上様を騙る不届き者をうっかり斬ってしまった話

戯曲風の創作物です。

登場人物

 山田太郎(悪代官)
 徳川吉宗(将軍)
 大岡越前(町奉行)
 加納五郎左衛門(御側御用取次、通称「じい」)
 勘定奉行
 老中

 その他、御庭番、魚屋、悪代官の手下多数等

山田 越後屋、そなたも悪よのう。

越後屋 いえいえ、お代官様にはかまいませぬ。ほっほっほ。

 (障子の外から声が聞こえる)

吉宗 代官の身にありながら、賄賂を受け取るばかりか、告発しようとした商人を暗殺するなど、言語道断。

山田 (障子を開ける)何者だ!

吉宗 山田太郎、予の顔を見忘れたか。

山田 う、上様……!(その場で土下座する)

吉宗 貴様の悪行、この吉宗しかと見届けた。いさぎよく腹を切れい。

山田 うう……、(立ち上がって)ものども、出合え出合えい!

 (雑魚キャラがたくさん出てくる)

山田 こやつ、畏れ多くも上様を騙る不届き者じゃ、斬れ斬れい。斬って捨てい。

 (吉宗、刀を抜く。効果音、ちゃーちゃーちゃーちゃちゃちゃちゃちゃちゃ)
 (しばらく殺陣が続く。御庭番男と御庭番女がなぜかどっかから現れて殺陣に加わる)

雑魚キャラA ええい!(効果音:ブスッ、吉宗の背中に刀を突き立てる)

吉宗 うっ!

御庭番男 上様!

御庭番女 上様!

雑魚キャラB 今だ、やっちまえ。

 (無数の雑魚キャラが御庭番を斬る)

雑魚キャラA やった、やったぞお! 上様を騙る不審者を斬ったぞおおおお!

雑魚キャラB お手柄だな。

雑魚キャラC 上様を騙る不審者、やたら強かったな。こっちもだいぶやられちまったが、お前のおかげでこっちの勝ちだ。

雑魚キャラA お代官様、ご覧のように上様を騙る不審者を成敗いたしました!

山田 お、おう……。いや、まじか。こういう話なのか。

雑魚キャラB 大手柄だ。上様を騙る不審者を成敗したとなると、ほんまもんの上様からじきじきに御褒美を頂戴できるに違いない。いや、それどころか大名に取り立てられることもあるやもしれんぞ。

雑魚キャラA そんな大げさな。

山田 (小さな声で)いや、実はそれは本物の上様で……?

雑魚キャラA 何かおっしゃいましたか?

雑魚キャラB さっそく町奉行の大岡様のところにご報告に上がりましょう。上様を騙る不審者を斬ったと。

山田 ちょい待て。

雑魚キャラA しかし、上様を騙るにしても、もうちょっと上手にやったらどうか。下賤の者の浅知恵よ。そもそも上様がこんな麻でできた安っぽい着物を着るわけがなかろう。

山田 いや、上様は質素倹約を率先垂範して麻の着物を着てるから、それがまさに本物の上様のあかしなのだが……。

雑魚キャラA お代官様、さっきから何をぶつぶつとおっしゃってるのです?

山田 いや、なんでもない、なんでもない。今夜はもう遅い。とりあえず奉行所への届け出は明日にでもするとして、今夜は寝よう。

雑魚キャラA そうですか。それじゃ、この上様を騙る不審者の死体はどうしましょう?

山田 と、とりあえず庭の隅にでも置いて、茣蓙でも掛けておけ。

 (雑魚キャラA、言われた通りにする。雑魚キャラ勢退場)

山田 どうしよう、越後屋。やべえよ。上様斬っちまったよ。

越後屋 どうしようと申されましても……。

山田 悪代官がせこい悪事を働いたといっても、せいぜい切腹くらいの沙汰だろうが、上様を斬ったとなったら、一族郎党皆殺しじゃ。

越後屋 私は知りませぬ。私はただの商人です。今夜はここには来ておりませぬ。あなたが独断でやったことです。

山田 何、貴様裏切る気か。

越後屋 裏切るも何も、そもそも私はあなたの手下ではございませぬ。……あ、そうだ。明日から箱根に湯治に行くんだった。早く帰って準備しなきゃ。それじゃ、お達者で。

山田 待て、逃げるか。

 (越後屋退場)

山田 (庭に出て茣蓙をめくる)えらいことになっちまった……。そもそもなんで上様がこんなとこをうろうろしてんだよ。

(江戸城の大広間。老中、勘定奉行、大岡越前が座っているところに、加納五郎左衛門登場。)

加納五郎左衛門 (座布団に座りながら)一同お揃いで、いったい何の御用でござる。

老中 上様は今どちらにおわす?

