野村金光

文学修士。文学批評のアイデアノートとして。

野村金光

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  • 2023年全記事

    『もののけ姫』〜「サウダージ」

記事一覧

絵本分析『ごろはちだいみょうじん』:コンタクトゾーン①~④

Ⓒ1969 福音館書店 ① 序論:題材と目的本論では、文学理論を元にした絵本分析の試みとして中川正文作・梶山俊夫絵『ごろはちだいみょうじん』(福音館書店、1969)を取り上…

野村金光
7日前

『ルックバック』を四方構造で読み解く:「なんで描いてるの?」への回答

Ⓒ2024 エイベックス・ピクチャーズ 監督:押山清高 原作:藤本タツキ 公開:2024年 ※ネタバレを含みます ① 序論:問題点と放置された問い劇場アニメ『ルックバック』…

野村金光
1か月前
15

「火の鳥」(『ファンタジア2000』所収)を捉えなおす:『バンビ』との比較について

Ⓒ2000 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ 製作総指揮:ロイ・エドワード・ディズニー 楽団指揮:ジェームズ・レヴァイン 公開:2000年 ① 序論ウォルトディズニースタ…

野村金光
2か月前
6

監獄から湖へ:「退行」で読み解く『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

Ⓒ2001 静山社 監督:アルフォンソ・キュアロン 原作:J・K・ローリング 公開:2004年 ① 序論:『ハリー・ポッター』シリーズの文学的評価についてJ・K・ローリング『ハ…

野村金光
3か月前
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ケルアック『オン・ザ・ロード』の速度論:移動の発生から国家への服従まで

Ⓒ2012 アメリカン・ゾエトロープ、他 ① 序論:ドロモロジーについて産業革命以降の技術革新により、人々の生活様式が「高速化」していることは疑いようがないだろう。特…

野村金光
4か月前
3

性の絆からシスターフッドへ:『52ヘルツのクジラたち』論考

Ⓒ2024 「52ヘルツのクジラたち」製作委員会 監督:成島出 原作:町田そのこ 公開:2024年 ① 序論:ファミリイ・アイデンティティについて本論では「家庭の解体」という…

野村金光
5か月前
2

パプリカはなぜ「女性」か:今敏『パプリカ』における男性差別

Ⓒ2006 パプリカ製作委員会 監督:今敏 原作:筒井康隆 公開:2006年 ① 序論:マスキュリズムについて未だ語られることの少ない社会問題の一つとして「男性差別」が挙げ…

野村金光
6か月前
5

奇書『ピカピカのぎろちょん』読解:異質階級としての子ども

Ⓒ1968 あかね書房 ① 序論佐野美津男『ピカピカのぎろちょん』は日本のみならず世界の児童文学を見渡しても(私の知る限り)類似する作品が見当たらない奇書と呼ぶに相応…

野村金光
7か月前
4

歌詞に触れない歌詞分析:ポルノグラフィティ「サウダージ」

Ⓒ2022 ナターシャ 作詞:ハルイチ [新藤晴一] 作曲:ak.homma [本間昭光] 発売:2000年 ① 序論2021年9月3日に公開されたTHE FIRST TAKEをきっかけに、23年前(執筆時点…

野村金光
8か月前
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『リア王』、『乱』、バーク、そして世阿弥:Frame of Acceptanceに関する一考察

Ⓒ1985 ヘラルド・エース ① 序論ケネス・バークが『Attitudes Toward History』(1937)において主張したFrame of Acceptanceについての意見は日本人の思考傾向を説明す…

野村金光
9か月前
3

萩尾望都『銀の三角』読解:ラグトーリンの嘘を暴け

Ⓒ1982 早川書房 ① 序論:『銀の三角』再評価のために萩尾望都『銀の三角』は80年代に書かれた作者の代表作の一つであり、第14回星雲賞を受賞したSF作品の金字塔でありな…

野村金光
10か月前
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深沢七郎「楢山節考」再考:辰平夫婦の悲劇として

