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【物語】タイムカプセル

 いよいよだ。とうとう、「今日」が来てしまった。地球が滅亡しない限り、避けられないと分かっていたけれど...。
 鏡に映った自分の顔。それは別人のそれと疑ってしまう程、変貌していた。泣きはらし、赤く充血した瞳、頬に幾筋も流れる涙の跡。キッと唇を噛む。薄皮が剥け、鉄の混じった苦い味がした。

 3月10日。高校の卒業式と同じ日付。大学進学という夢と期待に胸を弾ませていたあの日、親友の透子と私はタイムカプセルを埋めた。タイムカプセルは大抵、「未来への自分の手紙」というのがテッパンだ。でも、私たちの場合は互いに向けて手紙を書いた。どんなことを綴ったのかはお互い秘密のままで、「7年後、25歳の3月10日、一緒に開けて中身を見よう」と約束を交わした。

『社会人4年目って、やっぱり忙しいのかな?』
『だけど、透子は変わらず推し活に精を出してそう』
『そういう美香もちゃっかりYoutube.とか始めていそうだな』
『えー?!ユーチューバーなんて、小学生男子が憧れるものだと思ってたよ』

 そんな風にはしゃぎながら交わした会話を脳内で反芻する。あのときの目を細めた透子の笑顔。頬にできたえくぼ。耳に心地よかった声色。全て、絵に描いたように思い出すことができる。18歳の私たちは知らないことが多すぎた。必ず明日は訪れるものだと信じ切っていた。絶対に透子と並んでタイムカプセルを開けれるのだと疑わなかった。あの日、あの瞬間までは。

 
 ーー20XX年12月某日ーー
 雪が降っていた。粉雪で、そんなに積もっていなかったと記憶している。
残業終わりの披露が溜まった目を擦りながら、ビル街を通り抜けていた。赤信号で右肩に掛けていたカバンを持ち直そうとした瞬間、スマホの通話が鳴った。知らない番号。訝しんだが、とりあえず出てみることにした。取引先の別機種の番号かもしれない。
「もしもし、片岡です」
「もしもし、美香ちゃん?透子の母です」
「透子のお母さん?私の番号にかけてくるなんて、珍しいですね。何かありましたか?」
「うん…あの......すごく驚かせてしまうのだけど、透子が亡くなりました」
「...………え……」
「高齢者ドライバーのアクセル踏み間違えで...…こ、交差点を渡っていた時に…撥ねられて...…それで、通夜と告別式の日取りなんですけど…」
その後、透子のお母さんがどんなことを言っただとか、自分がどう言葉を繋いで応答したのかとか、全く思い出せない。今でも。

 透子の通夜当日、私は魂が抜けてしまったみたいに呆然としていた。ちょうど事故の2日前に交わしたLINEのメッセージの内容とか、以前透子が誘ってくれて一緒に行くはずだった劇場鑑賞のこととか、頭の中を走馬灯のようにかすめていく。つい最近まで朗らかな声で言葉を発し、皆と同じように呼吸をしていた人が、もうこの世にはいない。人生における大切な同志を失った、という残酷すぎる事実を受け止めきれなかった。

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 彼女が亡くなってから3か月後は、タイムカプセルを掘り出すはずだった。共に肩を並べ、土まみれになりながら。だけど、その「予定」は現実になることはなかった。

 今、私はタイムカプセルを埋めたクスノキ空き地の中央にいる。空き地にはその名の通り巨大な楠が中央にそびえている。その木の下には7年前に埋めたタイムカプセルが眠っている。持参した軍手をはめて、そっと土を掘っていく。確か、そんなに深くは埋めなかったはず。少しずつ掘り進めていくと、コツン、と何かに手が触れた。薄い水色とピンク色の模様が付いたカプセルが顔を出した。

 恐る恐る中身を開けた。まずは、私のカプセルから。透子に宛てた手紙を小さな声で読み始めた。

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 透子へ
 25歳になった今の気持ちはどんな感じですか?仕事や恋は順調ですか?
 忙しくなっても、時たまカフェ巡りやショッピングができると良いなと思っています。
 責任感が強くて真面目な透子のことだから、ストレスを溜めすぎていないかちょっぴり心配です。そんな疲れを吹き飛ばすほどの楽しいことをたくさんしたくて私は今からワクワクしています。またディズニーにも行きたいし、将来は海外旅行にも挑戦したいね。
 忙しくなってもずっと親友でいられると良いな。たとえ離れてしまっても心の距離は変わらない!!って思ってるから。なんか、こういうクサい台詞を手紙に書き起こすと恥ずかしいね//// 
 本当に透子には感謝してもしきれません。ありがとう。
                              美香

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 手紙の後半は、震える声を押さえられなくて、嗚咽も漏れそうだった。どこを探したって、透子がこの手紙を読む時間は待っていてくれなかった。でも、こらえなきゃ。この後、透子からの手紙を読まなきゃいけないんだから。
 透子からのカプセルを開けるとき、今まで経験したことがない程心臓が脈打っていた。すごく怖かった。何だか秘密を全て暴いてしまうような気がして、恐ろしかった。でも、読みたい気持ちも少しずつ膨らんできて、ゆっくりと蓋を開けた。18歳の透子は私にどんなメッセージを残してくれたのか、確認したかった。
 折りたたまれた手紙を開いて、さっきよりも大きくて明瞭な声で透子からのメッセージを読み始めた。

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 美香へ
 25歳。今、美香がどんなことをして何を思い巡らして、どんな希望を抱いているのか、私には見当がつかないけれど、あなたの笑顔がいつまでも続くと良いな。
 お互い、忙しい生活を過ごしていると思うけど、予定を合わせて時々会いたいです。
 美香がもつ柔らかい雰囲気がいつも私の心を和ませてくれました。それはホントに、あなたの特別な才能の1つだと思う。
 引っ込み思案な私にいつも優しく話しかけてくれてありがとう。
 あー、もう少しJKを堪能したかったなー。ダサい制服を何とか着こなそうと、美香と一緒にトイレの鏡の前で奮闘していた日々が懐かしいよ。美香が側にいてくれたおかげで楽しい高校生活を過ごせたよ。感謝!
 また、すぐ会おうね!
                              透子

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ 

 透子の名前を読むとき、もう手紙の文面は涙でグチャグチャになって、全然原型を留めていなかった。彼女との愛おしい思い出が浮かんでは消えていった。

 透子を失ってから、希望なんて塵のように粉々になってしまった。だけど、毎日を心をしぼませながら生きていたら、天国にいる彼女もきっと悲しむだろう。まだ、透子が隣にいたときの「私」には戻れない。完璧にはその状態を取り戻せない。いつになったら、平気な「フリ」が「フリ」じゃなくなるのかも分からない。だけど、前に進まなきゃいけない。いつか、また、透子に会える日を信じながら。

2955字
ー終ー

  


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