見出し画像

深沢七郎「楢山節考」再考:辰平夫婦の悲劇として

Ⓒ1958 松竹

①「楢山節考」は本当におりんの物語なのか

深沢七郎「楢山節考」は、前近代の日本では珍しくなかった姥捨ての概念を近代以降の小説のフォーマットに蘇らせ、ヨーロッパ由来の近代的なヒューマニズムを根底からひっくり返した名作として広く知られている。「中央公論」第一回新人賞の選考員(武田泰淳・正宗白鳥・三島由紀夫など名だたる作家たち)がそろって絶賛したというエピソードは有名である。

 本作に関する代表的な評価は若林美どりの論文⁽¹⁾に集約されている。若林は当時の選考員たちが(一部を除き)本作を「近代文学に対するアンチ・テーゼ」として捉えていると総括した上で、捨てられる姥であるおりんの美しい生き様や神々しさに着目し、おりんの中に「何かを信じきった者の強さと美しさを見い出す」と評している。
 面白いことに、「楢山節考」に関する評論はすべて上記二点(①近代へのカウンター、②おりんの神々しい生き様)に注目する形で論を展開している(と私には感じられる)。つまり、高い評価の割に話題があまりにも狭く画一的なのである。例えば、鶴谷憲三は「老い」というテーマで①と②を並行して論じているし⁽²⁾、寿台順誠は「尊厳死」という観点からやはり①と②について問い直している⁽³⁾。いずれにせよ、論じる対象がどうしても「おりん」に限定されている点は指摘できるだろう。これは近代的ヒューマニズムとは真逆な価値観をもっとも体現した人物として描かれるおりんの強烈なイメージに作品評価全体が引っ張られ過ぎているということではないだろうか。

 しかし、姥捨てのインパクトに隠れほとんど語られることはないが、本作における真の悲劇はおりんの息子である辰平とその後妻の玉やんに降りかかっていると私は考えている。
 本論は、深沢七郎「楢山節考」を世代間闘争の物語と捉え、辰平夫婦に注目することにより、本作を読み解く視点に少しでもバラエティをもたらすことを目的とする。

② 三つの世代

「楢山節考」の登場人物は「高齢世代」「中年世代」「若者世代」の三世代に分けることができる(例外として「若者世代」松やんが妊娠し「幼児世代」の誕生を予感させている)。本章では主人公たち「根っこの一家」が世代ごとにどのように語られているのか整理したい。

 おりんは「高齢者世代」に属する人物である。若い頃は「村一番の良い器量の女」であったが現在は齢70に迫り正月の「楢山まいり」(=姥捨て)を心待ちにしている。しかし、彼女は体が弱った結果仕方なく楢山まいりを受け入れているわけではなくまだまだ生命力に溢れており、加齢に伴い抜け落ちるはずの歯が若い頃と変わらず健全なことを恥じ、苦労して歯を欠けさせる場面すら存在する。村に伝わる歌に精通し歌が伝えるしきたりに忠実なことも特徴であり、一家の(村という狭い単位における)規律として模範的な姿勢を示し続ける立派な人物として一貫して描写されている。また、自らの知見を見込みある次世代に継承しようとする積極性も見せており、息子の後妻玉やんにいわなの取れる場所を伝授している。

 おりんの息子辰平は齢45で「中年世代」に属している。辰平は前妻が死んで以来「ぼんやりしてしまい」おりんの心配の種となっていたが、これは前妻の死により間近に迫った母親おりんの死を意識してしまったことにも起因している。実際、作中の彼は終始「土着的アンチヒューマニズム」と「近代的ヒューマニズム」の狭間で揺れ動いており、楢山まいりをなかなか受容できずおりんに呆れられる弱さを見せているが、冬を越せるか否かの瀬戸際に立たされついに楢山まいりを決断することとなる。また、「若者世代」である息子けさ吉とは世代間闘争の様相を示している。この点は次章にて詳しく論じる。
 辰平と同い年の後妻玉やんも「中年世代」であり、初登場時よりおりんの後継者としての才覚を見せることになる。彼女は一家の象徴となっている欅の木の切り株に「腰をかけている」ところをおりんに発見される。根っこの一家の継承を暗示するような登場シーンであるが、その後実際に彼女はおりんに気に入られ「これは、死んだ嫁よりいい嫁が来たものだ」と評価されるに至る。また、彼女と同時期に一家の一員となる仕事のできない「若者世代」松やんとは対比の関係になっている。「できる玉やん」と「できない松やん」どちらがおりんの後継者に収まるのか、という世代間闘争が女性にも発生していると捉えることができるだろう。この点も次章にて述べる。

