羽生隆

世界漂浪の記 ー世界35ヵ国 2年半 一人旅の記録ー 羽生隆(1948-2016)が…

羽生隆

世界漂浪の記 ー世界35ヵ国 2年半 一人旅の記録ー 羽生隆(1948-2016)が1971年9月3日に日本を出発、自転車とヒッチハイクで世界35ヵ国を巡った毎日の日記。 50年前の日付け通りに毎日投稿。 『誰もやらない事をやって、誰も行かないところに行きたかった』

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❨1❩世界漂浪の記 ―世界35ヶ国 2年半 一人旅の記録―

世界漂浪の記 ー世界35ヶ国 2年半 一人旅の記録ー 自分との闘いの中で 羽生 隆 ※SNSはおろかインターネットもない時代、外国の自転車一人旅の話を聞きたいと訪ねて来る人も多くいました。 そういう方に読んでもらえる様にとの思いから、羽生は旅の間毎日つけていた日記を、この一冊にまとめました。 ※2022.1.13追記 一冊にまとめられた日記に無い日付の日記は、原本から書き足しています。

    • ❨お礼❩2024.3.19.火.晴/ありがとうございました!/日本

      二年半の「世界漂浪の記 ―世界35ヶ国 2年半 一人旅の記録―」が終わりました。 このページへ来て下さった方皆さんへ、毎日投稿してきました長女の私より、お礼を申し上げます。本当にありがとうございました! 小さな頃から、まるで子守唄のように父の旅の話を聞いてました。 いつか孫たちがおじいちゃんの冒険に興味を持ったときに、いつでもどこにいても読めたらいいなと思うようになり、ちょうど旅の出発から50年目の年に、このような企画を始めました。 日記の中に出てくる親戚や、父の人生でご

      • ❨932❩1974.3.18.月.晴→曇/ー後記ービ~~バ ビシクレッタ!!/日本

        一後記ー 何を取りあげ、何を省くか思案に明け暮れ乍ら、やっとこの一冊が出来た。 毎日記録した事を、そのまま載せただけで、読みごたえも、面白くもないと思う。 楽しんで読んでもらおうと思って書いた訳ではない。 小生の旅の間、心配をかけ、応援を送ってくれた皆さんに、感謝の意をこめて、どんな旅でどんな所へ行ったのか、少しでも知ってもらえればと思い、四冊の日記からこの一冊にまとめた。 二年半の旅は、長過ぎたかもしれない。予定は、一年~一年半の積りだった。 しかし、知れば知る程世界は

        • ❨931❩1974.3.17.日.晴/遂に日本の地を踏む。この旅を活かす生活が始まる。/Bangkok→Hongkong → Tokyo

          遂に日本の地を踏む。 8時半、発。香港へ40分程止まり、ロビーまで降りる。 夕暮れ近い香港は、まだ明かりもチラホラという感じで、有名な夜景は見られず、残念。 羽田へ着いたのは、6時10分。 灯が空から見えた時、胸が何んとなく、ワクワクした。黄婚の東京には、すでに灯が沢山見え、空は曇っていた。 車輪が止まると、遂に、生きて戻ったと思った。ああ、無事命だけは持って帰れた、そうしみじみ思ったのは、どうしてだろう? 風が身を刺す程、冷たく思えたが、俺の心の方が新たに燃え始めてお

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        ❨1❩世界漂浪の記 ―世界35ヶ国 2年半 一人旅の記録―

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        • ❨932❩1974.3.18.月.晴→曇/ー後記ービ~~バ ビシクレッタ!!/日本

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          ❨930❩1974.3.16.土.晴/最後の、外国の夜なのだ。/バンコク:タイ

          朝は、ごく軽い体操で止めた。腹が減る。 朝食 バナナ3本と牛乳1本・お茶一杯。 あと2缶、土産のお茶を買った。 荷を整理したところ、ちょうどバッグ一杯になった。半分以上が土産である。 夕方、レストランでビール一杯を飲み、ホテルを出た。 夜八時に、飛行場行きのバスに乗る。 時間があったので、荷を置いたままチョット外へ出た。 帰ってみると、バスがいないのに驚いた。 あわてた・・・・・ 後のバスの運ちゃんに、飛んでいって事情を英語で何んとか説明すると、そのバスで追っかけて