加納 さあ。またいつものように街歩きなどしておるのではござらんかな。

勘定奉行 困ったものよのう。

老中 加納殿、御用取次のそなたが上様の所在を知らぬ存ぜぬでは困る。

加納 しかし上様はかような暴れん坊、拙者のような老人の言うことなど耳には入りませぬ。……で、今日はいったい何のお集まりで。

老中 率直に言うが、上様にご隠居いただきたく思うておる。

加納 ……なんと! 上様に将軍を辞めろとおっしゃるか。いかに重臣であろうと、矩を越えておろう。

勘定奉行 拙者も老中様と同意見にござる。

加納 なに!

大岡 おそれながら、拙者も。

加納 越前まで……。まあとりあえず、話だけでも伺おう。いったいお三方、何を企んでおる。

勘定奉行 ではまず拙者から……。上様の改革により、幕府の財政は回復いたしました。五代綱吉公が湯水のごとく浪費をして、赤字続きだったのが、ようやく回復しつつあります。

加納 よいことではないか。何が問題なのか。

勘定奉行 財政が回復したのは、五公五民と増税によるものです。我らが潤う一方で民は塗炭の苦しみにあえいで、全国のあっちこっちで百姓一揆が頻発しておりまする。

加納 やむを得まい。改革というのはそういうものだ。

勘定奉行 先日、私から上様に、せめて一時的でも減税をいたすべきと具申いたしたものの、一笑に付されました。民なくして税はございませぬ。このままでは民も幕府も共倒れは必至。

加納 まあ、それも一理あるが……。

大岡 私のほうも、非常に困っております。

加納 越前、お主もか。お主が今の地位にあるのは、何より上様のお引き立てあってのことであろう。

大岡 上様が徳田某という偽名を使って街を徘徊し、悪さをしている役人どもを始末してまわっていることは、加納殿もご存知のことと思いますが。

加納 うむ。

大岡 あの御所行に、町奉行所としては非常に参っております。

加納 なぜじゃ。討たれるほうにもそれなりの理由があろう。

大岡 理由があろうと、勝手に押しかけて斬り捨てたとあっては、単なる賊ではありませんか。法に則らずにやられたのでは、いかに上様の沙汰であろうと私刑に違いありませぬ。高家肝煎吉良邸に討ち入った赤穂浪士の暴挙といかほどの差がありましょうか。

加納 結果的に世直しになればよいではないか。

大岡 世直しにならぬから申しておるのです。討たれた側としては、いきなり押し入られて皆殺しにされたというのが事実です。つまり殺人事件です。もちろん討たれた者の遺族が奉行所に訴え出ます。しかしまさか、犯人である上様を捕縛するわけにも参らず、未解決事件として処理する以外にないのです。

加納 それの何が問題か。

大岡 つまり、あちこちで殺人事件が頻発しているにもかかわらず、奉行所はいったい何をしておるのだと言われることになります。当方としては全く不本意です。信賞必罰を離れては綱紀の粛清にはなりますまい。徒に治安を悪化させるのみ。

老中 所詮は紀州の田舎侍。政務は我らに任せてくれればよいものを、棚ぼた将軍に口を出されてはうるそうてならぬ。

加納 口を慎まれい。いかに老中と言えども言うていいことと悪いことがある。

老中 だいたい、上様の改革とやらで、何かいいことがありましたかな。改革なんていう旗を揚げるのは、詐欺師か馬鹿と古今東西相場が決まっておる。上様が無能者であればまだ救いがあったものの、実行力だけは人の千倍はあるから質が悪い。馬鹿な働き者がいちばん迷惑じゃ。

加納 貴様……。

大岡 加納様のお気持ちがどうであれ、我らの意見はすでに一致しております。さいわい先年懸案だったお世継ぎもお生まれになったことだし、ここは第一線をお引きいただいて、政務は我らにお任せ願いたいと思います。もし叶わぬならば、我ら一同、腹を切って抗議する所存でございます。

山田 (庭にて)昨夜は一睡もできなんだ。……うっかり上様を斬ってしもうた。どうしよう。

魚屋 お代官様、こちらにおいででしたか。

山田 うわっ……、なんだ魚屋か。びっくりさせるでない。何用じゃ、魚ならいつものように台所に持っていけばよかろう。

魚屋 いえ、台所のほうにお邪魔したんですが、今日はハマチとタイが揚がったんでどちらにしましょうと奥様にお伺いしたら、お代官様にどちらが良いか訊ねてきてくれとおっしゃられたもので。

山田 なんだ、そんなことか。どっちでもよい。……いや、末期の一膳になるやもしれぬ、タイをもらおうか。

魚屋 かしこまりました。……しかしお代官様、いったい何をしておいでです。この茣蓙はなんです?