Ⓒ1958 松竹 ①「楢山節考」は本当におりんの物語なのか深沢七郎「楢山節考」は、前近代の日本では珍しくなかった姥捨ての概念を近代以降の小説のフォーマットに蘇らせ、…

野村金光
11か月前
4

『君たちはどう生きるか』二つの機能不全:「父親」と「火」について

Ⓒ2023 スタジオジブリ 監督:宮崎駿 脚本:宮崎駿 公開:2023年 ① 序論:文学理論と「考察」について10年ぶりの宮崎駿作品『君たちはどう生きるか』について、早くも膨…

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1年前
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『君の名は。』口噛み酒論考:「よもつへぐい」と社会類型

Ⓒ2016 「君の名は。」製作委員会 監督:新海誠 脚本:新海誠 公開:2016年 ① 序論:ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ新海誠作品を論ずるにあたっては「セカイ系」…

野村金光
1年前
3

ジョン・ヴァーリイ「残像」読解:言語類型からの脱却

Ⓒ2015 早川書房 ① 4種類の触覚言語ジョン・ヴァーリイ「残像」に登場するケラーと呼ばれる視聴覚障害者たちのコミューンには触覚のみを前提とした特殊な言語使用法が存…

野村金光
1年前
3

光瀬龍『百億の昼と千億の夜』読解:フェミニズムSFの観点から

Ⓒ1977 秋田書房 ① 光瀬龍の周縁性とフェミニズムSF論光瀬龍は日本SF界の巨匠であり、日本SFに詳しい読者なら知らない人はいない人気作家である。特に、1967年出版の代表…

野村金光
1年前
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絵本分析『ごろはちだいみょうじん』:コンタクトゾーン①~④

絵本分析『ごろはちだいみょうじん』:コンタクトゾーン①~④

Ⓒ1969 福音館書店

① 序論:題材と目的本論では、文学理論を元にした絵本分析の試みとして中川正文作・梶山俊夫絵『ごろはちだいみょうじん』(福音館書店、1969)を取り上げる。本作には見逃すことができないいくつかの特徴がある:①奈良・大和言葉での語り、②線の太い黄土色を多用した絵、③大明神信仰という土着文化、④西洋文明の強引な介入、⑤死をきっかけとした土着文化の強化。
 また、本論で着目するの

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『ルックバック』を四方構造で読み解く:「なんで描いてるの?」への回答

『ルックバック』を四方構造で読み解く:「なんで描いてるの?」への回答

Ⓒ2024 エイベックス・ピクチャーズ

監督:押山清高
原作:藤本タツキ
公開:2024年

※ネタバレを含みます

① 序論:問題点と放置された問い劇場アニメ『ルックバック』は、2024年7月現在今年一番の話題作と言っても過言ではない高評価を得ている作品である。ナタリー、Yahoo!ニュース、読売新聞オンラインを始めとした数々の熱のこもったレビューが本作の話題性を表しており、中には「映像化の極

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「火の鳥」(『ファンタジア2000』所収)を捉えなおす:『バンビ』との比較について

「火の鳥」(『ファンタジア2000』所収)を捉えなおす:『バンビ』との比較について

Ⓒ2000 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ

製作総指揮:ロイ・エドワード・ディズニー
楽団指揮:ジェームズ・レヴァイン
公開:2000年

① 序論ウォルトディズニースタジオ第38作目の長編アニメーション『ファンタジア2000』は、1940年公開の前作『ファンタジア』ほどの評価は得ていないものの、収録短編の幾つかは人気作となっており、中でもフィナーレとして採用された「火の鳥」のクオリティは注

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監獄から湖へ:「退行」で読み解く『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

監獄から湖へ:「退行」で読み解く『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

Ⓒ2001 静山社

監督:アルフォンソ・キュアロン
原作:J・K・ローリング
公開:2004年

① 序論:『ハリー・ポッター』シリーズの文学的評価についてJ・K・ローリング『ハリー・ポッター』シリーズは、歴史的な大ヒットにもかかわらず文学者や批評家から高評価を得てきたとは言い難い。シリーズへの批判は伊達桃子の論文⁽¹⁾で多く例示され、簡潔にまとめられているのでそのまま引用する:①ステレオタイプ

