死について考える

死後の世界について

香山リカ、という人がいますね。この人の書いたある本に、『死の恐怖というのは人工的に造られた感情』というタイトルの、たぶんそういったタイトルの一章があります。(本がどこかに行っちゃって記憶にもとづいて書いてます)

 つまり『死』ということをいくら考えても何も思いつかない、いくら考えてもわからない。と、いうことなんですね。そう、『死』についてわかるほど、私たちの感覚は鋭敏ではない。ということなんです

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ありがとうございます。あなたのおかげで生きていけます。
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死について思うこと

家族が亡くなることも、自分の死についてもしっかりと考えて伝えておかないと面倒くさいことにとなる
後悔がずっと残り自問し続けることになる

しっかりと考えておかないとと思う。自分自身の死について、その後のこと、立つ鳥跡を濁さなんだと思う

私自身未だに父の葬儀のことを自問し続けている
きっかけは母の「お父さんのとこには行けないね…」だった。母は、仏式でも神式でもない家族だけの直葬を決めていた

父の

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死について考える03

ここ最近、宮下洋一氏の「安楽死を遂げるまで」を少しずつ読み進めている。

自己決定権の話題。安楽死が認められる条件の一つに「自分で決断する」という項目がある。まさに、自己決定権。本人が安楽死が望み決断すれば、周囲が抱く様々な感情は横に置き、本人を尊重するべきとされる。安楽死を望む多くの場合が、様々に耐え難き苦痛を背負っていることを思えば、周囲がどうのこうのいうべきではない、と。

しかし、このジャ

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死について考える02

宮下洋一氏の「安楽死を遂げるまで」を読んでる。まだ途中だけど、めっちゃ良い本。

この書物のなかで、深く考えたいテーマはたくさんあるが、いまパッと思いつくのが、自己決定権について、キリスト教文化圏と、仏教文化圏において、捉え方の違い、違和感みたいなものがあるのではないかという投げかけ。

安楽死が認められている各国で、実際に安楽死を行なっていく人たちにインタビューをしまくっている。安楽死の処置を行

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死について考える01

京都のお寺を使って定期的に「Deathについて喋るんデス」を合言葉にDeathカフェを実施している。そのなかで死について考えたり、感じたりすることを、書きなぐっていこうと思う。

先日のとある研修で、自殺念慮のある人に「どうして死んじゃいけないの?」と聞かれたら、いかに答えればよいのか、という質問があった。

どうって言われても、その場にいないと、どんな気持ちが沸き起こってくるのか分からないから、

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「死」とつながってしまった瞬間

ぼくが物心ついたとき、親は38歳だった。それは遠いむかしの記憶だけど、たしかに覚えている。

「ぼくのお母さん(お父さん)は、38歳なんだよ」
ひとが知らないことを教えるのがうれしかったのか、幼稚園の先生や近所のおばさんたちによく言っていたのを覚えている。(母は苦笑いしていたが……。)

昨年、ぼくは38歳になった。
そして、38歳だった親は72歳になった。

子どもにとって、親はものすごく大人に

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ありがとうございます!
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死者の溶解

昨年の夏に、父が亡くなった。そして母は独り暮らしとなった。父が亡くなったばかりのころは、母はわたしに電話をしてくるにつけ泣いていた。

だがあるとき、母が言うのだ。夜中に寝ていると、父が歩き回っている気配がすると。引き出しをごそごそやっているようだと。たしかに、父は引き出しに通帳などの書類をしまっており、生前はよくそこを確認していた。ことさらに自室といった空間を持とうとしなかった父にとって、あの引

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人が死んだらどうなるの?と子供に聞かれて一緒に読んだ本3冊

身近な誰かが亡くなったときやニュースで事故や殺人のニュースを見るなどをきっかけに、「死んだあとはどうなるの?」と子供に聞かれて困ることもあるかもしれません。
私も祖母の火葬のとき子供に「なんで燃えちゃうの?」と聞かれて困りました。

死ぬってなんだろう?を深刻ではなくライトに考えられる本を紹介します。

死にカタログ

死の形、タイミング、場所、理由、有名人の辞世の句まで、様々な国・宗教の習慣や統

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ありがとうございます(^o^)
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