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【小説】お好み焼き戦争
約十年前、東京の大学に通っていたころ、広島出身の紗江は、大阪出身の唯志と付き合っていた。
「県民性」という言葉がどれほどの実効性を持つのかは知らないが、それが有効だとしたら、広島人と大阪人の相性はなかなかによろしくないものだと思う。
両方とも個性的な方言を持ち、たとえ日本中のどこに引っ越そうが、その訛りを矯正しようとはしない。
「あしたの日曜、暇やったらどっか行こか?」
「あしたは天気予報じゃ
【小説】将棋、人類、閉じた宇宙
黒い背景に「しばらくお待ちください」とだけ表示されていた画面が切り替わって、明るくなった。上品な和室に、将棋盤を前にして、スーツを着たふたりの男性が、真剣な顔をして向かい合っている。右側に座っているのは、眼鏡をかけた中年の男性。左側には、少し太り気味な20代の男性。真正面には記録係の若い男の子が正座をして、退屈そうに顔を下に向けていた。
「みなさま、おはようございます。この時間は、東京千駄ヶ谷の
【小説】ありがとう深度
一 山田太郎(25歳男性)は、一人暮らしのワンルームマンションの玄関から出たところで、スマホを忘れていないか確認するため、手提げバッグのなかに手を突っ込んだ。
スマホはバッグの内側ポケットにあった。
とりあえず取り出して、ディスプレイで時刻を確認する。
7時48分。いつも通りの時間だ。今から駅に向かえば、いつも乗っている電車に間に合うだろう。
歩き出そうと思ったそのとき、山田はスマホのディ
【ホラー小説】複合機
大田ハルカがこの会社に転職して3か月が経過した。ようやく慣れてきたと言ったところだった。
10年近く務めた前の会社に特に不満があったわけではなかった。前の会社はそこそこ大きな規模で、堅実で今どき終身雇用をきっちり守っていた。給料も悪くなかったし、福利厚生もしっかりしていて、大きな失敗でもしない限り定年まで働ける環境だった。人間関係も、まあ良好だったと言える。同じ部署でたくさんの人間が働いている