SW大橋勇

1979年生まれ/男/ストーリーライター(小説家志望)/ソーシャルワーカー(社会福祉士…

SW大橋勇

1979年生まれ/男/ストーリーライター(小説家志望)/ソーシャルワーカー(社会福祉士)/統合失調症者にアウトドアを勧める会会長

マガジン

  • 私とアウトドア

    アウトドアを勧めるためのマガジン

  • 山の美学

    山について、文学的に語ることで美学を展開する。言葉により山の素晴らしさを表現する。それに合った写真も掲載する。

  • 小説集

    私の投稿した小説をまとめてみました。

  • 【長編小説】空中都市アルカディア

    全力で書いた小説です

  • 哲学論集

    私の書いた短い哲学論文をまとめてみました。

最近の記事

  • 固定された記事

【長編小説】『空中都市アルカディア』

序 はるか未来 いや はるか昔と言うべきか 科学が最高度に進化した時代 地球の地殻に大変動があり すべての大地は多くの生命と共に海に没した 生き残った僅かな人類は ひとつの都市を空に浮かべ、そこに逃れた 何千年の時が流れ洪水が治まると 現れた大地に人々は再び降り立った 陸の形は以前の面影などどこにもなかった それでも人々は以前の地名への愛着を持って土地に古名を与えた 空中都市はいつしかアルカディアと呼ばれ 世界政府のある都となった アルカディア

    • いじめられて思うこと

      今、職場で三十歳くらいの女性職員にいじめられている四十五歳の男です。 介護士です。 その女性職員は二年くらい前に入って来たパートの子です。 私は十年以上勤めている正規職員です。 昨日は、私が流しでコップを洗っていると、彼女は無言で後ろからコップをいくつも投げ込んで来ました。プラスチック製とはいえ、投げ込む人を初めて見ました。しかも無言。普通、「お願いします」とか言ってそっと置くものです。彼女は他にも私に対して常に陰湿な態度をとります。まるで私が人間ではないかのような扱いをされ

      • つまらない山に登る意味

         私はそのときたった独りで、登山道を登っていた。四月のまだ肌寒さの残る富士の外輪山のひとつ、毛無山である。  この山の富士側の麓はまさに「麓」という名の土地のようで、私は駐車場に軽自動車を置き、登山靴に履き替え、ザックを背負って登山道に入った。午前八時半である。  それから、私は急登の登山道を登り始めた。ただ、体力の奪われるばかりで面白くない道である。途中、はさみ石などと名付けられた岩場があるが、名付けられているわりには面白くない岩場である。滝を見る場所もあるが、別段面白く感

        • 山ラーメン。毛無山より富士山を望む

          私は富士山の西側、朝霧高原を挟んで立っている外輪山のひとつ、毛無山に独りで登っていた。 単調な景色が続くその登山道はなんの面白みもなく、ただハードな急登だった。 途中で目を楽しませてくれるものと言ったら、不動の滝とか言うのが、谷を挟んで向こう側に流れ落ちているのを見るくらいで、あとは山頂近くの岩を登れば、南アルプスが見える、そして、後ろを見れば葉が落ちた木々の間に常に富士山が見えるだけだった。 富士山が常に見えるなど最高ではないか、と思われる方もいるかと思うが、木々の枝の

        • 固定された記事

        【長編小説】『空中都市アルカディア』

        マガジン

        • 山の美学
          3本
        • 私とアウトドア
          51本
        • 小説集
          24本
        • 【長編小説】空中都市アルカディア
          29本
        • 哲学論集
          42本
        • 読むお笑い
          33本

        記事

          哲学科大学教授と小説家

          私は國學院大學の哲学科を出ていて、小説家を目指しているが、同じ大学同じ学部学科の先輩に諏訪哲史という芥川賞作家がいる。彼は『アサッテの人』で芥川賞を受賞したが、私にはその作品の意味がわからなかった。他の芥川賞作家で円城塔という人がいるが、その人の芥川賞受賞作『道化師の蝶』も意味がまったくわからなかった。私には文学を読む力がないのだろう。 その大学の先輩である諏訪哲史は、國學院大學の哲学科を選んだ理由として、当時そこの教授であった美学者の谷川渥に学びたかったからだと言った。私は

          哲学科大学教授と小説家

          「小説家になろう」で書籍化された作品は本屋大賞か直木賞あるいは芥川賞を取ったことがあるか?

          私は「小説家になろう」というサイトに一年以上小説を連載しているのだが、あまり読まれていない。少なくともランキングで名が上がることもない。もちろん単に私の小説がつまらないというのもあるだろう。たしかにアドリブで書いていてかなり描写が雑である。それでもランキングに上がるファンタジー小説はたいがいゲームをなぞったような作品である。私の『最低な三人の異世界転生ドラゴニア冒険記』もそのような趣味に近づけたつもりだが受けが悪い。やっぱり雑だからだろうか?それにしても一日で十万アクセスがあ

          「小説家になろう」で書籍化された作品は本屋大賞か直木賞あるいは芥川賞を取ったことがあるか?

          【作詞】バージンロード(かえうた)

          バージンロード この道 ずっと ゆけば 孤立死に 続いてる 気がする バージンロード ひとりぼっち 恐れずに 生きようと 夢見てた さみしさ 押し込めて 強い自分を 守っていた バージンロード この道 ずっと ゆけば 孤立死に 続いてる 気がする バージンロード 歩き疲れ たたずむと 浮かんでくる 孤立死の不安 丘を巻く坂の道 そんなことではごまかせない バージンロード この道 ずっと ゆけば 孤立死に 続

          【作詞】バージンロード(かえうた)

          小説家を目指す私が、小説を売り込むには?

