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Colorless 宮島に色がなかった時
メディア:シルバープリントモノクロ写真
場所:明治中期厳島弥山登山道大聖院ルート旧里見茶屋付近
嚴島神社と東西門前町を連続的に一望する扇の要からの絵葉書の定番構図。
モノクロとカラー写真。
メディアの違い
それは宮島の風景から決定的な何かを剥ぎ取り、欠落感を与える。
しかし、それだけではない。
この時代、実際にそこには色がなかったのである。
鳥瞰写真の接写、ヨリとヒキの中で感じる違和感を起点にし
蛇行する内外の「間」を貫通し俯瞰する 1
嚴島神社 天神社 (連歌堂)
1556年、毛利隆元の寄進で造営された。歌を詠むために増築された施設。
3間X3間(6mx6m)の九間(ここのま)で構成される室内。
三面蔀戸をスウィングアップすると現れる上下がトリミングされたパノラマ状の水平連続窓。
間のリズム
間口の3分割の柱間、軒先も間口を3分割した柱間であるため、軒先3分割の柱間と部屋の3分割ではスパンが異なる。柱は外の方が細い造りで、内側か
機能を超えるかたち プロポーション
同じ比率のものを写真にすると、同じプロポーションの相似形のため、並べなければサイズが把握できない。
写真の杓子には5つのサイズがある。
禅宗で用いる応量器のように用いるサイズによって機能が浮かび上がる道具として考案したものである。
箸があることでかろうじてスケール感が浮かび上がる。
この形は宮島に伝わる杓子の原型を模っている。
形の着想は今から約200年前厳島神泉寺の僧誓真によるものである。
楽器
失われた時を求めて1 海上都市の住所
1959年(昭和34年)7月22日(旧暦6月17日)管絃祭
場所は会場(博多屋)の目の前の海岸線 有ノ浦(尼ノ洲)
モノクロ写真2枚の合成パノラマ
その光景は現在の見慣れた砂浜と防波堤の海岸線とは大きく印象が異なる。
現在の防波堤の位置から約8Mセットバックした位置が当時の海岸線で深さのある雁木である。
海との関係はフラットで、船足場が陸地に渡され、海に対して開いた印象。
そこに