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【古道を歩く】愛知県岡崎市の古道・道根往還④ ~終点・「鍛冶屋」から起点・「欠の三本松」へ歩く・弐~
はじめに今回も愛知県岡崎市の古道「道根往還」を写真と共に辿っていく。
※実際に歩いたのは2024/3月
前回までの行程は以下の記事を参照いただけると幸いだ。
道根往還を引き続き歩く行程の概要
今回は前回に「旧・鍛冶屋の五本松」周辺を出発し、「欠の3本木」に向けて歩き出した。
場所では須渕町あたりまで進んだところか。
さらに歩みを進める。
13:25 緩やかな傾斜がある道を進む。足元は枯
【古道を歩く】愛知県岡崎市の古道・道根往還③ ~終点・「鍛冶屋」から起点・「欠の三本松」へ歩く~
はじめに古の方々が長く使用した古道・道根往還。
前回の記事で「この先が道根往還に続いています。興味がある方は是非……」としても良かったが、実際に自分自身が歩いてみないと見えない景色・思いもあるだろう。
そういったことから今年3月下旬のとある日。
実際に歩いてきた。百聞は一見にしかず、だ。
「ここぞ!」という絶景が点在する古道ではないため、単調な山道の写真になると思う。しかし、興味がある方などに
【欠町・八柱神社】まとめ(後編)~神仏との付き合い方と先祖が伝えたいこと~
はじめに前回の記事で愛知県岡崎市欠町にある八柱神社の沿革について触れてきた。
但し、上記は今後”定説”や”通説”になる可能性が有る「仮)沿革」だ。
情報は公開した。あとは識者の方々の精査/調査がいつか入るだろう。
その結果がどうあれ、期待したい。
※八柱神社@欠町を管理なさる宮司さん・氏子世話役の方々と当方は無関係です。当方は上記の神社を建立した人物の子孫のひとりです
先祖が伝えたいこと ①
大岡弥四郎事件と八柱神社とーー岡崎町奉行・松平新右衛門とは(1)
はじめに私の先祖の縁者に「大賀弥四郎事件」に加担した町奉行・松平新右衛門がいる(という記載が家系図にある)。
しかし残念ながら、松平家や新右衛門についての明確な記述のある文書は一切残っていない。
明治時代初期に当時)欠村で大きな火災があったからだろうか。岡崎市史にも明治時代以前の欠村に関する記述は極めて少ない。そのことから、明治時代の火災の影響が少なからずあるのかもしれない。
新右衛門に対して
【東海道】岡崎二十七曲りを歩く⑭(完)八帖町~矢作町 寄り道~勝蓮寺、矢作神社
はじめに2023年11月に歩き始め、12月中旬には完走していた「東海道・岡崎城下二十七曲り」。
今回の記事でようやく二十七曲りの記事もようやく完走できる。
昨年(2023年)中に完走予定だったが凡そ3か月遅れ。
それでもこれをもって完走できる。
もう一記事。東海道・岡崎城下二十七曲りの旅にお付き合いをいただければ幸いだ。
今回の旅の概要前回までの旅路は以下の記事を参照いただけると幸いだ。