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ケルアック『オン・ザ・ロード』の速度論:移動の発生から国家への服従まで

ケルアック『オン・ザ・ロード』の速度論:移動の発生から国家への服従まで

Ⓒ2012 アメリカン・ゾエトロープ、他

① 序論:ドロモロジーについて産業革命以降の技術革新により、人々の生活様式が「高速化」していることは疑いようがないだろう。特に、第二次産業革命(1870年頃~1914年)にて登場した自動車はそれまでと比較にならない驚異的な移動速度と移動距離をもたらすこととなった。
 飛躍的に向上した「速度」により、人々は固有の土地を所有する生活を捨て、封建制度を否定する

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性の絆からシスターフッドへ:『52ヘルツのクジラたち』論考

性の絆からシスターフッドへ:『52ヘルツのクジラたち』論考

Ⓒ2024 「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

監督:成島出
原作:町田そのこ
公開:2024年

① 序論:ファミリイ・アイデンティティについて本論では「家庭の解体」という社会的な課題を物語化した作品の一例として2024年公開の映画『52ヘルツのクジラたち』を取り上げる。あくまで私の感想であるが、本作は出来の良い映画とは言えないと思う。俳優の顔面ドアップがやたら多い絵作りに適応してか主演俳優

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パプリカはなぜ「女性」か:今敏『パプリカ』における男性差別

パプリカはなぜ「女性」か:今敏『パプリカ』における男性差別

Ⓒ2006 パプリカ製作委員会

監督:今敏
原作:筒井康隆
公開:2006年

① 序論:マスキュリズムについて未だ語られることの少ない社会問題の一つとして「男性差別」が挙げられるだろう。フェミニズムの巨大な潮流の中で長らく無視されてきたこの問題は90年代になってようやくワレン・ファレルらにより開拓され始め(日本語への翻訳は約20年後)、思想的にはポストモダニズムと、戦略的にはメディアと結びつい

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奇書『ピカピカのぎろちょん』読解:異質階級としての子ども

奇書『ピカピカのぎろちょん』読解:異質階級としての子ども

Ⓒ1968 あかね書房

① 序論佐野美津男『ピカピカのぎろちょん』は日本のみならず世界の児童文学を見渡しても(私の知る限り)類似する作品が見当たらない奇書と呼ぶに相応しい作品である。最後まで得体の知れない(が、おとなはその正体を多かれ少なかれ知っているらしい)「ピロピロ」により日常生活が確実に破壊されていく過程とその恐怖を子ども目線で無機質に綴った本作は、「トラウマ児童文学」と評すブログ⁽¹⁾も

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歌詞に触れない歌詞分析:ポルノグラフィティ「サウダージ」

歌詞に触れない歌詞分析:ポルノグラフィティ「サウダージ」

Ⓒ2022 ナターシャ

作詞:ハルイチ [新藤晴一]
作曲:ak.homma [本間昭光]
発売:2000年

① 序論2021年9月3日に公開されたTHE FIRST TAKEをきっかけに、23年前(執筆時点)発売されたポルノグラフィティ「サウダージ」の人気が再燃している。上記動画の再生回数は2,800万回に迫り、2023年年間カラオケランキングでは今をときめく数々の楽曲に交じり7位にランクイ

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『リア王』、『乱』、バーク、そして世阿弥:Frame of Acceptanceに関する一考察

『リア王』、『乱』、バーク、そして世阿弥:Frame of Acceptanceに関する一考察

Ⓒ1985 ヘラルド・エース

① 序論ケネス・バークが『Attitudes Toward History』(1937)において主張したFrame of Acceptanceについての意見は日本人の思考傾向を説明する時どれほどの役割を果たすのか。バークは最も良く表現されたアメリカ人にとってのFrame of AcceptanceはWilliam James、Whitman、Emersonによるもの