          私は小説家を目指しているのだが、ネットに投稿している小説の人気があまり芳しくない。 もちろん、面白くないから売れないというのが理由の第一番だろうが、そこにこういう小説がありますよ、と売り込むことも必要だと思うに至った。 人が言うには、ツイッターでハッシュタグをつけて投稿するのがいいらしいので、それを始めてみた。 たしかに小説の価値は売れないから価値がないというわけでもない。そのために芥川賞などもあるくらいだ。 自動車だって性能がいくらよくても、客が買うとは限らない。その客がそ

          小説家を目指す私が、小説を売り込むには?

          若者文化と小説家

          新人文学賞などを取る若い小説家で、特に二十歳前後の小説家で、年輩の小説家などから、若い世代はこんなことを考えているのか、こんなことを知っているのか、みたいな目線で評価されることがある。 随分古い例だが、綿矢りさの小説で、「あいのり」というテレビ番組を「結婚相手を求める若い男女が同じ車に乗って世界を旅する番組」みたいに一般化して表現していたことがあった。同世代の私はそれを読んだとき、「ああ、『あいのり』だな」と思ったが、年輩の人はその番組の存在を知らず、若い人はそういうものを知

          若者文化と小説家

          やばい、即興小説を一年以上やっているのと、noteを書いてすぐ投稿するスタイルを取り続けたために、短編小説も推敲なしで投稿しちまう癖がついちまったみたい。

          やばい、即興小説を一年以上やっているのと、noteを書いてすぐ投稿するスタイルを取り続けたために、短編小説も推敲なしで投稿しちまう癖がついちまったみたい。

          【小説】消えた小説

           私には妻がいた。勤めていた介護施設で同職であった女だ。特に美人というわけではなかったが、私は彼女を深く愛した。彼女とは仕事上のことでよく口論をした。彼女は「ドS」と言えばいいのだろうか、きつい性格だった。私より十も年下だが、対等に口論した。私は口論するたびに、彼女に惹かれていった。そして、ある日、また口論している最中に、私は言った。 「おまえ、俺と結婚しろ」 「はぁ?なんで、あたしがあんたなんかと結婚しなきゃいけないのよ」 「じゃあ、おまえ、彼氏とかいるのかよ?」 「いない

          【小説】消えた小説

          売れる小説家になるための条件

          売れる小説家になるための条件などはあるのだろうか? 私が思うたったひとつのことは、魅力のある小説を書けば自ずと売れるということだ。 私はネット上に投稿された、「売れるためには」みたいな記事を読みたくない。なぜなら、そういうことを自分で考えることも含めて小説家を目指す面白さがあると思うからだ。 「いや、人の意見は参考にすべきだよ」と言う人もいるだろう。たしかに独りよがりになるのはよくない。しかし、「売れるためには」という記事を誰が書いていると思うだろうか?シェイクスピアだろうか

          売れる小説家になるための条件

          小説家になれるかどうかは志望者数では決まらない

          私は小説家になりたいのであるが、それは難しいことだろうか? ある人の記事に、「小説家になろう」の投稿者数は何十万人だとかいて、そのうちノベライズされるのは一握り、だから、いかに小説家になるのが難しいか、みたいなことが書かれてあった。 いや、これ、本当か? 数字で難しさが表現できるのだろうか? 例えば、野球の大谷翔平選手みたいになりたいと少年が思ったとして、その子にそうなることの難しさを数字を使って説明するだろうか?全国に野球少年が何百万人もいて、大谷選手みたいになれるのはほん

          小説家になれるかどうかは志望者数では決まらない

          小説家の仕事は異世界への窓を開くこと

          小説はリアリズムでなんであれ、異世界を書いている。その異世界は現実の延長上にある。本を開けば、そこに異世界が広がる。異世界は本として現実の中に存在している。本は小説の場合文字で書かれている。小説は文字で異世界への窓を開く。マンガは絵と文字で窓を開く。映画は映像と音で窓を開く。絵画も異世界への窓に違いないが、そこに現れる異世界には時間の流れがない。写真も同じだ。物語によって、異世界の時間は動き出す。音楽も同じようなことが言える。報道はメディアという異世界を経由して現実を伝える。

          小説家の仕事は異世界への窓を開くこと

          私はまだ小説家を名乗れないが、思想家は名乗れるかもしれない

          私は小説家を目指しているが、まだ、紙の本や電子書籍を出版しているわけではないので、小説家は名乗らないことにしている。自称小説家も世の中にはいるが、それは構わないが、私はそれは恥ずかしいと思って自称しないことにしている。小説家になることは夢であり、夢を叶えた瞬間は自分から宣言するのではなく。世間に認められたときに取っておこうと思っている。だから、まだ小説家ではない。 しかし、思想家ではあるかもしれないと思う。 特にこのnoteに精神病の統合失調症になってからの生き方について多く

          私はまだ小説家を名乗れないが、思想家は名乗れるかもしれない

          もう、統合失調症についての深い内容の文章が書けなくなってきたようだ。深い内容の記事を読んでみたい方は私の古い記事を読んでみてください。そして、統合失調症から元気になった私の記事を読んでみたい方は最近の私の小説など読んでみてください。よろしくお願いします。

          もう、統合失調症についての深い内容の文章が書けなくなってきたようだ。深い内容の記事を読んでみたい方は私の古い記事を読んでみてください。そして、統合失調症から元気になった私の記事を読んでみたい方は最近の私の小説など読んでみてください。よろしくお願いします。