【小説】みんなの森

※いつもながら、暗い結末となります。それでも良ければお付き合いください。


秋も深まり、森の地面は落ち葉のじゅうたん。

夕方になり、クマさんはそろそろ寝ようと穴の中に入りました。
ウトウトしていると、足音が聞こえます。顔をあげると、シカさんがこちらへ走ってきている姿が見えました。

「クマさん、たいへんだ!」シカさんが言いました。

「シカさん、どうしたんだい。そんなに慌てて」

「森が火事だ! 火事になって、木がごうごうと燃えているんだ!」

それを聞いて、クマさんはびっくりして飛び上がりました。
クマさんはそばの木に登って、あたりを眺めてみました。たしかに、遠く離れたところで火の手が上がっています。

「こりゃたいへんだ。シカさん、よく知らせてくれた、はやく逃げよう」

クマさんは木から下りて走り出そうとしましたが、シカさんは、

「ちょっと待って」と言いました。

「なんだい、はやく逃げないと、火事で焼け死んでしまう」

「それが、もう手遅れなんだ。森のあちこちが燃えていて、僕たちはすでに火に囲まれてしまっている。逃げられる道は残っていないんだ」シカさんはがっくりうなだれて言いました。

「なんだ、そうだったのか。……でもシカさん、残念に思うことはない。僕は冬眠の季節にそなえて、大きな穴を掘っていたんだ。火事が収まるまで、一緒にこの穴の中に避難しよう」

「いいのかい?」

「もちろんさ、僕たちは仲間じゃないか。さあ早く」

クマさんはシカさんに冬眠用の穴の中に入るように言いました。

そこへ、ヤマドリさんが空から飛んできて、地面に降り立ちました。

クマさんが言います。
「これは、ヤマドリさん。森で火事が起こってるらしいじゃないか。君は空を飛べるんだから、早く森の外へ逃げないと」

ヤマドリさんは羽をバタバタさせながら言います。
「それが、森の中にはほかにも取り残されて逃げられなくなった仲間がたくさんいるんだ。リスさんくらいなら、僕の背中に乗せて森の外へ連れ出せるけど、大きな身体をした仲間は、そうはいかない」

「なんだ、そんなことか。それならヤマドリさん。ほかの仲間には、僕のところに来るように伝えてくれないか。みんなで僕の冬眠用の穴に入って、火事が終わるまで避難しよう」

「みんなが入れるくらい、大きな穴なのかい?」

「もちろんさ、今年は特に大きな穴を掘ったんだ」

「よし、それじゃ逃げ遅れたみんなに、クマさんのところに来るよう、伝えてくるね!」

ヤマドリさんは翼を広げて飛んで行きました。


その後すぐに、タヌキさんがやってきました。 

「クマさん、ヤマドリさんに聞いてやってきたんだ、おいらもクマさんの穴に入れておくれ」

「これはタヌキさん、君は僕たちの仲間です。さあどうぞ」

クマさんはタヌキさんを穴に招き入れました。
太陽はだんだん沈んでいきますが、遠くで燃えている火のせいで、空は赤く焼けています。

つぎにサルさんがやってきました。

「クマさん、ヤマドリさんに聞いてきました。僕も助けてくれませんか?」

「サルさん。もちろんです。さあどうぞ」

クマさんはサルさんを穴に招き入れました。
火が燃えるパチパチという音が遠くから聞こえてきます。

つぎはイノシシさんがやってきました。

「クマさん、お願いだ。あなたの穴に私も入れておくれ」

「もちろんです、さあどうぞ」
クマさんはイノシシさんを穴に招き入れました。
穴の中にはクマさんのほかに、シカさん、タヌキさん、サルさん、イノシシさんがいますが、穴はとても大きいのでまだまだ余裕があります。

つぎにやってきたのは、ハクビシンさんでした。

「クマさん、私も助けてもらえるでしょうか」

「これはハクビシンさん、もちろんですよ。さあ早く、どうぞ」

でも、ハクビシンさんはモジモジして、ためらっています。

「どうしたんです? 早く入ってください」

「あの、私は元々この森の者ではない外来種です。それでも助けてくれるのですか?」

「なんだ、そんなことを気にしてたんですか。たしかにあなたは外来種ですが、ずっとこの森で一緒に過ごしてきた仲間じゃないですか。何も遠慮することはない。さあ、どうぞ」

ハクビシンさんはペコリと頭を下げて穴に入りました。
火事の炎で、周りはだんだん熱くなってきています。

つづいて、キツネさんとウサギさんがやって来ました。クマさんはキツネさんもウサギさんも穴に招き入れました。

もう火が、すぐそこまで迫ってきています。

「さあ、穴の入り口を石でふたをしよう。みんな火事が終わるまでここで耐えるんだ」

石のふたが完全に閉じられるまぎわ、

「お願いだ、僕も助けてくれ」という声が聞こえてきました。

クマさんは石のふたをもう一度開けました。

「逃げ遅れてしまった。頼む、僕もこの穴の中に入れておくれ」
そう言ったのは、ニンゲンでした。

クマさんはためらいました。
もちろん助けてあげたほうがいいに決まっています。
でも、ニンゲンは森の仲間なのでしょうか?