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萩尾望都『銀の三角』読解:ラグトーリンの嘘を暴け

萩尾望都『銀の三角』読解:ラグトーリンの嘘を暴け

Ⓒ1982 早川書房

① 序論:『銀の三角』再評価のために萩尾望都『銀の三角』は80年代に書かれた作者の代表作の一つであり、第14回星雲賞を受賞したSF作品の金字塔でありながら、その高い評価とは裏腹に世間からも研究者からも正当に注目されてきたとは言い難い。本作は2023年10月現在絶版となっており、(ざっと探したかぎり)めぼしい研究も見当たらない。2022年7月に長山靖生による萩尾望都論『萩尾望

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深沢七郎「楢山節考」再考:辰平夫婦の悲劇として

深沢七郎「楢山節考」再考:辰平夫婦の悲劇として

Ⓒ1958 松竹

①「楢山節考」は本当におりんの物語なのか深沢七郎「楢山節考」は、前近代の日本では珍しくなかった姥捨ての概念を近代以降の小説のフォーマットに蘇らせ、ヨーロッパ由来の近代的なヒューマニズムを根底からひっくり返した名作として広く知られている。「中央公論」第一回新人賞の選考員(武田泰淳・正宗白鳥・三島由紀夫など名だたる作家たち)がそろって絶賛したというエピソードは有名である。

 本作

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『君たちはどう生きるか』二つの機能不全:「父親」と「火」について

『君たちはどう生きるか』二つの機能不全:「父親」と「火」について

Ⓒ2023 スタジオジブリ

監督:宮崎駿
脚本:宮崎駿
公開:2023年

① 序論:文学理論と「考察」について10年ぶりの宮崎駿作品『君たちはどう生きるか』について、早くも膨大な感想と「考察」がネット上に投稿されている。
 まだ公開から日が浅いこともあり「考察」の傾向は定まりきっていないようだが、中には「アオサギは眞人の弟だ」「母親の死因は火災ではなく眞人の出産だ」というやや独断的と思えるもの

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『君の名は。』口噛み酒論考:「よもつへぐい」と社会類型

『君の名は。』口噛み酒論考:「よもつへぐい」と社会類型

Ⓒ2016 「君の名は。」製作委員会

監督:新海誠
脚本:新海誠
公開:2016年

① 序論:ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ新海誠作品を論ずるにあたっては「セカイ系」というワードを外すことはできない。セカイ系とは、1990年末期から2000年代のいわゆるオタク的なアニメーション作品などに散見される、一組の少年少女の関係性のみに焦点を当てた作風を指し、彼らの関係がそのまま物語の根本を左右す

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ジョン・ヴァーリイ「残像」読解:言語類型からの脱却

ジョン・ヴァーリイ「残像」読解:言語類型からの脱却

Ⓒ2015 早川書房

① 4種類の触覚言語ジョン・ヴァーリイ「残像」に登場するケラーと呼ばれる視聴覚障害者たちのコミューンには触覚のみを前提とした特殊な言語使用法が存在する。本作のSF的なアイデアは、4種類の触覚言語(ハンドトーク、ショートハンド、ボディトーク、タッチ)の中でも「ネイティブな」触覚言語話者しか精髄を体得できない「タッチ」により、音声言語の類型から脱却し認知システムを再構築する、と

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光瀬龍『百億の昼と千億の夜』読解:フェミニズムSFの観点から

光瀬龍『百億の昼と千億の夜』読解:フェミニズムSFの観点から

Ⓒ1977 秋田書房

① 光瀬龍の周縁性とフェミニズムSF論光瀬龍は日本SF界の巨匠であり、日本SFに詳しい読者なら知らない人はいない人気作家である。特に、1967年出版の代表作『百億の昼と千億の夜』はSFマガジン2006年オールタイムベストランキングにて国内長編部門1位、同2014年のランキングでは3位に輝いている。
 しかし、残念ながら世界的な知名度を獲得しているとは言い難い。日本人作家であ

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