短歌五十音(む)紫式部『紫式部集』
紫式部集とあわせて読みたい現代短歌9選!
大河ドラマ「光る君へ」、見てますか?
紫式部の一代記が描かれている大河ドラマでは、一見華やかな宮中を中心に平安時代を生きる人々が、とても人間臭く描かれています。
物語の中心となる紫式部(まひろ、藤式部)は、とりわけ魅力的で、現代を生きる私たちにもたくさん共感できる場面があります。
紫式部は、『源氏物語』を作者であるとともに、和歌の名手。
そんな紫式部の和歌には、人間味あふれた歌がたくさんあります。
本記事では、時代を超えて私たちの心に響く紫式部の和歌とともに、あわせて読みたい現代短歌を併せてご紹介します!
仕事にいきたくない
仕事に行きたくないのは、いつの時代も共通。
この歌は、紫式部を慕う中宮(上司)から、「早く出てきてよ」と言われたことへの返答。
中宮のいる「春」の景色と紫式部のいる「雪」の景色の対比という上品なユーモアが鮮やかです。
私たちも、これからは仕事に行きたくないときは「雪の下草」とメッセージを送ることにしましょう。
とはいっても、生活のため、誰かのため、いずれは仕事に行かなくてはなりません。
そんな紫式部の歌と対になる柴田葵さんの歌をご紹介します!
決断を連絡することで退路を断つとともに、「その手」で傷んで食べることのできなくなった檸檬を捨てる光景に、勤め人の覚悟と悲哀がにじみます。
とっておきの皮肉
紫式部の歌は、私度僧が、法師であるのに、神官のように振る舞う様子を、憎み、揶揄する歌。
「耳はさみ」は、髪を耳の後ろに掛けることで、当時いやしいしぐさとされていたもの。
端的に矛盾をついて全否定する歌は、オーバーキルすぎて痛快です。
ウィットに富んだ皮肉は、現代短歌でも魅力的に詠まれています。
そんな中から、井口可奈さんの歌をご紹介します!
カフェに不釣り合いな厳かな教会の椅子。
教会という神聖な場所で本来使われるべき椅子がカフェのオシャレアイテムとして使われていることに対して、「ご実家は教会ですか」という遠回りな詰め方をしていることについにやにやしてしまいます。
そして、岡本真帆さんの歌もおススメです!
よくある雨の日の優遇サービスは、雨の日に客足が少なく、販促の必要があるので、よくわかります。
一方、この歌では、満月でポイント3倍。
満月からすれば、ほとんど通り魔にあったような使われ方。
抒情もへったくれもない商魂たくましさに気付く作者の視点が鋭いです。
パートナーにブチギレ
大河ドラマでも描かれているとおり、紫式部の夫の藤原宣孝は、紫式部以外にも複数の妻がいて、女性好きの男性だったようです。
紫式部集では、浮気にブチキレている歌が多数ありますが、そのブチキレ方も、鳥に例えたり、海人の仕事になぞらえたり、ユーモアと皮肉がたっぷりつまっています。
恋を題材に歌うのは、現代短歌でも王道。
まずは、岡本真帆さんの印象的な歌をご紹介します。
この歌の主人公と「君」はもう別れてしまったようですが、結句の「優しかったよ」がとても重いです。
相手は、自分が主体を待たせてしまったことに自責の念を感じるだろうと想像しつつ、それを非難するのではなく、優しさもあったことを指摘するところに、決定的で救われない溝を感じます。
そして、青松輝さんのパワーのある歌もご紹介します。
嘘つきの女の子にキャンディーを渡す、という描写のあとに、そのキャンディが「神経性の毒のキャンディー」であることが明かされるという展開が短い歌の中にあることが印象的です。
神経性となれば、なめた途端に一気に毒がまわりそうで、ぞっとします。
ド鬱
鬱々とした感情のとき、世の中すべてが憂鬱に感じるのは、時代を超えてある感情。
「涙」「遣水」「瀧」という水をモチーフにした情景が並ぶ取り合わせが、技巧的にも優れた歌となっています。
心の中の現実世界にあるものに投影するのは、今も同じ。
こちらでは、青松輝さんの歌をご紹介します。
1首目は、眠れないときに雨音が気になっていたのだが、よく聞いていると、不快なのは金属に雨音が当たる音だと気づきます。
一字空きが複数登場することで、独特のリズムと思考が加速する感覚があって韻律が印象的です。
そして、2首目は、「ド鬱」という唯一無二の言葉でしめられる一首。
美しく光る一等星の数々まで憂鬱さの原因となっているという情景は鮮烈で、実感があります。
私は私という気高さ
貴族の中では決して高級貴族ではない紫式部に対して、高貴な人ぶっていると悪口を同僚の女房が言っていることに対するアンサー。
初句の「わりなしや」で相手の悪口を完全否定し、2句目以降で自分のスタイルを見せつけるストロングスタイルのアンサーは、現代のラップバトルに通ずるところがあります。
そんな紫式部の歌のパワーに負けない柴田葵さんの歌をご紹介します。
おでんの大根は、出汁が染みてとても美味しく、欠かせない存在。
一方で、値段としては他のタネに比べて安く設定されていることも多く、地味な存在でもあります。
初句の出だしで、おでんとして生きていくことを表明していますが、世の中は誰かをおでんになるよう励ましたり、促したりはせず、下の句の「わたしはわたしの熱源になる」という言葉が強く響きます。
ユーモアのある上の句と強い意志を感じる下の句の対称さにしびれます。
話し言葉が印象的な井口可奈さんの歌もご紹介します。
自分のかわいいところをストレートに紹介するすばらしさ。
人との違いがあるかどうかではなく、手放しで自分のいいところ、そして、そのいいところを生み出す分析までされ、自分が自分を愛するからこその愛らしさが歌の中に生まれています。
そして、土踏まずが基本的に見えないところにあることの奥ゆかしさもいじらしく、歌の自己肯定感の高さが輝いています。
時代や言葉遣いは違えど、和歌も短歌も言葉で私たちの心を揺さぶります。
紫式部の歌を楽しみつつ、現代短歌も楽しむことで、時代を超えた普遍的な歌の魅力を楽しんでみてはいかがでしょうか。
【出典】
紫式部と和歌の世界 一冊で読む紫式部家集訳注付(上原作和・廣田収編、武蔵野書院、2011)
次回予告
「短歌五十音」では、初夏みどりさん、桜庭紀子さんに代わってかきもち もちりさん、ぽっぷこーんじぇるさん、中森温泉の4人のメンバーが週替りで、五十音順に一人の歌人、一冊の歌集を紹介しています。
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次回は初夏みどりさんが目黒哲朗さんの『目黒哲朗集』を紹介します。
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短歌五十音メンバー
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