          ❨930❩1974.3.16.土.晴/最後の、外国の夜なのだ。/バンコク:タイ

          ❨929❩1974.3.15.金.晴/土産を買って帰る事にした/バンコク:タイ

          金が入ったので、土産を買って帰る事にした。 朝も昼も夜も暑い。部屋の天井の扇風機を、つけっぱなしでいる。 部屋は、ベッドに、粗末だがシャワーとトイレが付いている。風通しは全く悪い。 ここへ来て毎日、午前か午後、屋上で補強をしている。町を歩くだけでは、運動にならん。 土産に、お茶の良いのを3つと、布と菓子を買い、荷をしめる。 町をずっと歩いてさがしたが、これといったものはない。 いつもいつも、金が少しでもあると、俺は人へのプレゼントを考える。義理という奴だ。全く、窮屈な

          ❨929❩1974.3.15.金.晴/土産を買って帰る事にした/バンコク:タイ

          ❨928❩1974.3.14.木.晴/弱点を鍛える事は、当たり前だが辛い/バンコク:タイ

          朝の練習はきつい。それも、今、体の筋々が痛い。 これからは、腕力強力化に重点を置きたいが、弱点を鍛える事は、当たり前だが辛い。 何を練習するかが、現在、実にあやふやでーー今までもそんな気がするーーいつも、総合的な体力強化になってしまう。 昼間3時頃、ビールを飲み、夕方の練習を夜中に持ち越した。 狭い部屋で、空手の突きと蹴りをヤル。 鏡で見ると、どうも体に比べて、腕が細い。 又、腰が締まっておらず、弱々しい。

          ❨928❩1974.3.14.木.晴/弱点を鍛える事は、当たり前だが辛い/バンコク:タイ

          ❨927❩1974.3.13.水.晴/兄さんから金が届いた!/バンコク:タイ

          やっと、日本へ頼んだ金が届いた。 さっそく、東京までのチケットを買う。 3250バール (160ドル) 。 ここでも、金の有難さを身にしみて思う。 今朝は、起きがけに駅へ行って、電話をEmbassyな方へした。 ガックリ!まだ来ていなかった。 午後、歩いてBank of Tokyoの方へ行ってみた。来ていた。 女の子が白い紙を持って来た時、嬉しかった。 金額を見ると、350USドル。驚いた。 そんなに驚くと兄さんに悪いが、250位を予想していたのだ。 しかし文なしの俺に

          ❨927❩1974.3.13.水.晴/兄さんから金が届いた!/バンコク:タイ

          ❨926❩1974.3.12.火.晴/山形氏(長瀬氏)とお別れ/バンコク:タイ

          日中は暑い。部屋の中も、扇風機がなかったら暑いだろう。 今朝、山形氏が別れの挨拶に部屋へ来てくれた。 台湾にしばらく居るという。 またいつか、会う事を約束し、この場で別れる。 夕方、40~50分のトレーニング。 ロクなものを食ってないので、疲れること。

          ❨926❩1974.3.12.火.晴/山形氏(長瀬氏)とお別れ/バンコク:タイ

          ❨925❩1974.3.11.月.晴/長瀬氏が明日発つというので/バンコク:タイ

          Bank of Tokyoへ、朝、友達と出かけたが、俺 の方はまだ金は届いておらず、今夜は金の来た彼に20ドル貸り、明日・明後日のホテル代、エサ代はキープ出来た。 今夜は、山形さん(長瀬氏)が明日発つというので、ビールをおごる。二人で三本。 実に愉快になり、レストランのウエイトレスにメシをおごったりした。向こうの隅で、あまりにも貧しい物を食っていたから。 でも、なかなか食ってくれなかった。 果たして、帰ってからどうしたか? 山形氏とは自然と気も合い、話も進む。 俺がこの

          ❨925❩1974.3.11.月.晴/長瀬氏が明日発つというので/バンコク:タイ

          ❨924❩1974.3.10.日.晴/自転車でなかったら、俺の旅はせいぜい一年か一年半が限界だろう/バンコク:タイ

          ボンヤリ暮らしていると、頭も体もボケて来る。 こんなふうで、連中、よくもまあ一年も旅を続けているもんだ。 自転車でなかったら、俺の旅はせいぜい、一年か一年半が限界だろう。もう疲れたヨ! 誰が何んていったって、これ以上旅は御免だ。体より先に、頭がいかれて来るだろう。 最近、ボンヤリしている事が、何より良くなりだした。

