【和歌鑑賞】おなじ月でもことなるあわれ

【和歌鑑賞】おなじ月でもことなるあわれ

西行法師 都にて月をあはれと思ひしは数にもあらぬすさびなりけり 新古今和歌集 羇旅歌 937 都で月をあわれだと思ったのは、とるに足りない慰みであった、という歌。旅先で見る月の情趣の深さが、都で見るときといかにちがうかを詠っている。 見る月が同一であるならば、変わったのは己の心持ちのほうであろう。旅はややもすると、人を物事にたいして感じやすくさせる。とりわけ月は感傷をかきたてるが、そればかりでなく、心境のちがいをくらべるためのちょうどよい物差しになりうる。 西行法師にと

源氏で紡ぐ和歌便り 第6章「母として行く道」
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源氏で紡ぐ和歌便り 第6章「母として行く道」

こんにちは。梶間和歌です。 「源氏で紡ぐ和歌便り」新作 の公開です。 この10月に引っ越しを予定しており、忙しくなることが明らかだったので、 「公開ペースが隔月からずれるかもしれない」という案内をしようか、実は考えておりました。 昨年まで9月締め切りだったある賞の締め切りが11月に移ったこともありまして。 無理をするのはよそうか、という気持ちが生まれておりました。 が、今回は予定どおり10月に公開することに。 といいますのも、 7月に提出した「現代短歌社賞」300首

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いづこもおなじ秋の夕暮れ

いづこもおなじ秋の夕暮れ

急に寒い。すごく寒い。 毛布に包まれて秋を感じる。 最近、動画配信サービスで大好きな金八先生を一気見したせいもあって、この和歌がずっと頭の中にある。 さびしさに 宿をたち出でて眺むれば いづこもおなじ秋の夕暮れ 響きだけでもすごく綺麗な歌だなと思う。 あまりにも寂しいので家を出てあたりを眺めてみると、どこも同じように寂しい秋の夕暮れが広がっているばかりでした。 的な意味で、私も当たり前のようにそういう意味だと理解していた。 違いがあるとしたら、 寂しいから外に

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食べ物が題材になる歌って・・
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食べ物が題材になる歌って・・

2週間後に、ハーフマラソンの大会があるんだけど、今日は、レースペースより少し落として、同じ距離走ってみたんだ。 走り切れて、少しほっとしたかな。 でも、かなりくたびれた。 まあ、くたびれても、そのあとちゃんと食べとかないと、トレーニング効果が体に残らないから、その後の食事も大事。 ただ、マラソンって、内臓を疲れさせるんで、食べるのもひと苦労なんだよ。 で、食べたら、昼寝(笑) これも、トレーニングの一環(笑) 3時間は寝たかな。 起きると、なんか頭痛。 今日はぐっと気温

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道信と北の方

道信と北の方

前回、藤原道信と婉子女王のことを書きました。あの、山梔子の園の歌、どう思われましたか。 病に隔たれて これは前回の記事に載せた千載集の歌と似ていますが、私家集の歌です。 いたうわずらひ給ひければ他にわたしたてまつりけるに、かぎりにおぼしければ、北の方の御もとへやまぶきの衣たてまつり給ふとて くちなしの色にやふかくそみにけん 思ふ事をもいはでやみにし(道信集) 道信の中将様のご病気が悪化なさったので、他の所にお移りになっていただいたが、道信様はここまでの命とお思いにな

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本格的な秋へ

本格的な秋へ

二三尺秋の響きや落し水  松村月渓 最近は季節は四季じゃなくて、夏と冬の二季かと思うくらい暑いと寒いしかないのかって言いたくなる気候ですね。 冒頭の句ですが、落し水というのは、稲刈りの際にあぜを切って田んぼの水を流すことだそうです。 「折々のうた」の中で大岡信さんは、「晴れた秋空に、落し水の澄んだ音が遠くまで響く。」として、晴れていれば今の季節にピッタリの情景を詠んだ句ということですね。 東京もこのところの真夏日や夏日とは打って変わり今日は寒い1日となっていて、秋らしい

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十三夜

十三夜

のちの月葡萄に核のくもりかな  夏目成美 解説がなければ全くわかりませんでしたが、「のちの月」というのは陰暦9月の十三夜のことで、今年は明日10月18日なのだそうです。 まさに時期的には相応しい俳句で、大岡信さんの「折々のうた」によると、 「空からはさえた月光が降り、地上には種子のまわりにやや曇りを帯びた果物の粒が・・・。」ということで組み合わせの妙があるとのことです。 自分なりに想像や解釈していること(特に「核のくもり」あたり)がここで言われている内容と合っているとい

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つれない

つれない

うき人のこゝろにも似しなまこかな  松岡青蘿 これまた読み取れない俳句がと思いましたが、大岡信さんの「折々のうた」によると、 「う(憂)き人」という言い方は今では日常使われなくなってしまったが、自分が熱愛していても、そ知らぬ顔でいるつれない人の意」とのことで、江戸以前に使われていた言葉とのことです。 これがわかると意味がわかりますね、よく俳句にも出てくるような印象もありますし、これも頭によく入れておきたいとおもいます。 ただ「なまこ」はとらえどころのない見た目?からか、俳

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バンザイ

バンザイ

バンザイのこんな愚かな吹き溜まり右を向いても左を見ても

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日本へ帰ろう24 もしも西行だったら−1

日本へ帰ろう24 もしも西行だったら−1

折に触れて心に浮かんでくる西行の和歌がある。ひとつがこれ。 寂しさに 堪へたる人の またもあれな 庵ならべむ 冬の山里
 20代の頃からこの和歌が好きで、何かの拍子に思い出すと、いつも奥深い山里に雪に埋もれた粗末な庵が二つポツンと並んでいる水墨画のような風景が心に浮かんだ。 この和歌を素直に読むと、「私のように寂しさを堪え忍んで暮らしている人がほかにもいるといいなあ。そうしたら、この山里で庵を並べて住みたいものだなあ」というような意味になるだろう。あまり深くも考えず、な

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