 最後に辰平の息子けさ吉とその伴侶松やんが「若者世代」に該当する。けさ吉はおりんや辰平夫婦の目には問題児として映っており、丈夫すぎるおりんを揶揄する替え歌を広めたり、父辰平の怒りを受けても内心全く反省していなかったりと、「高齢者世代」「中年世代」と受け継がれてきた村のしきたりを継承する人物としては頼りない存在として登場する。また、松やんも火起こし一つ満足にできず、更に楢山まいりで歌うことが適切とされる「つんぼゆすりの唄」を子守唄として歌ってしまいおりんと玉やんに「情知らずの女」と呆れられてしまう。彼女もけさ吉同様おりんの継承者に相応しい人物として描かれてはいない。

 まとめると、根っこの一家はおりんという村の規範を体現する「高齢者世代」、その継承者として認められてはいるもののやや頼りない「中年世代」、問題児「若者世代」に分かれており、中年世代と若者世代の間でどちらが村のしきたりの伝承者にふさわしいのかという世代間闘争が発生している。
 そして、この世代間闘争は若者世代の中年世代に対する下剋上という形で幕を閉じ、辰平と玉やんは継承者の系譜から除外され、物語から「中抜き」されることとなる。次章にてその過程を確認したい。

③ 中抜きされた中年世代

物語終盤、しきたりの伝承者として優等生であった中年世代はヒューマニズムに屈服し、高齢者世代-中年世代-若者世代の系譜から除外されることとなる。「楢山節考」で描かれる真に残酷な要素は姥捨てなどではなくこの中年世代の中抜きであり、若者世代の「親殺し」達成を以て本作が終了することを考慮すれば、本作はある一家の世代間闘争を完結まで見守った作品とも見なせるだろう。

 本章では、若者世代=けさ吉と松やんが中年世代=辰平と玉やんの立場を奪い取る過程について①嫁入期、②雨屋家探し期、③楢山まいり期の三段階に分けて論じる。

 まず、玉やんと松やんの二人が根っこの一家に嫁いでからしばらくが①嫁入期である。この時期は辰平夫婦の優秀さとけさ吉夫婦のボンクラ加減が分かりやすい対比になっている。具体例は前章でいくつか挙げた通りであり、この時期においてはおりんの継承者としての世代間闘争は中年世代に分があると言える。言い換えれば、高齢者世代-中年世代-若者世代という継承の系譜が正常に機能している。
 しかし、松やんの的外れな言動の中に一点だけ辰平夫婦を凌ぐ要素がある。それは辰平とは違い楢山まいりを過剰に恐れていないという点である。前述の通り松やんは辰平の末の子をあやすため楢山まいり用の歌である「つんぼゆすりの唄」を歌う。おりんたちを呆れさせる場面ではあるものの、これは裏を返せば彼女があくまで日常の一部として楢山まいりを認識しているということであり、アンチヒューマニズム的な村のしきたりをごく自然に受け入れているのは中年世代ではなく若者世代である、という暗示としても機能するのではないだろうか。ここから既に若者世代の下剋上が始まっていたと見なすこともできるだろう。

 続いて、村の食物を盗んでいた雨屋の亭主が「家探し」という制裁を受けてからおりんの楢山まいり直前に至る時期が②雨屋家探し期となる。
 注目すべきはけさ吉が村のしきたりに順応し始め、おりんの後継者として頭角を示すようになってきたことである。彼は雨屋の家探しにて一家で一番の働きを見せ、貴重な食料を多めに確保することに成功している。また、嫁入期にはおりんや辰平を怒らせる要因となっていた彼の歌も雨屋家探し期になると一転して「此の頃けさ吉の歌の節まわしが上手になった」「ヨイショ! うまいぞ!」とおりんに褒められるほどに上達している。歌は村のしきたりを伝える重要な機能であることを考慮すれば、けさ吉の継承者としての器がおりんにも認められてきたと解釈できるだろう。
 しかし、同じ若者世代でも松やんは遠慮のない大食らいで一家を困らせており、けさ吉ほどの目覚ましい変貌は見せていない。
 一方で中年世代の辰平もついに楢山まいりを決心し、おりんの後継者をめぐる世代間闘争はクライマックスの③楢山まいり期へと繋がっていく。

