蔡國強

18.いわき・九十九の塔(2)制作風景

九十九の塔制作現場と参加者の言葉

アトリエKayaにて

粘土を用意して 床をふき、花を飾り、待つ
九十九の塔を作るという
きれいな薄墨の絵を持ってやってきた 協力者の手がけた土の塔を
仕上げとして、へらで 人の持つ意を削り、落とし 自然へ戻す
塔は窓の外の山を借景として、立ち光り輝く 龍は登る 天空へ     陶芸家・真木孝成

仏塔の歴史は釈尊の遺骨を崇高する有徳の王族によって建立されたこと

もっとみる

今だからこそ、『空をゆく巨人』を仰ぎ見る

現代美術のスーパースター・蔡國強を追うノンフィクションを読んだのは、昨年の秋。今、改めてこの本を思い出した。

私が現代美術に興味をもって見始めたのは、残念ながら遅い。夫の専攻が美学の現代美術だったから、連れ立って見に行くようになった。だからまだ20年もたっていない。育児で中断もした。

ただ行くと、見るというよりも身体で感じるのだと知ることができた。楽しかった。機会があれば行くようにして、毎回新

もっとみる
心がウキウキになります!
9

17.いわき・九十九の塔(1)「三丈の塔」から「九十九の塔へ」

「三丈の塔」いわき市立美術館、1994年

1994年、いわきの海岸に埋もれていた廃船は骨組みの部分を「龍骨」にはがされた側板や廃材は「三丈の塔」という新しい作品に姿を変えていわき市立美術館に展示された。その後、「三丈の塔」は東京都現代美術館をはじめ、世界各地の展覧会に出展され今、いわきにはない。そのことを蔡はずっと心の片隅に抱えていたらしい。

地平線プロジェクトを終えた後も、実行会を組織した私

もっとみる

16.地平線プロジェクト(14)地球から地球を見る

美術館での作品製作と別に海上で発表する作品の製作があった。四倉から豊間の海上10kmに導火線を浮かべ、新月の晩に点火し、「地球から地球を見る」というものだった。当初、この話を蔡から聞いた実行会スタッフは誰もが、すでにテスト等を終え具体的作業だけが残っているものと思った。

実際にはそうではなかった。導火線は1本15mであり、これをつないで10kmの長さにするわけなのだが、防水はどうするのか、潮の流

もっとみる

15.地平線プロジェクト(13)火薬画

美術館の壁面に展示される火薬画を製作する日がきた。

製作の場所は、「海が見える場所でやりたい」という蔡の希望で、四倉の工業団地の空き地でやることになった。

絵は仕上がると4m×9mになる。これまで蔡が製作した中では最大の火薬画だ。

日本で作られる和紙の大きさは最大で3m×4mあり、これを3枚つなげたものになる。製作予算の少ない中から購入した高価で貴重な和紙を使う。失敗は許されない。

準備が

もっとみる

14.地平線プロジェクト(12)無理をすると怪我をする

いわき市立美術館で開催された蔡國強展「環太平洋よりー地平線プロジェクト」の開幕初日のことだった。実行会の私は蔡さんに腹を立てていた。

ボランティアスタッフたち全員が毎晩徹夜に近い状態で作品制作に力を注ぎ、予定されていた作品のほとんどを展示会場に設置することができた。そして協力してくれた人たちが美術館の階下にぞくぞくと集まってきていた。ところが最後のたったひとつの作品、ダンボールで作る「子どもの為

もっとみる

13.地平線プロジェクト(11)「廻光―龍骨」

小名浜に打ち上げられた北洋船の側板を一枚ずつはがす作業もようやく終わり、船の骨組みが見えてきた。その曲線は美しかった。同じような船を自分で作ったことのある船大工の鈴木愛三さんは、誇らしげに、「このカーブは全部手作業で作ったんだ」と言った。

船は独特の構造をしており、安易に解体すると組み立てられなくなってしまうために船大工の手を借りていた。愛三さんはこのような木造船の作業から長く離れており、なつか

もっとみる

12.地平線プロジェクト(10)菊茶を振る舞う

蔡さんが滞在した四倉のアトリエでは、菊苗がすくすくと育ちかぐわしい香りの花が豊かに咲き誇った。この花をお茶にして展覧会に訪れた人たちに振る舞う、そのためには茶器が必要だ。

この土地で作品を育てる

ここから宇宙と対話する

ここの人々と一緒に時代の物語を作る

彼がはじめに掲げたコンセプトは、ここにも体現されることになる。陶芸家の真木孝成氏の協力を得て、陶房での共同作業が行われ、茶器は作り上げら

もっとみる

11.地平線プロジェクト(9)三丈の塔誕生

廃船の作品「龍骨」を作るために剥がされた廃船の側板や廃材は、最初、「龍骨」の周りに桟橋のような廊下を張り巡らす計画だった。この計画は蔡さんの中でうまく消化しきれないものだったのか、次なるプランへと変更された。

いわき市立美術館入口前のエントランススペースに置かれたヘンリー・ムーアの彫刻をすっぽりと覆ってしまう大きな堂を作るというものだった。この時、蔡はこれが決定打ですと言わんばかりの自信に満ちた

もっとみる

10.地平線プロジェクト(8)つながり

十数メートルの廃船は五つに分割させ、美術館への搬入見通しがようやくついた頃、蔡さんから新たな要望が出た。

「塩がほしい」

廃船の作品「龍骨」の周りに「塩の海」を作りたいと言うのだ。どのくらいの量が必要か問うと10トン位あればいいと言う。10トンの塩といえば大型ダンプカー1台分、金額にしたらどのくらいになるのか想像もつかない。またしても新たな難題である。

前に小名浜港で岩塩の積み降ろしをしてい

もっとみる