山田 今さら隠しても仕方あるまい。ほれ、見てみい。(しゃがんで茣蓙をめくる)

魚屋 ひっ! 人間の死体じゃないですか。

山田 さよう。しかもこれ、いったい誰だと思う?

魚屋 さあ、お武家様のようではございますが。

山田 信じられまいが、これは上様なのじゃ。

魚屋 上様……? つまりこの死体が将軍様、八代徳川吉宗公だとおっしゃいますか。

山田 その通り。

魚屋 なぜ将軍様のご遺体がこのようなところにあるのです?

山田 説明すると長くなる。要するに、昨晩将軍様がこちらにやってきて、うっかり斬ってしもうたのだ。

魚屋 (遺体を凝視する)……お代官様、人違いではございますまいか。

山田 いや、人違いなどではない。わしは何度か上様に拝眉の機をちょうだいしておる。これは紛れもなく上様じゃ。

魚屋 いえ、これは上様じゃないです。徳田新之助という貧乏旗本の三男坊です。

山田 徳田……、それは間違いないか?

魚屋 間違いございません。よく火消のめ組に居るところを目撃しました。部屋住みの身でありながら銭には全く困っておらぬようで、何をしておるやらようわからぬ、怪しげな人物のようです。街では不審者として密かに警戒しておりました。

山田 ということは、その徳田新之助なるものが、何をとち狂ったか上様を僭称してうちに押し入ってきたということか。

魚屋 こちらでなにがあったかは存じませんが、これは徳田新之助で間違いございません。

山田 さようか。

魚屋 それでは、私は商売の続きがありますので。タイでよろしゅうございますね。

山田 うむ。ご苦労。いや、せっかくだからタイとハマチ、両方もらおうか。

魚屋 誠でございますか。ありがとうございます。では台所のほうへ運んでまいります。

 (魚屋退場)

山田 ということは、やはり上様を騙る不届き者を斬ったということでいいのだな。よし、奉行所へ通報しよう。昨晩、雑魚キャラAが言うておったように、何やら恩賞がもらえるやもしれぬ。(茣蓙を掛けながら)しかし、よう似た者があったものだな。影武者が務まったやもしれぬほど、似ておるわ。

(江戸城、大広間。老中と加納と大岡。)

加納 なに、越前。もう一度言うてみい。上様が殺されただと!

大岡 さようでございます。

加納 いったい、何ごとか!

 (勘定奉行が登場)

勘定奉行 越前殿、いったい何があったというのか。

加納 ちょうどそれを聞こうと思ってたところじゃ。越前、申せ。

大岡 今日の昼、代官の山田太郎なるものが奉行所へやって参りました。そして言うには、昨晩、上様を騙る賊が侵入してきたので手打ちにした、と。この賊というのが、素性のよくわからぬ徳田新之助という人物だと言うのです。

加納 それはまことか。

大岡 私みずから山田邸に出向いて、遺体を確認して参りました。間違いなく、徳田新之助……つまり上様でございました。

加納 で、その山田は如何にしておる。

大岡 いちおう、奉行所の牢にて拘束しておりますが。

加納 上様を斬ったとなれば、切腹や張り付けではすまされまい。一族郎党皆殺しじゃ!

大岡 そうは参りますまい。罪に問うこともできないかもしれませぬ。

加納 なぜじゃ、将軍様を殺したものがなぜ無罪放免になるのじゃ。

大岡 形式的には、徳田新之助と名乗る男が、代官邸に押し入って刀を振り回した、ということになります。それを討ったとて、正当防衛以外の何物でありましょう。

加納 しかし、上様が成敗に行ったということは、その山田なる代官はなんぞ悪さをしておったのであろう。

大岡 それはこれから調べてみるしかありませんが、だからと言って山田が侵入して来た賊相手に大人しく討たれねばならぬ理由にはなりませぬ。

老中 越前の言うことにも一理あるな。

加納 老中殿まで何をおっしゃるか。

老中 あのようなことを続けておれば、遅かれ早かれいずれこうなることは必然。いくら上様の腕が立つとはいえ、何十年もやってれば、いつかは斬られる。勧善懲悪活劇の主人公じゃあるまいし。こういう危険があったにも関わらず、上様の街歩きを黙認してきたそなたにも、大きな責任があるのではないかな?

