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短歌五十音

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「短歌五十音」は、中森温泉、初夏みどり、桜庭紀子、ぽっぷこーんじぇるが五十音順に歌人を紹介する記事です。毎月第一〜第四土曜日に更新予定。 画像は桜庭さんよりいただきました。
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記事一覧

短歌五十音(ふ)藤井貞和『うた――ゆくりなく夏姿するきみは去り』

短歌五十音(ふ)藤井貞和『うた――ゆくりなく夏姿するきみは去り』

1.水・記憶・戦争藤井貞和は詩人・古代文学研究者。折口学を受け継ぐが(→短歌五十音(し)釈迢空)、その肩書きに歌人が入ることはない。文学を考え、文法を論じ、詩を綴る。その生活から上の発言が生まれる(発言については後半で確認しよう)。

彼は歌人を名乗らないが、『うた――ゆくりなく夏姿するきみは去り』(書肆山田、2011)という一冊の歌集がある。主に若いころの歌をまとめていて、「そのころ自分の体内に

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短歌五十音「ひ」東直子『十階』

短歌五十音「ひ」東直子『十階』

短歌五十音シリーズ、「ひ」の歌人として取り上げる東直子氏は、1963年広島県生まれ。1996年に第7回歌壇賞を受賞し、歌集には『春原さんのリコーダー』『青卵』などがある。短歌だけでなく詩や小説、エッセイ、評論、イラストレーションなどの分野で幅広く活躍。書肆侃々房の新鋭短歌シリーズの監修も担当している。

『十階』は、ふらんす堂の「短歌日記」シリーズの一冊として出版されたもの。2007年1月1日から

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短歌五十音(の)野口あや子『くびすじの欠片』

短歌五十音(の)野口あや子『くびすじの欠片』

青春は、食べて、飲む。『くびすじの欠片』は、2009年に刊行された野口あや子の第一歌集。
また、2023年に文庫版として刊行されており、本稿では、文庫版のご紹介をする。

本歌集は、著者の15歳から20歳までの作品311首が収録されている。
全体が2部に分かれており、第1章は、短歌研究新人賞受賞作品「カシスドロップ」、同賞次席作品「セロファンの鞄」を中心に、2006年まで(著者19歳までと考えられ

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短歌五十音(ね)根本芳平『弥陀笑ふ』

短歌五十音(ね)根本芳平『弥陀笑ふ』

根本芳平(ねもとよしひら)を知る人はどれだけいるだろうか。短歌辞典には名前がない。Xのつぶやきも見当たらない。著者略歴によると短歌誌「水甕」の編集委員というので、「水甕」の同人はご存知だろう。歌集は『譚』『弥陀笑ふ』の二冊がある。

彼の歌は『角川現代短歌集成』に20首載っているから、ここから知る人がいるかもしれない。掲出歌もその一首で、「たしかに」の確信、この踏み込みがいい。

ただ、概して『角

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短歌五十音(ぬ)沼波万里子『砂のぬくみ』

短歌五十音(ぬ)沼波万里子『砂のぬくみ』

今回の歌人、沼波万里子は1921年東京生まれ。歌誌「箒木」を経て「潮音」に入社。1946年、旧満州で夫と一女に死別、引き揚げ。1956年に再婚し、一女に恵まれている。2013年死去。中国残留孤児のボランティア活動も行なった。

歌集『砂のぬくみ』から気になった歌を見て行きたい。

「東京」という連作の中の一首。
頭上注意足元注意〜とたたみかけるように詠み、続く「靴、靴、靴」が、複数人の靴がどんどん

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短歌五十音(な)中井スピカ『ネクタリン』

短歌五十音(な)中井スピカ『ネクタリン』

生活即文学本稿で紹介するのは、中井スピカさんの第1歌集『ネクタリン』である。
中井スピカさんは、1975年生まれで、2022年に「空であって窓辺」で第33回歌壇賞を受賞している。
また、塔短歌会に所属するとともに、魚谷真梨子さん、江戸雪さんとともに短歌同人誌「Lily」にメンバーとして参加している。

冒頭に引用したのは、土屋文明が昭和22年に名古屋市で行った講演の速記であり、『短歌の現在および将

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短歌五十音(と)土岐善麿『黄昏に』

短歌五十音(と)土岐善麿『黄昏に』


表紙土岐善麿(1885-1980)の第二歌集『黄昏に』は明治45(1912)年2月に発売されました。当時の筆名は土岐哀果です。初版本が早稲田大学図書館のデータベースで公開されているのでそれを見ていくことにします。

