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エッセイ:大ちゃんは○○である

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大学時代~役者を経て介護業界に飛び込み、現在までを綴るエッセイ。
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2021年5月の記事一覧

エッセイ:大ちゃんは○○である66

エッセイ:大ちゃんは○○である66

「大門さん、資格はお持ちになってます?」
「いえ、それが持ってないんです。
実はここに相談に来る前に何件か電話で問い合わせをしたんですけど、
無資格だってことを伝えるとどこも断られちゃったんですよ。」
僕は素直に答えた。
そんな僕の答えを聞き、
小村は『それはそうでしょうな』といったような表情を浮かべると、ゆっくりと話し始めた。
「まあ、現実はそういったところが多いでしょうね。
職業訓練に応募して

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エッセイ:大ちゃんは○○である65

エッセイ:大ちゃんは○○である65

ソファーに腰を下ろしてから40分程経った頃だろうか。
「25番の方、6番の窓口へどうぞ。」
とのアナウンスが響き渡った。
僕は手にしていた番号札を今一度確認すると、
やや重たく感じる腰を上げ、6番の表示が出ている窓口に向かった。
「よろしくお願いします。」
と言って、担当者に番号札を渡して席につく。
担当者に目をやると、きれいに七三に分けられた髪に銀縁眼鏡をかけた初老の男性だった。
あまり表情はな

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エッセイ:大ちゃんは○○である64

エッセイ:大ちゃんは○○である64

「22番の方、3番の窓口へどうぞ。」
響き渡るアナウンス。フロア内は大勢の人で溢れ返っている。
25番の番号札を持った僕は、待ち合いのソファーで番号が呼ばれるのを待っていた。
ここ職業安定所には色々な事情を抱えた様々な人達が集まる。
年齢もバラバラ。服装もバラバラ。性別もバラバラ。そして、理由もバラバラ。
ただ一つ共通していることといえば、
『仕事を見つけたい』という意志を少なからず持ち合わせてい

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エッセイ:大ちゃんは○○である63

エッセイ:大ちゃんは○○である63

「もしもし、求人を見てお電話したんですが、
まだ募集はしていますでしょうか?」
先ほどの落胆を払拭するかのように再びハツラツとした声を出した。
「はい、していますよ。面接をご希望ですよね?
現在何か資格はお持ちになっていらっしゃいますか?」
「……いえ、資格は持っていないんですが。
あの、無資格でも大丈夫なんですよね?」
嫌な予感がしたので、僕にとっては最も重要視する部分を聞いてみた。
「大丈夫…

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エッセイ:大ちゃんは○○である62

エッセイ:大ちゃんは○○である62

1Kの狭いアパートの一室。
座椅子に腰かけコーヒーを一口啜った僕は
一件目の会社に電話をしてみた。
数回のコール音がした後、
「はい、お電話ありがとうございます。
ふれあいクラブ、佐藤でございます。」
とハキハキした口調の女性が電話口に出た。
「もしもし、あの、求人を見てお電話したんですが、
まだ募集はしていますでしょうか?」
なるべく印象が良いようにハツラツとした声を出した。
「はい、しています

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エッセイ:大ちゃんは○○である61

エッセイ:大ちゃんは○○である61

一言で『介護』と言っても、その働き方は色々とある。
当時の僕はあまり知識がなく、介護と言えば老人ホームのような施設で働くか
訪問介護員か、デイサービス職員ぐらいしかないと思っていた。
すぐに働きたかった僕は、集めてきた求人雑誌の中から介護施設の募集要項に片っ端から目を通し、
めぼしい求人を一件一件ピックアップしていった。
本当にたくさんの募集が並んでいたが、
不思議と『無資格でもOK』という募集は

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エッセイ:大ちゃんは○○である60

エッセイ:大ちゃんは○○である60

新しい道として僕が選んだのは介護の仕事だった。
では、なぜ介護業界だったのか?
それには二つの理由がある。
正社員で働いたことのない僕にとって、
『正社員』というハードルは高かった。
これといった資格を持っていたわけでもなく、持っていた資格といえば普通免許ぐらい。
スキルがあるわけでもない。経験があるわけでもない。
だからといって何でもいいというわけでもない。
興味のある職種で正社員採用のあるとこ

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エッセイ:大ちゃんは○○である59

エッセイ:大ちゃんは○○である59

所属していた事務所まで赴き、マネージャーに退所の意思を伝えると、
「飲みに行くぞ。」と言われ居酒屋で数時間二人っきりで話をした。
一人で十数人を管理してくれていた年配のマネージャーで、
顔を突き合わせてゆっくり飲みながら話すなんて機会はほとんどなかったので、
ある意味新鮮な時間だった。
思えばこのマネージャーには本当に色々なことを教えてもらった。
役者としての心構えから、私生活においての意識の在り

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エッセイ:大ちゃんは○○である58

エッセイ:大ちゃんは○○である58

夢を現実にする為に上京し、
必死になって走っていても
『もう走れない』と認めてしまうのは
とても悔しく不甲斐ないことだった。
『楽しい』だけではどうにもできない現状。
ご飯が食べられないという現状。
から回る現状。オーディションに通らない現状。
オーディション会場まで行く電車賃すらなく、
何時間もかけて歩いていくことも多くなっていった。
アピールしてもアピールしても、声がかからない日々。
色々な意

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