加納 上様が討たれたのは、私の責任だとおっしゃるか。

老中 まあ、落ち着け。起こってしもうたものは仕方ない。今日集まってもらったのは、これからどうするのが最善か、ということを話し合うためじゃ。越前、徳田新之助……というか、上様が討たれたという事実を知っている者は、幾人ほどおるか?

大岡 こちらにおわす面々のみでございます。

老中 徳田新之助の正体が上様だと知っておる者は?

大岡 たしか、火消め組の頭、北島三郎のみでございます。

老中 ということは……、その北島とやらの口を封じさえすればよいわけだ。

勘定奉行 どういうことですか?

老中 討たれたのはあくまでも徳田新之助という者。上様はいっさい関知しておらず、存命であるということにするのだ。

勘定奉行 つまり、上様は死んでおらず、生きているということにするのですか?

老中 さよう。我ら、ほとほと手を焼いていた上様を隠居させて座敷牢にでも押し込もうとしておったわけだ。この機を利用しても大過なかろう。

大岡 そんなことが可能でございましょうか。

老中 さいわい、お世継ぎもある。政務は我ら老中衆や奉行衆に任せていただければよろしい。影武者でも立てて、どうしても必要な儀式があるときにだけ、影武者に出てきてもらえばよかろう。そして頃合いを見て、次の将軍に禅譲するということにすればよい。

勘定奉行 名案だ!

加納 何をおっしゃる。上様の死を隠蔽するというのか。

老中 それが最善の選択じゃ。

加納 それはいかん。いかんぞ。そんな偽りが通るはずがない。

老中 加納。お主まさか、上様が勝手に街をうろうろして代官邸に押し入り、私闘に及んだ末に雑魚キャラに斬られたなどと発表できると、本当に思うておるのか。それこそ幕府の鼎の軽重が問われることになる。

加納 それは……。

老中 そんなことを明かにすれば、再び天下大乱となりかねん。中小藩の外様はともかく、長州の毛利や薩摩の島津など、関ケ原後に冷や飯を食わされた遺恨、いまだに拭い去ってはおらん。機があれば幕府へ刃を向けるに決まっておるわ。乱世となれば、百万の骸《むくろ》を野辺《のべ》にさらすことになろうぞ。貴様はそれが望みか?

加納 いえ……。

勘定奉行 しかし、影武者と言っても、公式に影武者はおりませぬ。今から上様にそっくりな者を探すとなると、それなりに時間を要しますな。

大岡 それなら、私にひとつ案がございます。

(江戸城、大広間。)

老中 上様、次は利根川河口への新たな港普請の件にてございます。

山田 よし、参れ。

鈴木 上様、鈴木次郎と申します。

山田 よう参った。そなたを港普請奉行に任命する。天下の大役ぞ。せいぜい励め。

鈴木 はっ、死力を尽くして果たす所存でございます。

山田 下がってよいぞ。

 (鈴木退場)

老中 よし、これで終わりじゃ。

山田 ふう……。

勘定奉行 そろそろ、上様の振る舞いも板についてきたではないか。

山田 左様でございましょうか。

老中 うむ、まるで本物の上様と見紛うほどじゃ。

山田 こんなことをやっていて、バレないものなのでしょうか。

老中 バレはすまいが、仮にバレたとして、あの上様は紛い物だと言いふらす勇気のあるものもおるまい。そんなこと言うた時点で大罪じゃ。

山田 そうでしょうか。

老中 今日はもう用はないぞ。好きにして参れ。

山田 では。

 (山田退出)

勘定奉行 越前が、「上様を討った山田を影武者にしよう」などと言い出したときは、いったい何を言うかと思いましたが、なるほど髭を剃ってみれば上様にそっくりですな。

老中 ちょうど良かったわい。そもそもやつがやらかしたんだから、やつに代わりをやらせればよい。

勘定奉行 加納どのは未だに納得しておらぬようですが。

老中 そうは言うても、今さら騒ぐこともあるまい。もし上様に好き放題させて、街で討ち死にさせてしもうて、しかもそれを隠蔽していたなどとバレたら、我ら幕臣一同腹を切らねばならんことになろう。

