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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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虚像の世界

虚像の世界

 満月は優しい黄色なのに、月光に照らされた地上は死んだように蒼い。

 矛盾している。していない。身勝手な一貫性を期待している僕のせい。

 屈折率とか散乱とか、自転だとか公転だとか、物理法則に従って、月は無心にそこにある。意図も持たずに光を浴びて、悲しみもせず闇に埋もれる。

 満月の慈愛は僕の中の慈愛の反射。月光の静寂は僕の中の静寂の反響。世界は僕の投影に覆い尽くされて、ありのままを見分けられ

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sample: 1

sample: 1

 サンプル;n=1

 再現性のない 一度きりの実験

 サンプル;n=1

 確率0.1% 私には100%

 サンプル;n=1

 実験条件不明 不確実性=∞

 サンプル:私
 期間:生まれて死ぬまで
 目的:まだわからない

人を殴れるようになりたい

人を殴れるようになりたい

 人を殴れるようになりたい
 透明な膜状の国境を破り
 領海を侵して
 相手の確かな肉と骨に
 自分の確かな肉と骨をぶつけて
 生身を知られる恐れを越え
 あなたなら受け止められるという
 その信頼で殴りたい

 人と殴り合えるようになりたい
 征服ではなく、勝負でもなく
 鹿を最も深く知るのは狼であるように
 狼を最も深く知るのは鹿であるように
 肌を羽でなぞるのではわからない
 深奥の血肉の脈

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フェミニズムとの離別

フェミニズムとの離別

 女らしくと強いられたくない
 女子力高いと褒められたくない
 歩く女性器と思われたくない
 女だからと低く見るな
 違う生き物として見るな

 隠されていた枕詞は
 「僕だって男なのに」

 胸の中に嫉妬の巣を見つけてしまった僕は
 「女を馬鹿にするな」ともう叫べない
 僕はその主体ではない
 女の怒りは女の手に

 僕は僕だけの孤独な怒りで
 向こう岸を眺め遣る

 男と女の間の断絶
 その谷

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遠くへの手紙

遠くへの手紙

 結局のところ俺はただ狂いたかったのだ。

 狂気とは現実との解離であるから、正気を手放せばあの頃に戻れると。

 夢を俺だけの現実にできると。

 彼女がもういないという事実を拒絶し否定して幸福の繭にこもり、腐り果てるまで闇の中にありもしない光を見続けていられると。

 信じることで人の形を保っていた。

 水の入ったポリ袋みたいなぐにゃぐにゃの塊になった俺には、地球の重力から解き放たれるか、針

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不安

不安

 嫌だ要らない手放したいって君は言うけど、本音では僕が必要なんでしょ?

 僕が君を離さないのは、君が僕を呼んでいるから。

 不安でいないのが不安だから。

 僕は君を守っているよ。

 傷付く言葉、冷たい視線、体調不良、事故に災害。目隠しで見る未来の闇。

 いつも最悪を予測して、備えろと君を急き立てる。

 僕の予言が外れても、君は良かったと喜ぶだろう。

 僕の予言が当たっても、君は充分な

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自己麻酔

自己麻酔

※残酷描写が含まれます

 旦那様は幼い奉公人に対する情けが深いと評判で、私も同い年の喜助もご多分に漏れず可愛がってもらっていた。

 私の悩みは旦那様の情愛を素直に喜べないことだった。何故かはわからなかったが、人肌に熱した水飴のような旦那様の視線に捕まると身体が強張って、早くこの時が過ぎ去ってくれるようにと祈らずにはいられないのだった。

 井戸へ水汲みに行った時、洗濯をしていた喜助にそれとなく

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灰かぶりの宝石

灰かぶりの宝石

 「ほこりちゃん」と私は呼ばれていた。いつも埃まみれになって掃除をしているからほこりちゃん。良い意味ではないのはわかっていたけれど、何となく響きが可愛くて私は気に入っていた。

 あだ名を付けたのは下の姉様。2人の姉はいたずら好きで、わざとスープを床にこぼして私に拭かせたりしていた。お母様はいつも見て見ぬ振りをしていた。

 いつだったか、姉様が上質の絹のスカートにトマトソースをこぼしてしまった時

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角と北極星

角と北極星

「どうしてわたしにだけ角が生えてるの?」

 幼い妹の舌足らずな問いかけに射抜かれ、両親は石像のように固まった。

 なぜという疑問が求めているのは、遺伝子のどこにどういう欠損が起きて額に骨の隆起ができたのだとか、そういう冷淡な因果関係の説明ではない。起こったことの意味だ。それを起こした大いなる何者かの意図だ。

 そのことを無意識に知っていたのか、父は答えた。

 「お前が前世で悪いことをしたか

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産みたくない僕の話を聞いて

産みたくない僕の話を聞いて

「子供、欲しいの?」

 グレーのスウェット姿の彼はベッドに寝転んだまま「いてもいいかなと思って」と答える。視線はスマホの液晶の上を細かく上下し続けている。

「どうしてそう思うの?」

「んー、なんとなく?」

 彼は寝返りを打って、にへらと口元を緩める。

「こちらは産みたくないし、今の状況で育てていくのも無理だと思っています。子供が欲しいなら説得してよ。どうして子供が欲しいの?」

 彼はス

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別れを告げる

別れを告げる

 恋は冷める

 憧れは幻滅に変わる

 好きは嫌いに反転する

 では移ってしまった情はどうすれば消し去ることがてきるだろう

 トマトとピーマンと椎茸が嫌いな君

 何時間も目覚ましを鳴らす君

 仕方ないなと最後は笑って、君のどうしようもないところも愛おしんだ

 その時間は僕を構成するブロックの一つになっている

 外して残る空洞をどうやって埋めればいい?

 君が僕を嫌いになって、お前な

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世界茸(後編)

世界茸(後編)

 岩盤はさらに抉られ、生白い茸の脚が人工の光に晒されていた。ぬらぬらとしたその根の内部を今も蒸気となった魂が流れ、母となる者の内に生命を宿している。

「王は狂っていると思われますか?」

 俺の問いかけに博士は巨大な茸から視線を下げて俺を見つめた。

「この決断は理に適っていると思うよ。この先も戦いが長く続くなら、かつ敵国を徹底的に滅ぼしたいのならね。まぁ、狂人扱いされてるあたしが言っても仕方な

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世界茸(中編)

世界茸(中編)

 巨人が大地を叩き割ろうとした跡のような裂け目が木の根に半ば隠されて口を開けていた。それが冥界の中枢への入り口だった。

 まずは博士と俺が中の確認に入ることになり、ゴーグルと命綱を装着した。

「こんな軽装で大丈夫なんでしょうか?」

「あたしは何度か入ってるけど平気だったよ。冥界は生者には干渉しないから」

 博士は事もなげに言って、岩の隙間をひょいひょいと下りていった。

 博士に続いて湿気

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世界茸(前編)

世界茸(前編)

 命は永遠ではない。

 どんな人間もやがて年老い、病を得て死んでゆく。

 誰もが死すべき運命を知っているというのに、人は同胞と争い、余分な苦しみを自らに課す。

 循環する悪夢の流れに新たな筋道を付け、輪廻から憎しみを消し去れるのなら、この身を捧げ尽くすことなど厭わないというのに。

 朧月が輪郭をなぞるのは老いた手。花の咲く蔓の彫刻が施された椅子の背を撫でる。

 几帳面に並べられた筆記具も

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