灰色の本にはカバーがかかっており、カバーの表紙にはなぜかキリストの絵が書かれています。なぜかというのは、『黄昏に』を解説する辞典には「灰色の装丁である」としか書かれておらず、このカバ

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短歌五十音(て)寺山修司『寺山修司青春歌集』

短歌五十音(て)寺山修司『寺山修司青春歌集』

寺山修司の歌集を取り上げようと思ったものの、実際に歌集を読んで混乱してしまった。「青春」とタイトルについていて、確かに初期の短歌は青春香るような作風なのだけれど、後半の短歌はどこか土臭い、おどろおどろしい世界を詠んでいるからである。初期の作風を脱ぎ捨てて、後の作風に変化していった心境はどんなものだったのかと思うが、今回は前者の歌を中心に書いていきたい。

寺山修司は1935年青森県生まれ。1954

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短歌五十音(つ)塚田千束『アスパラと潮騒』

短歌五十音(つ)塚田千束『アスパラと潮騒』

塚田さんの歌との出会い

塚田さんの歌と出会ったのは『うたわない女はいない』(中央公論新社)を読んだ時でした。
塚田さんは「額縁になる」という連作を寄せていたのですが、この連作の内容、韻律の美しさに惹かれ歌集を手に取りました。

塚田さんは北海道に生まれ、現在は「まひる野」に所属。
第六四回短歌研究新人賞を受賞され、2023年7月に第一歌集『アスパラと潮騒』を出版。
歌集の帯には「もがく日々のうた

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短歌五十音(ち)千種創一『千夜曳獏』

短歌五十音(ち)千種創一『千夜曳獏』

生活と詩2024年4月28日(日)20:00

マッサージに2日連続で行ったが、疲れが取れない。違うマッサージ店に行ったのだが、どちらでも「全身のコリが固すぎて、指が入らない」と怒られながらごりごりに押され、ほとんど拷問みたいに苦しみながら施術を受けた。

短歌五十音の自分の担当の公開日が次の土曜に迫っているが、まだ10ページくらいしか読めていない。

千種創一さんの「千夜曳獏」。

池袋のジュン

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短歌五十音(た)玉城徹『左岸だより』

短歌五十音(た)玉城徹『左岸だより』

このnoteは次の二部に分かれています。

1.玉城徹の歌集『左岸だより』の紹介(1400文字)
2.玉木徹の評論集概観(5300文字)

第2部はおまけです。気になるかたのみお読みください。

『左岸だより』玉城徹(1924-2010)は歌人・評論家。北原白秋に私淑。第四歌集『われら地上に』で迢空賞を受賞。現在はいりの舎が彼の歌集・訳詩集を販売しています。『左岸だより』はその一冊で、2020年に

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短歌五十音(そ)染野太朗『初恋』

短歌五十音(そ)染野太朗『初恋』

『初恋』は染野太朗の第三歌集。
恋人のいる「きみ」を思う、行き場のない主体の感情が繰り返し描かれる歌集である。

染野太朗は1977年、茨城県生まれ。高校在学中から作歌を始め、「まひる野」に入会。第一歌集『あの日の海』で日本歌人クラブ新人賞、第二歌集『人魚』で福岡市文学賞を受賞している。

恋の相手の言動によって一喜一憂してしまう心情が描かれる。
1首目、「きみ」のことをまた疑ってしまう。船は猜疑

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短歌五十音(せ)関谷啓子『関谷啓子歌集』

短歌五十音(せ)関谷啓子『関谷啓子歌集』

はじめに

今回紹介するのは砂子屋書房さんの現代短歌文庫164『関谷啓子歌集』です。
この短歌五十音を取り組むにあたって色々な歌人さんを探している時に関谷啓子さんのこの歌集と出会いました。
恥ずかしながらそれまでは存じ上げなかったのですが、歌集を読み終えたあと、心から出会えてよかったと思う歌集でした。

関谷啓子さんについて

関谷さんは新潟県出身の歌人さんで1996年に「短歌人」に入会されていま

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短歌五十音(す)鈴木晴香『心がめあて』

短歌五十音(す)鈴木晴香『心がめあて』

微妙な感情から逃げない短歌『心がめあて』は、2021年に出版された鈴木晴香さんの第2歌集。
鈴木晴香さんは、1982年生まれ。2016年に第1歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)、2023年に木下龍也さんとの共著『荻窪メリーゴーランド』(太田出版)。塔短歌会編集委員。『西瓜』所属。
本書は、2016年以降に詠まれた短歌のうち、297首を収録。

鈴木晴香さんの歌に使われている言葉は身近なものが

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