勘定奉行 しかし、山田を拘束しておかなくてよろしいのでしょうか。

老中 上様が勝手に街をうろうろしてたのだから、山田がうろうろしても問題なかろう。いずれにせよ奴にはほかに選択肢はあるまい。次の将軍様の就任までは、せいぜい上様のふりをしてもらおう。その後に煮るなり焼くなりすればよい。

 (川のほとり、山田がぼんやり水の流れを眺めている)

山田 (独り言)えらいことになったなあ。上様をうっかり殺したら、上様になってしもうた。そんなにわしは上様に顔が似てるのだろうか。今のとこ、誰にもバレておらん様子だが。本来なら打ち首になるところ、助命してやるから上様のふりをしろなどと、老中様もずいぶん大胆なことだ。まあ、えらい人にはえらい人の事情があるんだろうが。

 (山田、立ち上がって歩き始める)

山田 上様のふりをしておれば、食うには困らん。住むとこ寝る場所も世話をしてもらえる。遊ぶ銭もじゅうぶん貰える。しかし、これほどつまらんこともあるまい。山田太郎が徳川吉宗を演じておると知られてはならんので、山田太郎はいきなり蒸発して行方不明になったということになっておる。もちろん昔の知り合いと連絡を取ることなどできぬ。飯を食っても博打をやっても、一人だとこれほどつまらんものか。……まあ、自業自得だな。しょぼい代官の微禄で満足しておればよいものの、欲をかいて悪事に手を染めた結果がこれだ。

 (遠くから声が聞こえる)

女 泥棒、ひったくり! 誰か捕まえて!

 (泥棒が登場、山田の前を通り過ぎようとするが、山田が刀を抜いて泥棒の背中を打つ)

泥棒 うぎゃあ!(泥棒のたうち回る)

山田 みねうちじゃ、安心いたせ。(泥棒が落とした風呂敷包みを手に取って女に手渡す)

泥棒 ちくしょう、おぼえてやがれ。(退場)

女 お侍様、ありがとうございました。

山田 いや、礼を言われるほどのものでもない。最近、物騒な世の中じゃ、用心いたせよ。(去ろうとする)

女 お侍様。せめて、お名前だけでも。

山田 わしか。わしは徳川吉宗じゃ。

女 へ?

山田 いや、間違えた。わしは山田太郎。

女 山田様でございますね。

山田 いやいや、また間違えた。拙者は……、拙者は徳田新之助じゃ。

女 徳田様、この御恩は一生忘れません。ありがとうございました。(女退場)

山田 (独り言)危なかった。ついつい癖で、吉宗などと名乗ってしもうた。しかも山田太郎とも……。偽名を使うにしても、とっさに口を出たのが「徳田新之助」とは……。

 (山田再び歩き始める)

山田 しかし、人に礼を言われるというのは、ひさしぶりのような気がするな。やはり善行を働くというのは良いものだ。将軍として活動しておれば、おべっかやゴマすりばかり、事情を知っておる老中や勘定奉行には、役目をうまく果たすよう要求されるばかり。……ひょっとして、上様も似たような気持ちだったのかもしれんな。将軍などやってもつまらぬから、人に感謝をされたいがため徳田新之助を名乗って世直しをしておったのだな……。

 (立ち止まる)

山田 どうせわしもやることもないし、世直しでもしてみるか。いちおう形式的にはわしも将軍様なのだ。少々無茶をやっても問題あるまい。

紀伊国屋 お奉行様、これはささやかではございますが、私からのお気持ちでございます。

鈴木 ほう。これはうまそうな茶菓子じゃな。

紀伊国屋 で、つきましては……。

鈴木 わかっておる。普請いたす際に使う木材は全てお主の店から仕入れることにしよう。なにせ、ぐうぜん他の材木問屋の倉庫が火事になってしまうから、仕方あるまい。お主も悪よのう。

紀伊国屋 お奉行様ほどではございませぬ。

 (障子の外から声が聞こえる)

山田 普請奉行の身にあって、賄賂を受け取るばかりか、罪もなき材木問屋に火を放つなど、言語道断。

鈴木 (障子を開ける)何者だ!

山田 鈴木次郎、予の顔を見忘れたか。

鈴木 う、上様……!(その場で土下座する)

山田 貴様の悪行、この吉宗しかと見届けた。いさぎよく腹を切れい。

鈴木 うう……、(立ち上がって)ものども、出合え出合えい!

 (雑魚キャラがたくさん出てくる)

鈴木 こやつ、畏れ多くも上様を騙る不届き者じゃ、斬れ斬れい。斬って捨てい。

 (山田、いきなり背後から雑魚キャラに刺される)

山田 ……うそ、まじ?

-幕-



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