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短歌五十音(せ)関谷啓子『関谷啓子歌集』

はじめに

今回紹介するのは砂子屋書房さんの現代短歌文庫164『関谷啓子歌集』です。
この短歌五十音を取り組むにあたって色々な歌人さんを探している時に関谷啓子さんのこの歌集と出会いました。
恥ずかしながらそれまでは存じ上げなかったのですが、歌集を読み終えたあと、心から出会えてよかったと思う歌集でした。

関谷啓子さんについて

関谷さんは新潟県出身の歌人さんで1996年に「短歌人」に入会されています。
歌集は6冊出版されており、今回のこの歌集には『最後の夏』(全篇)、『ガラスの花』(抄)、『雨の領域』(抄)、『迷子の飛行船』(抄)、『硝子工房』(抄)、『梨色の日々』(抄)、歌論・エッセイ4編 が収められています。

日常を慈しむ

関谷さんの歌は家族の歌や日常の何気ない瞬間を詠まれた歌が多い印象でした。
使われている言葉もやわらかく、読んでいると心がすっと穏やかになりました。
特に「迷子の宇宙船」では軽やかな歌に心が弾みました。

逆立ちの少女の足首掴みたり果実と同じ冷たさをもつ
棒立ちの少女寄り来て絹豆腐くずせしような顔して泣きぬ

風になる楡

これはおそらくご自身の娘さんのことを読まれた一連です。
一首目は逆立ちをする娘さんのひんやりとした足首を「果実」と表現し、二首目は今にも泣き出しそうな顔を「絹豆腐をくずせし」と表現しています。
何気ない一瞬を繊細に表現されていてとても素敵な歌だと思って読みました。

バトミントンのサーブするとき暮れなずむ空に迷子の飛行船あり
夏草の茂みに横たう自転車の鎖骨を朝の雨が濡らせり
あしたより今日が大切 さみどりのゼリーを硝子の器にうつす

迷子の宇宙船
フロッピーディスク
木陰

この三首もとても好きでした。
歌集の名前にもとられている一首目はバトミントンの羽が行ったり来たりしている様子を「迷子の飛行船」と表現していて、少し寂しげな印象もありますが、発想が面白い歌だと感じました。

二首目は「自転車の鎖骨」ってどこだろう、と思いつつ、なぜか自転車に鎖骨があると言われればあるような不思議な感じがします。草むらに錆びついた自転車が横たわっている感じを想像しました。

三首は「さみどりのゼリー」と「硝子」の取り合わせが素敵だと思いました。爽快感や清涼感のある歌ですが「あしたより今日が大切」と言っているところから、日々をしっかり生きたいと感じている主体の気持ちが伝わってきます。

最後の夏

この歌集で唯一全編収められている「最後の夏」は2020年に本阿弥書店から出版された関谷さんの最新の歌集です。
あとがきに書かれているのですが、この歌集を作られている時にお父様とお母様を亡くされ、ご両親のことを詠まれた歌が多くあります。
また、二人のお孫さんにも恵まれ、「最後の夏」は家族との別れやお孫さんの成長を喜ぶ歌など読み応えがありました。
個人的にお母様と過ごされた日々の歌が印象に残っているので紹介します。

ばらばらの思考を集めていっしんに母に会わんと自転車を漕ぐ
枇杷いろの灯りをともしてバスが来る どこか遠くへ行きそうなバス

ホッチキス

この「ホッチキス」という一連はお母様の病院へ行かれた時のもので一首目は病院へ必死に向かう主体の様子が読み取れます。

二首目はおそらく病院の帰りに見たバスのことを詠まれた歌です。お母様の病状が芳しくなく、途方もなく寂しく、悲しい気持ちになっている時に見たバスが「どこか遠くへ行きそう」に見え、母の存在も遠くへ行ってしまうのではないかと不安な気持ちがバスに投影されているのではないかと読みました。

やわらかき桃をナイフに切り分けて母娘おやこの蜜なる時間たのしむ
実家という大きな箱を失いぬ母居なければ風吹くばかり
見てはならぬものを見るごとく息ひそめ解体現場を通り過ぎたり

最後の夏
遺影の母
解体工事

「最後の夏」の一連は病院でお母様と過ごされた日々のことが詠まれています。
一首目は病室でお母様と二人で過ごしている歌ですが、桃を剥くという動作そのものが二人の時間を慈しんでいるように感じました。

二首の歌はお母様が亡くなられた後、実家の片付けをしている時の寂しさが詠まれ、三首目は実家が壊されていく様子を「見てはならぬもの」と何かグロテスクな受け入れ難いもの見てしまったと感じている様子を読み取りました。

歌集を読み終えて

関谷さんのお孫さんを詠まれた歌や相聞歌も本当に素敵で、どの歌も強い言葉が使われていないのに、心に残る歌が多くありました。
他にも歯の治療を受けていることを詠まれた歌もおもしろかったです…。

「最後の夏」では家族詠が多く、関谷さんの人生を垣間見ているような気持ちで読み進めていきました。(この読み方がいいのかはわかりませんが…)
今回、歌集を読み終え、言うまでもないことかもしれませんが、短歌は日常のときめきだけでなく、歌を詠む人の心を整理したり、気持ちを昇華させたり、人の心に寄り添った詩歌だと再認識しました。

次回予告

「短歌五十音」では、初夏みどり、桜庭紀子、ぽっぷこーんじぇる、中森温泉の4人のメンバーが週替りで、五十音順に一人の歌人、一冊の歌集を紹介しています。
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お読みいただきありがとうございました。
本稿が、みなさまと歌人の出会いの場になれば嬉しいです。

次回は桜庭紀子さんが染野太朗『初恋』を紹介します。お楽しみに!

短歌五十音メンバー

初夏みどり
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桜庭紀子
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ぽっぷこーんじぇる
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中森温泉
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