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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#建築

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

「働き方改革じゃなくて、働き方改悪だろ! 政治家とか官僚とかって馬鹿じゃねえか!」

「ねえ、大丈夫?」
鍋元洋司は、朝起きていきなり、妻の鍋元衣子から心配そうに声を掛けられた。
「寝言で得体の知れない文句を言っていたわよ。政治家とかって何?
 変なことに巻き込まれてない?」

衣子は怪訝そうな顔をしている。

「大丈夫だよ。何でもない」
「ねえ、本当のことを言ってよ。この工事はすごいお金が動いて

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第72話 圧接の喜久子さん

第72話 圧接の喜久子さん

「私達の仕事は1にする仕事なんだよね。

大きな地震が来ても壊れないようにするために、今回は梁の部分を圧接(あっせつ)でつなげるの。
そうすれば、2本の鉄筋が一体化されて、長い1本の鉄筋になる。

でも、もしも一体化されてなくて、ばらばらに近い状態だったら、どうなると思う?」

圧接作業を手掛ける建設会社で社長を務める松村喜久子は、吉川蓮にこう問い掛けた。

吉川は入ったばかりの新人。困った顔をし

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第66話 選択の洋一郎さん

第66話 選択の洋一郎さん

It's not just my problem!
It's just your problem!

これは私だけの問題なんかじゃない!!
あなたの目の前に迫っている現実の問題なのよ!!

叫ぶようにジュリアが声を荒げたところで、大きな爆発音が鳴り響き、通信が途絶えた。パソコン画面の中央が真っ暗になった。垣田洋一郎は、涙があふれそうになり、沈痛な面持ちのまま目を閉じた。

「ジュリア!! ジュリア

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ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

「そろそろ始まります」
鳶・土工会社の新入社員である西野海斗は、この日のために新調したネクタイをきゅっと締め直した。スーツも新しいものを買いそろえた。作業服の時以外はビシッといこう。各地の同期と話して、そう決めたのだ。

画面越しに、あの災害からの復興街づくりが進む自治体で首長を務める柳本統義が映った。

復興街づくりを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に関係するすべての

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ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

美しい空気は美しい配管から流れていく。名言とかではない。本当にそうだと思っている。

岩井美咲は、空調設備工事会社の技術者として、多くの建築物などを手掛けてきた。

空気は、温度や湿度、清浄度などいろいろな要素で管理されている。浄化して適切な温度に調整した空気が部屋に届き、部屋の中の空気を吸い込むことで、コンクリートなどで覆われた室内が快適な状態に保つのだ。そのために、天井裏や屋上、壁の裏側などに

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ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

草木が生い茂った中で、リュックを背負ってゆっくりと上がっていく。現地に行くという基本は不変。

だが、肉体労働が待っている訳ではない。刻々と上がってくるデータと、現地に立った時の第一印象を基に、設計者に渡す基礎資料を作成する。これは究極のリモートワークだと思っている。

大橋亮は、建設工事の計画地に行って現地を測量して3Dデータ化し、計画用途を踏まえつつ、大まかなイメージ案を作る会社に勤務している

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ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

頼まれたらすぐに持って行く。終わったら回収して、手入れをして、いつでも再出動できるようスタンバイする。シンプルだが、求められているのはそういうこと。ニーズを間違いなく受け止めることが何より大事。

企業向け資機材レンタルサービス会社で働く清水豊は、入社以来、そう教わってきた。伝票形式だった在庫管理を電子化して、稼働履歴を担当者間で容易に共有できるようシステムを構築したのは、顧客対応のスピードと正確

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ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

「ちょっと待ってくれ。戻って右側の梁の交差部を見せてくれ。そこじゃない。もう少し手前だ」
能登隆は、足元に気をつけながら、足場を手前に戻って下側に目をやった。
装着しているスマートグラスを通じて、本社にいる現場アドバイザーの中島泰之が同じ様子を大画面で見ている。

いったい何が問題なのか。
鉄筋が絡み合うように組まれた梁部分を凝視してみるが、まだ見つけられていない。

「どこか分かるか?」
そう言

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ゲンバノミライ(仮) 第24話 事務職員の村上さん

ゲンバノミライ(仮) 第24話 事務職員の村上さん

「ねえ、ちょっといい?」
村上希美は、隣に座っている明石朝子から声を掛けられた。

「あ、はい。何でしょうか?」
「人事評価のやつ、もう書いた?」
「あれ、今週が締め切りでしたね。忙しくて、まだ手が回ってないんです。どうかしましたか?」
「こういうのすごく苦手で、どういう風に書けばいいのか分からないの」

いつものように人懐っこい笑顔で話してくる。この人は、こうやって今までも切り抜けてきたのだろう

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ゲンバノミライ(仮) 第23話 出禁の瞬くん

ゲンバノミライ(仮) 第23話 出禁の瞬くん

久しぶりの夜の街だった。賑やかで楽しい。手持ちの金はあまりないが、久しぶりにキャバクラでも行こうか。こういう気分の時は、酒でも飲んで楽しまなきゃだめだ。

思い出すだけでもムカムカする。腹が立って仕方がない。
どいつもこいつもごちゃごちゃ言いやがって。

武田瞬は、きょう、現場から追い出された。
沿岸の街の復興工事の現場で、足場の組み立てや解体を主に担う鳶職人として働いていた。
自分で言うのも何だ

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ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

「それはガバ部屋で話しましょう」

あの災害後の選挙で首長になった柳本統義の口癖だ。

柳本の父の昌義は前々首長を務めた地元の名士だ。その長男として育った。都会の大きな自治体で職員として経験を積み、国会議員秘書を経た後、父の引退に合わせて地盤を引き継ぎ地方議員になった。
あの災害が起きたのは、議員2期目の途中だった。街の多くの人とともに行政職員にも犠牲が出て、ただでさえ脆弱だった組織は混乱の中で機

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ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

映画のセットで出てきそうな大型トレーラーが現場に入ってくると、見学会に参加している子どもたちから歓声が沸き上がった。これからトレーラーの荷台部分が大きく開き、宇宙ロケットのような照射器が姿を現す。発射台のようにゆっくりと立ち上がっていき地面近くまでゆっくりと下ろされる。

ジオテレパシーと呼んでいる照射型地質調査機は、X線を用いたCTスキャンとレーザー測量をベースに開発された。地面に向けてレーザー

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ゲンバノミライ(仮) 第10話 型枠工の鉄ちん

ゲンバノミライ(仮) 第10話 型枠工の鉄ちん

型枠大工の田中鉄郎は、初めて取り仕切りを任された。手元として手伝って、コンクリート型枠用合板、いわゆるコンパネを加工したり組み立てたりしたことは何度もある。だが、図面を基に計画を考えて、自分が職人を使う立場になって仕上げていくという全体を一人で取り仕切ったことはない。嬉しいが、緊張する。

「分かりました!」といつものように大きな声で返事した田中に対して、親方の古里典助は妙なことを言ってきた。

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ゲンバノミライ(仮) 第7話 復興担当の近藤君

ゲンバノミライ(仮) 第7話 復興担当の近藤君

「役所が言っていることも分かります。理由はもっともで、違うと反論するつもりはありません。でも、じゃあ手放すかというと、そうじゃないんです。申し訳ないのですが、何度いらしても、事業には参加しません」

超高層ビルにあるカフェのオープンテラスで、少し世間話をしてから、事業への参画を改めて投げかけた近藤和彦に返ってきたのは、何度も耳にした素っ気ない言葉だった。

災害が起きて、近藤が勤務する役所は、今ま

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