けぬ所がございまする」と、絵の注文者である大殿に上申したた
「人形」小林秀雄著(文春文庫『考えるヒント』所収):図書館司書の短編小説紹介
本作は、ほんの三ページの小随筆に過ぎないのだけれど、もっとずっと長い、上質の小説を読んだ時のように、余韻がいつまでも胸にこだまし続ける作品だ。
著者が、急行の食堂車で遅い夕食を食べていた時のことだ。四人掛けのテーブルの前の空席に、「六十恰好の、上品な老人夫婦が腰をおろした」。
その夫人は食事の間、垢染みた顔の人形を横抱きにし、「はこばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口元に持って行き
『海がきこえる』氷室冴子著(徳間書店):図書館司書の読書随想
この本は、今まで何度読み返したことか。爽やかな青春を追体験でき、読了したそばから、また再読できる日を心待ちにするほど好きな本だ。
はじめて読んだのは、私が高校三年の時。物語は主人公が大学に進学し、それからの一年と高校二年の時に転校して来たヒロインとの関わり合いを思い出す形で進んでいくので、まさに自分と同年代の話と言えた。
ただ、私が通っていた学校は男子校だったので、同じクラスに女子がいるとい
「胡桃割り」永井龍男著(講談社文芸文庫『朝霧・青電車その他』所収):図書館司書の短編小説紹介
初読は小学生高学年の時だったと思う。国語の授業でこの作品を読み、いい話だなと感じたのを覚えている。
いつかの教科書に掲載された作品らしいのだけれど、調べてみたところ私の学校で使っていたものには載っていなかった。
ということは、教師が特別に教材としてこの短編を読ませてくれたのだろう。
確かに、いかにも教科書的な道徳も引き出せる内容であるし、文章も名文のお手本のように見事で、先へ先へと読ませる
「七階」ブッツァーティ著:図書館司書の短編小説紹介
ジョゼッペ・コルテは病気の治療のため、その分野では定評のある療養所へ赴いた。
そこは七階建ての白いビルで、病状が軽い人は上階に、重くなるにつれて下の階に移ってゆくというシステムを採り入れていた。
最上階、つまり一番軽い症状の患者が入る七階の病室を当てがわれたコルテは、看護婦からのその説明を聴き、それは病気の程度に合わせた段階的な治療を徹底的に施すことができるため効率的だと、好意的に評価する。
「ランゲルハンス島の午後」村上春樹著(新潮文庫『ランゲルハンス島の午後』所収):図書館司書の短編小説紹介
ダッフルコートにしろ、革ベルトの腕時計にしろ、リュックサックにしろ、かれこれ十五年以上は同じものを使い続けている。
元々それらに格別な思い入れはなかった。その時々で、「あ、これいいな」と思ったものを、価格以外はそこまで念入りに調べることなく財布をはたいて手に入れてきた。
布がほつれたり、型が古くなったり、壊れたりしたら、仕方なく買い替えることになるのだろう、と思いながら。
けれど、数少ない