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小説

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小説と言えるものを、企画を問わずに全てまとめたものです。
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記事一覧

走れオレ|小説/作:紀まどい

走れオレ|小説/作:紀まどい

 オレは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の〆切を除かねばならぬと決意した。オレには政治が割とわかる。オレは、しがない政治学徒である。エッセイではシュンペーターだのを引き合いにだしてホラを吹き、ツイッターをこの時期までやっているしょうもない同級生たちと絡んで暮らしてきた。けれども原稿を会誌に載せられないということに対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明オレはこの会誌に私小説を乗せてやろうと企み、野を

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想月記|小説/作:現野未醒

想月記|小説/作:現野未醒

 私のことなど、きっともうあちらではお忘れになって、清らかなままにお過ごしになっていることでしょう。こちらは、もう秋の夜長に白く大きな望月の昇る季節となりました。
 貴女が月へ帰ってから、どれほどの月日が経ったのでしょうか。私は相変わらず、月を見上げる度、貴女のことを想っております。きっと、永遠に想い続けるのでしょう。こんなに美しい名月の夜には、女々しくも、貴女のいらっしゃる月を眺め、こうして届か

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ミルキーゴースト|小説/作:虫我

ミルキーゴースト|小説/作:虫我


 何にだって寿命はある。
 寿命、生まれてから死ぬまでの期間と云い換えてもいい。それはもちろん人間に限らず、犬や猫などの動物や、植物にだってある。枯れない花はない。そんなものは造花だけだろう。それに造花でさえも、長い目で見れば、いずれ朽ちる。時間の尺度を永遠的に捉えれば、終わりのないものは存在しない。つまり裏を返して考えてみれば、すべての物質には寿命があると云うことができる。
 では、食品はど

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幼い日をしまって / チあき

幼い日をしまって / チあき

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。

 真也がそのぬいぐるみと出会ったのは、なんでもないような夏の日だった。彼の母からのプレゼントだった。その日が誰かの誕生日だったというわけでもなく、もしかしたら母の、本当にただの気まぐれだったのかもしれない。
 自分がいくつだったのかすら、そのうち忘

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地球の子 / 紀政諮

地球の子 / 紀政諮

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。



 会場は自由席だった。植民百年を誇るように全て木で出来た椅子の、いちばんいい席をひろう。フードを深く被る。座面に置かれたパンフレットをとる。使い捨て鉛筆をつまみ、アンケート欄をひらこうとした。

 かたん。意味もなく、照明が落ちる。

「本日

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あの夏、お前からAV借りた。 / 虫我

あの夏、お前からAV借りた。 / 虫我

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。


 カーテンは閉め切っていた。ヘッドホンから流れる名前の知らない曲が、外界の音を遮る。現時刻が昼なのか夜なのか分からない。ただ机上のモニターと手元のタブレットだけが、真っ暗な部屋の唯一の光源だった。
 ペンを動かし、背景のパースが崩れていないかを

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ダンボールシェルター 後編 / 志宇野美海

ダンボールシェルター 後編 / 志宇野美海

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。

五 

 帰りの会が終わると皆わらわらと帰りだす。私は無理やり教科書を鞄に詰めた。不器用だからか、適当な性格だからか、なかなかうまく鞄に教科書が入ってくれない。いつも押し込んでしまうので時間がかかるわりに教科書の扱いは別に丁寧ではない。今日も、皆よ

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ダンボールシェルター 前編 / 志宇野美海

ダンボールシェルター 前編 / 志宇野美海

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。



 七畳の部屋にいくつもの段ボールが散乱していた。引っ越しの荷ほどきがようやく終わった。荷物は案外多かった。人間一人がそこそこの生活をしようと思ったらこんなにもモノが必要なんだと実感する。段ボールを片す気にはなれなかった。その余力がなく、出来れ

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気持ちが冷める前に / ポポネ

気持ちが冷める前に / ポポネ

 この小説は、総合表現サークル“P.Name”会誌「P.ink」七夕号に掲載されたものである。本誌は2023年7月7日に発行され、学内で配布された。

 憎悪と嫌悪というものは、存外全く違うものに思う。それを知るには昔の自分はあまりにも青く、感情に疎すぎた。自分がそれに気付けたのは、あくまでも重ねた年月故のものだろう。そうでなければ、己が心の内にある感情を説明できないのだ。

 重ねた年月は手の皺

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紀政諮「ハロウィン相談所」後編

紀政諮「ハロウィン相談所」後編

 狼男の少年の歌に、王女は聞き覚えがありました。
「レ・ミゼラブル」
「この街に来て、初めて仕事をくれたのは、どこの娘ともしれない女の人でした。『家出をしてきたの。けど怖いから護衛をしてくれない?』と僕を雇った彼女は、いろんなところへ連れて行ってくれた。そうして一緒に入った劇場で、そのミュージカルを見たんです。たからかに歌って、バリケードにこもって、王国軍に一矢報いながら死んでいく彼らに魅了された

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紀政諮「ハロウィン相談所」中編

紀政諮「ハロウィン相談所」中編

 狼男の少年は、ポットを持って立ったままです。
「王女さま……いや、魔女さん、警官隊は明日にでも攻めてくる。そうですよね?」
 魔女がびくりと驚きます。
「他の相談者さんからいろんな話を聞いていて、だいたいわかるんですよ。……ミイラ男さん、もう遅いんです。だから、僕らは成長をやめることにしました」
 そういうと、狼男の少年はポットを窓の外へ放り投げました。陶器とガラスの割れる音がうるさく響きます。

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紀政諮「ハロウィン相談所」前編

紀政諮「ハロウィン相談所」前編

 山のように積まれたお菓子。それに埋もれて幸せそうな息子。その笑顔を前にして、
「このお話を、ずっと読んでた」
 そう語りだした。

 昔々、貧民あふれる王都でのお話でございます。「トリックオアトリート!」と、ハロウィンでもないのに一年中お菓子をせがみ、代わりにちょっとした仕事を受け持つという商売が、貧しい子供たちの間で流行したんだそうです。使い勝手がよろしく、また、金でもないもののためにせっせこ

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山鹿茂睡「アナモルフ」後編

山鹿茂睡「アナモルフ」後編

「ほら、ゾンビさん行くよ?」
 日没を感じさせない渋谷駅の光は、この世のものではない住人が支配していた。三笠はメイドゾンビと流行に乗ったコスプレをしてきた。特に調べるでもなく、周りを見ればそれが流行りなのかどうかイイジマにも理解ができた。視界に収まりきらない無数の人々は混ざることなく渋谷の光を反射させていた。
「メイドゾンビ、チャイナドレスの男、黄色いネズミに、青い猫? あれは総書記とSP!? バ

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山鹿茂睡「アナモルフ」前編

山鹿茂睡「アナモルフ」前編

 軽快な出囃子とともに噺家の歩みが終わる。
「えぇ臆病な私にはたくさん怖いものがありまして、そのうち感染症というものがいちばん怖い。症状が現れた時にはもう手遅れときますからね。虫の世界でも寄生というものがありまして、アナモルフという無性生殖で増えていく菌類がございます。どの菌を顕微鏡で見ても同じ形をしている。秋の山にキノコ狩りに行きますと根っこには寄生された虫が繋がっていた、なんてことが稀にありま

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