「どうしよう?」クマさんは言いました。

「ニンゲンは僕たちの仲間じゃない。森を破壊する敵じゃないか」シカさんが言いました。
「そうだそうだ、ニンゲンは仲間じゃない!」ウサギさんとイノシシさんもそう言います。

みんな、ニンゲンは仲間じゃないという意見に賛成のようでした。
「ニンゲンさん、申し訳ない。こういうことなので、諦めてください」クマさんは言いました。

「そんな、ひどい。穴にはまだじゅうぶん広さが残ってるじゃないか。このままじゃ僕は焼け死んでしまう。お願いだ、なんでもするから助けてくれ」

ニンゲンは強引に穴に入ろうとしてきました。

「ぜったいに入れるな、追い出せ!」誰かが言いました。

そしてみんなで力を合わせて、ニンゲンを穴の外に突き飛ばして、石のふたをしました。

石のふたを向こう側から叩く音が聞こえてきます。

「助けて、助けてくれ」

みんな、その声を聞こえないふりをしています。

「あの、クマさん。ニンゲンも助けられるなら、助けてあげたほうがいいんじゃないですか……?」
遠慮がちにそう言ったのはサルさんでした。

「なんでそう思うんですか?」クマさんは問います。

「ニンゲンも僕たちと同じように命のある生き物です。もちろんニンゲンは僕たちに不都合なことをしてきますが、今は助けてあげてもいいと思います」

「ダメだ!」そう言ったのはキツネさんでした。続けて言います。「僕たちの森は僕たちのものだ。仲間じゃないやつらに良くしてやる義理はない」

「そうだそうだ、僕たちの森なんだ」誰かが言いました。

「そもそも僕たちは火を使わないし、この火事もきっとニンゲンが原因に違いない。あんなやつら死ねばいいんです」そう言ったのはハクビシンさんでした。

サルさんは反駁して言います。
「仲間って、何なんでしょう? どこまでが仲間で、どこからが仲間じゃないんでしょうか?」

「森を大事にする仲間だよ」クマさんが言います。

「それじゃ、森を大事にするニンゲンがいれば、そのニンゲンは僕たちの仲間なんでしょうか?」

タヌキさんがイライラしながら言います。
「ええい、ややこしい。仲間か仲間じゃないかなんて、見ればわかるじゃないか。なんでサルさんはそんなことにこだわるんだ。……もしかしたら、サルさんはニンゲンのことを仲間だと思ってるのか?」

そう問い詰められたサルさんは、
「わかりません」とつぶやいてうつむきました。

ハクビシンさんが怒りながら言います。
「サルさんは僕たちの仲間じゃないんだ。ニンゲンも元々はサルだったというし、サルさんはニンゲンを仲間だと思ってるんだ。そうに違いない」

「僕たちの仲間じゃないやつは、追い出せ!」ウサギさんが言います。

「そうだそうだ、追い出せ!」みんなが言いました。

クマさんは困ってしまいましたが、サルさんを穴の外に追い出すべしという意見が多数派なのは明らかでした。
みんな、サルさんは僕たちの仲間ではないと、考えるようになったのです。

クマさんは仕方ないので、石のふたを少し開けました。
そしてみんなで、石のふたの隙間から、サルさんを外に追い出しました。
クマさんはすぐにふたを閉めます。

石のふたの向こうから、サルさんとニンゲンの言い争う声が聞こえてきます。

「ニンゲンが来たから僕は追い出されてしまったじゃないか」
「お前なんか俺たちの仲間じゃない」
「お前のせいだ、どうにかしろ」
「なんでサルなんかと一緒にされなきゃいけないんだ」
「それはこっちの台詞だ!」
「熱い熱い、助けてくれ!」
「お願い、何でもしますから穴に入れてください」
「いやだ、死にたくないよお」
「ああ……さようなら」


翌日、クマさんは石のふたを開けました。

「みんな、出ておいで。もう火事は終わったよ」
クマさんがそう言うと、穴からみんな出てきました。

背中にリスさんを乗せて空へ避難していたヤマドリさんもやってきました。

「木も草も焼けてしまった……」キツネさんが言います。

「でも、だいじょうぶ。仲間のみんなで力を合わせれば、きっと森を再建できるはず」イノシシさんが言います。

「そうだそうだ、僕たちは仲間なんだ! これからも一緒にがんばろう!」

「がんばろう!」みんなが一斉に言いました。

足元には焼け残ったニンゲンとサルさんの頭蓋骨が落ちていました。

最後までお読みいただきありがとうございます。