【眼鏡百合】逆さま厳禁 あるいは天地無用の無用性

【眼鏡百合】逆さま厳禁 あるいは天地無用の無用性

 最初の一行を会話から始めてはいけない。  以前、誰かが私に教えてくれた創作技法だ。  それを誰に教わったものかをイメージする。  まず最初に、銀縁の眼鏡が頭の中に出てくる。そこから始まって、黒曜石のような瞳、それとよく似た色の透き通った黒髪、私よりも小さな背、セーラー服、本――のように、彼女を言い表す言葉は眼鏡が適切だった。 「最初の一行を会話から始めたらダメ。その会話文が誰のものだかよくわからないから。アニメみたいに、どんな声なのか読者の中で定まっていない。だから適

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この瞳にあなたは映らないけれど

この瞳にあなたは映らないけれど

お題:ぬいぐるみ 制限時間:1時間  古今東西、ストーカー男が盗聴器を仕掛けるものは、ぬいぐるみと相場が決まっている。  女性の皆さん――いや、いまどきは男性であろうとなんであろうと等しく注意をすべきだが――は是非とも、職場で開かれた誕生日会でぬいぐるみをもらったら、一度お尻をみて欲しい。  縫い目がおかしくないか……と。 *  奈々は今宵も、ぬいぐるみに向かって話しかけていた。 「ねえ、パンくん。あしたは料理教室に行くんだあ」  水色のくま・パンくんのつぶらな瞳には、

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続きは明日の空

続きは明日の空

その夏、空は晴れて貴方は笑う。あどけない笑顔が心に染みわたる。 そして、彼女は死んだ。 彼女と初めて出会ったのは夜の公園だった。私は一人行き場を失い途方に暮れていた。もう一度だけ人を信じようと必死に生きてきたのにまた人を信じる事が出来なくなってしまった。もはや心はカラカラに渇き果てどうしようもなく、とにかく一人になりたかった。明日の仕事のスケジュールは真夜中まで詰まっているというのにだ。こんなに苦しめられるなんて!自分の気持ちの持って行きようがなくなって今日の予定をほった

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即興

即興

鍵盤に指を振り下ろす。 どこにおいたのかもわからない。 もう意識した瞬間に次の鍵盤に指を降りおりしている。 音が鳴る。 でも、それはもう過去の音だ。 どんどんどんどん指が動く。 勝手に動く。 意識よりも早く。 意識ではそれを追うことはできない。 いや、むしろ意識を開放しているのだ。 自由に意識に自分を操作させている。 思考ではなく。 ただの意識。 勝手に体は動いていく。 でも、そこにはバランスが存在する。 人はそれを芸術だと思う。 人はそれが素晴らしいと感じる。 ただただ意識

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希望の丘

希望の丘

朝起きてからの数時間。幸せを感じる事の出来る崇高な時間。 窓を開ければ美しく光る朝日と揺れる緑葉が風に揺られてきしむ音がする。 一杯の紅茶と新鮮で鮮烈な程に真っ赤なトマト。毎朝私はトマトを4つ切りにして白い大皿にそれを盛る。 海の粗塩をパラパラふりかけて食べるのが猛烈に美味くて止められない。 冷めないうちに紅茶を飲む。窓から時々勢いよく流れ込む風を感じながら一筋の朝日の光に照らされた白いキッチンを眺める。 昔若かった頃、キッチンにありったけの夢を詰めて料理していた。 お気

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即興小説「私の親は心配性で」
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即興小説「私の親は心配性で」

 1年に1度、鳴るか鳴らないか。その頻度を打ち破って、今年2回目の着信音が響く。私は慌ててスマートフォンの音量を下げた。そういえば、起床時にアラームが鳴ってからオフにするのを忘れていたな。  発信者は私の母親だ。さて、不思議なことに、母はすこし前に亡くなっている。享年67歳。十分な年齢だろう。  もちろん私は電話に出なかった。ひとつめの理由が「今は電車の中である」、ふたつめの理由が「死んだ人から電話が来るわけない」、みっつめの理由が「単純に通話が億劫」、よっつめの理由が…

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即興小説「かちかち無駄死に」

即興小説「かちかち無駄死に」

お題:騙されたババァ 制限時間:15分 「ババァ騙された!」 「ババァ騙された!」  子狸たち、喜び舞い踊る。鍋の周り、ぴょんぴょんと跳ねる。 「おいしく煮てやる!」 「骨まで残さず!」 「綺麗に食べてやる!」  それを聞いた老婆、鍋の底で歔欷。 「せめてあのひとにひとくち」  いつときでも、あなたのいちぶになれたら!  鍋は煮立つ。泡踊る。夕暮れ時だ、晩飯時だ。  "あのひと"は夕餉を楽しみに帰路についている頃で。 「なーんにもあげないよ!」  子狸たち、キ

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立派な墓

立派な墓

お題:親友 制限時間:1時間  親友が死んだ。  嵐で増水した川を見に行って、風にあおられ、濁流に落ちたらしい。  目撃したウーバーの配達員は、「あっという間に飲まれてしまい、助けられなかった」と言って、肩を落としていた。  見ず知らずの他人が死ぬところなんて見てしまって、さぞ胸糞悪かったろうと思ったけれど、彼は本当に悔しそうだったから、なんとも不思議だった。  俺の人生の最重要項目だった親友の命が、見ず知らずの人間に惜しまれている。  そして、橋の欄干のそばに立つ俺の足元

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即興小説-20210914「犯罪」

即興小説-20210914「犯罪」

レギュレーションは「構想30分、執筆60分」。 実時間は「構想60分、執筆120分」。 本文 犯罪 -----  行きつけのコンビニで、女子高生が万引きをしているのを見かけた。    僕は少しはっとして彼女の事をじろじろ見つめてしまったけど、何かを咎めるとか店員を呼ぶとかの"社会倫理に沿った行為"はしなかった。僕はこの店の関係者じゃないし、彼女の人生について責任を負うような立場にもないからだ。取るに足らない、とまでは言わないけど、ありふれた行為にいちいち首を突っ込んで

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即興小説-20210908「整理」

即興小説-20210908「整理」

レギュレーションは「構想30分、執筆60分」。 実時間は「構想20分、執筆60分」。 本文  整理   ----- 「アカウント消してたけど、なんかあったの?」 「めんどくさくなっちゃった。あの界隈、しつこい人が多くてさ」  喫茶店のテラス席で、俺の目の前に座っている男は垂れた前髪を人差し指で弄びながらそう応えた。オフショルダーのニットの上からショールを肩にかけたそいつは、自分の髪と遊ぶのに飽きたのか今度はくしゃくしゃに丸めたストローの紙袋に水滴を垂らし始めた。縮こま

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