俳句の源流を歩く|酒折の歌②(全8回)
甲府で普通列車に乗り換え、一駅戻る。住宅地の中に小さな駅があり、酒折という。酒折は「さかおり」と読み、酒造に因んだ地名とも、「坂下り」の意とも言われている。
古事記や日本書紀では、ヤマトタケル東征の項に登場し、古くは、国府も置かれた要衝だった。今では、駅の向こう側から、学生の元気な声が聞こえ、家と家の間の細い路地に、猫が転がる。
恐らく彼女は、そこに何の変哲も無い日常を発見するだろう。
まだ、この国がかたまっていなかった頃、日常を打ち破る命が発せられた。東の方十二道の、荒ぶる神の平定である。
「天皇は私に命をおとせと言っているのか」と不平を漏らしながらも、ヤマトタケルは東国へと趣く。そこで数々の戦功をあげながら折り返し、足柄から酒折へと進軍。そしてその時、歌が生まれたのである。
新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる(新治、筑波地方を通り過ぎてから幾夜寝たことだろう?)
これが、俳句にたどりつくと言われている連歌の原型。旋頭歌の形式をとり、その片歌である。
積もり積もったものが、呟きとして噴出しただけ・・・そのようにも思えるが、御火焼の翁が
かがなべて 夜には九夜 日には十日を(日数を重ねて九つの夜を迎えました。昼では十日となります。)
と応えたことで、新たな文芸がここに生まれた。
(第10回 俳句のさかな了 酒折の歌③へと続く)