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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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2023年4月の記事一覧

【小説】あなたの天使(天使のぼくと、神さまのお兄さんの話)

【小説】あなたの天使(天使のぼくと、神さまのお兄さんの話)

 天使みたいな子だって小さいころから言われてた。

 ぼくはうれしかったし、この先も天使みたいでいようって思った。——本物の天使になろうって思った。

 同じクラスのまりあちゃんはお父さんがアメリカ人で、幼稚園のときに劇で天使の役をやったって言ってたから、「天使ってどんなの?」って聞いてみた。

「神さまのしもべだよ。神さまを信じてる人を守ったり、神さまの言葉を伝えたりするの」

「しもべってドレ

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【小説】女王がいた部屋(揺らぐ複数の現実と不安の話)

【小説】女王がいた部屋(揺らぐ複数の現実と不安の話)

 ふと疑いが過る。

 私が見ているものは現実だろうか。

 向かっている先は本当に知っている場所だろうか。

 手に持っているものは本当に鞄だろうか。

 横を通り過ぎていくのは本当に人間だろうか。

 私は本当に私だろうか。

 冷たい血液が全身を逆流して、胃が金属でできているみたいに存在を主張する。春の終わりの日差しをはねつけて凍え切った指先が震える。一定の電子音が耳を塞ぎ、暗くなった視界に

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【小説】流転(境界のない木々が感じる輪廻の話)

【小説】流転(境界のない木々が感じる輪廻の話)

 土の下で根と根はつながっている。

 風があなたの梢を揺らし、あなたの声となる。

 ——ここにいる。

 同じ風がわたしの梢を揺らし、わたしの声となる。

 ——ここにいるよ。

 太陽を浴びたあなたの喜びが根から流れ込んでくる。水を得たわたしの鼓動があなたを震わせる。

 わたしと根を握り合うあなたが、彼女が、彼が、少しずつわたしに溶けている。わたしは緩やかな濃度勾配を描いて彼や彼女やあなた

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【小説】薄明の民(二元論的共同体と、どちらにも属せない者の話)

【小説】薄明の民(二元論的共同体と、どちらにも属せない者の話)

 乾いた枝の爆ぜる音。煙の匂い。

 本能が危険を告げ、枯葉の寝床の上で飛び起きる。枕元の剣に手を伸ばし——その柄に触れることなく、上着の肩を手繰り寄せた。

 まだ小さい炎を飛び越え、根城にしていた木のうろから出た。

 暗い森の中、額に宝石質の角を持つ太陽の民が、角を持たない月の民に囲まれてこちらを睨みつけている。

「選べ。覆いを捨て太陽の栄誉を受けるか、角を捨て月の下に降るか」

 新月の

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不義

不義

 結婚という契約を交わした男と女は無条件に祝福すべきものとされている。

 人を集めて幸せそうな顔をしてみせて、永遠という空疎を誓う。体裁さえ整えておけば、そこは喜びの場なのだという約束事が、不安も憂鬱も塗り込めて覆い隠す。

 婚姻関係という型に収まって数年後、喪失をきっかけとした心身の不調に対処するために読み漁った本から得たいくつかの概念は、私にとって禁断の知恵の木の実だった。

 どんなとき

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【小説】生きるお守り(生まれたくなかった僕が生きるために持っている切符の話)

【小説】生きるお守り(生まれたくなかった僕が生きるために持っている切符の話)

 生まれてこないほうが幸せだった。

 絶望でも自己憐憫でもなく、ひたすら冷静に事実としてそう思う。

 みんなと同じことに興味が持てない。

 同じように笑えない。

 嘘の笑顔がバレて嫌われるのはマシなパターン。僕が嫌われるのは当然のことで、自己認識との合致にむしろ安心する。

 一番自分のことが嫌いになるのは、相手が僕に好意を持ってくれたとき。

 こんな僕と友達になろうとしてくれるなんて本

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【小説】走らない私(人の視線からの逃避と反逆の話)

【小説】走らない私(人の視線からの逃避と反逆の話)