 中年世代と若者世代の命運が決定的に分かれたのは楢山まいりを準備・敢行する③楢山まいり期においてである。ここで中年世代の二人辰平と玉やんは楢山まいりの作法を破るという致命的な禁忌を犯している。この場面は作中でも随一の「泣かせる」ポイントであるため、辰平夫婦から漏れ出たヒューマニズムに誤魔化され、「禁を破った彼らに待ち受ける罰」にまで思い至らない読者がほとんどだと思われる。しかし、本作をアンチヒューマニズムの物語とみなすのであれば、「楢山まいりの作法を破る」という行為はシビアにジャッジすべき「違法行為」に違いないのである。
 楢山まいりの作法は前日当人に口伝される。この口伝の場面はダイジェスト気味に進行する他の場面と異なり詳細に語られている。作法は「お山へ行ったら物を云わぬこと」「家を出るときは誰にも見られないようにすること」「山から帰る時は必ずうしろをふり向かぬこと」の三つであるが、辰平と玉やんはこの全ての作法を破っている。
 まず破られるのは「家を出るときは誰にも見られない」作法である。辰平がおりんを背負い楢山まいりに出かけた際、玉やんは「根っこのところに手をかけて暗闇の中を目をすえて見送っ」てしまっている。初登場時、玉やんは同じ根っこに腰をかけていたが、この時は手をかけるに留まっており、根っこの一家との距離が少し開いているようにも感じさせる。
 続いて「お山へ行ったら物を云わぬ」「必ずうしろをふり向かぬ」作法が立て続けに破られる。楢山の中で降雪にあった辰平は、母の「わしが山へ行く時ァきっと雪が降るぞ」という言葉を思い出し「あっ!」と声をあげてしまう。そして、おりんを置き去りにした岩まで引き返し「おっかあ、雪が降ってきたよう」と話しかける。おりんの毅然とした態度も相まって非常に感動的な場面ではあるのだが、この時点で楢山まいりの作法は三つとも破られてしまっている。
 「おりんを見送る」「道を引き返す」「話しかける」、これら三つの言動は辰平と玉やんの人間性の発露であり、だからこそ読者は心が揺さぶられるわけであるが、厳密な作法が存在する「楢山節考」の世界においてはヒューマニズムへの屈服に他ならない。だからこそ、彼らは村の作法を厳格に守り通すことで楢山の神の領域へと至ったおりんの継承者としての資格を喪失する。高齢者世代-中年世代-若者世代の系譜からいわば「中抜き」されてしまうのである。

 中抜きの結果は楢山から辰平が帰ったラストにてさりげなく提示される。辰平夫婦の中抜きの結果正統におりんの継承者となったけさ吉は「昨夜おりんが丁寧に畳んでおいた麺入れ」を背中にかけ、松やんは「昨日までおりんがしめていた縞の細帯」を腹に巻いている(けさ吉と違い松やんは最後まで成長の兆しを見せなかったが、それでもおりんの細帯を締めているという点がポイントである)。一方で辰平は「戸口に立ったまま」で家の中には入らず、玉やんの姿は「どこにも見えなかった」と明記されている。
 実にさりげない描写ではあるが、一家の世代間闘争の決着を確かに示しているのだと私は主張したい。

④ まとめ

従来の「楢山節考」研究は、楢山まいりに代表されるアンチヒューマニズム的な村のしきたりを体現するおりんに着目し、その前近代的な価値観やおりんの神性を論じるに止まっていた(気がする)。しかし、本作におけるアンチヒューマニズムの真の犠牲者は辰平と玉やんの二人である。
 彼らはヒューマニズムに屈する形で楢山まいりの禁を破り、結果おりん継承の系譜から除外される。この構造を以て本作は巨大なアンチヒューマニズムの物語として成り立っている。「楢山節考」は若者世代による親殺し達成の物語であると同時に、辰平夫婦の悲劇の物語なのである。


【参考】
(1) 若林美どり「深沢七郎『楢山節考』について」『大妻国文第3号』所収(pp.132-44)、1972、2023.9.29最終アクセス、http://purl.org/coar/resource_type/c_6501

(2) 鶴谷憲三「『楢山節考』の世界」『文学における老い』所収、1991、笠間書院

(3) 寿台順誠「尊厳死の物語として読む『楢山節考』」『ソシエサイエンスVol.25』所収(pp.101-17)、2019、2023.9.29最終アクセス、https://core.ac.uk/download/pdf/196349933.pdf

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?