          ❨924❩1974.3.10.日.晴/自転車でなかったら、俺の旅はせいぜい一年か一年半が限界だろう/バンコク:タイ

          ❨923❩1974.3.9.土.晴/今日は落花生と食塩水のみ/バンコク:タイ

          昨日は、牛乳3本とバナナ5本。大分、脂肪が取れた気がする。 今日は、落花生と食塩水のみ(朝昼)ーーこのキビシサーー 午後、ホテルの屋上で補強を始めたが、腹が減って、30分でダウン。 ボクサーとは、毎日こんなコンディションの中で練習しているのだろうか? 夕飯もガンバル積りだったが、長瀬氏の親切に負け、野菜スープと牛乳を買う金を貸してもらった。 朝から晩まで、このホテルは女が入れ替わり立ち替わり、部屋へ来る。 適当に話をするのみだ。 ホテルは、日本人も12~3人入っている

          ❨923❩1974.3.9.土.晴/今日は落花生と食塩水のみ/バンコク:タイ

          ❨922❩1974.3.8.金.晴/<想>もう旅は終わるのだ/バンコク:タイ

          昨夜は周囲が騒がしく、2時近くまで眠れなかった。 夜の町を歩くと、レストランでいい匂いがしていた。 けさは7時に起き、日本大使館へ行く。 郊外の立派な建物だった。一通の手紙が来ていた。 遂に、文無し。一銭も無くなった。 ハテ、どうするか? 夕方、サッカー場で40分程、補強する。 <想> 土地が変る、人間も、気候も、次々と変わる。 そのめまぐるしい変化の中で、俺の頭は少しーーだけだろうか?ーー混同している。 土地 ・風俗のめずらしさ、面白さも、疲れの中に、刺激も薄い

          ❨922❩1974.3.8.金.晴/<想>もう旅は終わるのだ/バンコク:タイ

          ❨921❩1974.3.7.木.晴/タイ(バンコク)入国/バンコク:タイ

          速いものだ。 ネパール、インド、そしてもう、タイへ入った。 機内では、日本人がワンサと居た。 飛行場を出ると、タクシーが待ちかまえていて、うるさい程しつっこく云って来る。 知らんふりして、バスに乗る。 一時間程田舎を通り、町へ入った。 なんてこともない所だ。 日本並みに車が多く、排気ガスがひどい。 落ち着いた安いホテルが、また妙な所で、女がブラブラしている。 金が来次第、出ようと思う。 ちょっと頭の弱い娘がいて、自分の名も書けないというので、教えてやると、嬉しそうにそ

          ❨921❩1974.3.7.木.晴/タイ(バンコク)入国/バンコク:タイ

          ❨920❩1974.3.6.水.晴/さらば、カトマンズ!/ネパール(カトマンズ)→インド(カルカッタ)

          名残惜しいかな、カトマンズ。 「タイ・インター・ナショナル」で、再びインドのカルカッタへ飛ぶ。 ーー途中下車(?)の感じ一ー 5~6時間、町をブラついた。 ワァ~~~~~と、騒音と臭気が体を包む感じのする所。汚ない事。 コジキや浮浪者が多い。それに暑い。 牛の糞がカラカラになって、車の通った後、舞い上がる。 特に汽車の駅前は、人、人、人、人、人・・・・・。凄まじい程だ。 ポン引きに会った。 逆に、安いホテルを教えろと云って、連れて行ってもらう。売春宿だった。 美れい

          ❨920❩1974.3.6.水.晴/さらば、カトマンズ!/ネパール(カトマンズ)→インド(カルカッタ)

          ❨919❩1974.3.5.火.晴/タイまでのエアーチケットが買えホッとした・お祭りのような町を歩く/カトマンズ:ネパール

          やっと、時計・寝袋・小間物を売って、タイまでのエアーチケットが買えた。ホッとした。 おかげで、残金10ドルとなってしまったが・・・。 テントも売ろうとしたが、全然値がつかず、止めた。 町を、何の心のつかえもなく、ゆっくり見物した。 もう少し余裕があるなら、山歩きをして、山小屋を泊まり歩いてみたかった。 せめて満遍なく、このお祭りのような町を歩いてあきらめる事にした。 ここの人間の、日本人に似ている事。 非常に穏和な顔をしている。田舎という感じがする。 大きなカマに、ミル

          ❨919❩1974.3.5.火.晴/タイまでのエアーチケットが買えホッとした・お祭りのような町を歩く/カトマンズ:ネパール