 人間に目なんて付いていなければ良かったのに、と思っていた。

 戸惑い。蔑み。哀れみ。

 視線に乗って私に届けられる感情は決して快いものではなく、周りの人の目をみんな塞いで回りたかった。その目から何も出てこないように。私の影がその目に入らないように。

 人目を気にする私に自意識過剰だと言った母は私のほうを見ていなかった。もう何年も、私の顔なんて見ていなかった。

 私は高校までの通学路を走っ

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【小説】多重聖域(資本主義と異教徒の聖域の話)

【小説】多重聖域(資本主義と異教徒の聖域の話)

 巨大な聖域の明かりは夜も決して消えることはない。

 敬虔なる信者たちは天に手を伸ばすように幾重にも層を成す巣を作り、夜を拒絶するように頑なに光で満たし続ける。

 闇と混沌、不可知の神秘を領域の外に追いやり、安全で快適な聖域の境界を守るために。

 讃美歌が響く。成長と発展、その先にある豊かさという天上の国を称える声が。

 正体を隠した神の言葉は聖域内の隅々にまで浸透している。

 もっと早

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【小説】四本目の道(この世とあの世がうっかりつながっちゃった話)

【小説】四本目の道(この世とあの世がうっかりつながっちゃった話)

 僕の家の前は三叉路になっていて、玄関を出て左へ向かう道と奥へ向かう道の間の股の部分には石像があった。別に全然立派なものじゃなくて、風化してざらざらになった石にお地蔵さんみたいな人の形が浮き彫りにされた、小さな道標みたいな岩だ。ばあちゃんはその石をサエの神様と呼んで、水やお菓子を供えて毎日拝んでいた。

 ばあちゃんが熱心に話しかけるそれが僕には何だか気味悪く思えて、あんな古い像なんかなくなっちゃ

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【小説】蝕の月(男女二人のかぐや姫がいる竹取物語)

【小説】蝕の月(男女二人のかぐや姫がいる竹取物語)

 むかしむかし。

 おじいさんが切った光る竹の節の中には、小さな美しい子供が確かに二人いた。なのにおじいさんが急いで家に帰ってみると、懐の中には一人の姫だけがぽつんと残されていた。

 おじいさんとおばあさんはその不思議な子を「かぐや」と名付け、何か高貴なお人に違いないと大切に敬って育てた。かぐやはある時は女の子で、またある時は男の子だった。おばあさんは男のかぐやを「王子」、女のかぐやを「姫」と

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【小説】逆さまの日(真夜中の会社がカオスで猫かわいい話)

【小説】逆さまの日(真夜中の会社がカオスで猫かわいい話)

 はっと目覚めて枕元の時計を見る。七時十五分。やばい。遅刻だ。

 普段の三倍のスピードで歯を磨いて顔を洗って髪をとかす。ろくに鏡も見ずにファンデーションとチークとアイシャドウと口紅を載せる。「化粧した人」という属性が付けばそれでいい。

 クローゼットの手前のほうにあった服を適当に着て、駅へ走る。いつも同じ方向に向かっていく人たちの姿が今日は見えない。そんなに遅くなってしまっただろうか?

 息

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【小説】月夜の祝祭(眠れない夜の密かな集会の話)

【小説】月夜の祝祭(眠れない夜の密かな集会の話)

 満ちた月が冴え渡る夜は祝祭が開かれる。

 密かにベッドを抜け出して、灰猫と並んで影を伝い、黒い炎のように揺らめく小さな森へ。アスファルトと湿った腐葉土の境目をまたぐと人の世界は遠のく。

 朽ちた切り株を青白い月光が照らす。暗がりから現れる、人と獣の狭間にあるもの。この世にもあの世にもいないもの。手を取り合って回る。ぐるぐるぐるぐる回る。内と外を隔てる膜が溶けるまで。

 そうして我々は一つの

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【小説】一周目の私を(新入社員が入ってきたと思ったら数年前の私だった話)

【小説】一周目の私を(新入社員が入ってきたと思ったら数年前の私だった話)

 年度末の事務処理をやっつけた後、虚脱感と共に新年度がやってくる。

 社長の語るビジョン。掲げられた理想は分解されて売上という測定可能なものに平板化される。億なんて数字を聞かされたって私に関係があるとは思えない。先週よりも五円高いもやしが私のリアリティだ。 

 年度が変わったからって別に新たな気持ちになんてならない。昨日までと同じように淡々と仕事をこなして、面倒事は避けて、さっさと家に帰る。明

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