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「火の鳥」(『ファンタジア2000』所収)を捉えなおす:『バンビ』との比較について

Ⓒ2000 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ

製作総指揮:ロイ・エドワード・ディズニー
楽団指揮:ジェームズ・レヴァイン
公開:2000年

① 序論

ウォルトディズニースタジオ第38作目の長編アニメーション『ファンタジア2000』は、1940年公開の前作『ファンタジア』ほどの評価は得ていないものの、収録短編の幾つかは人気作となっており、中でもフィナーレとして採用された「火の鳥」のクオリティは注目に値する。
 この「火の鳥」も含め『ファンタジア2000』には総評として「前作よりも分かりやすい」「理解しやすい」という声が目立つ⁽¹⁾⁽²⁾。確かに、クラシック音楽にアニメーションを付けるという企画上の特性を考えても、複雑な設定や台詞に依存した展開を作ることは難しいだろうし、事実『ファンタジア2000』を物語性のある映像作品として考えた場合、物語構造が一目で把握できる分かりやすさは特徴として挙げても良いだろう。

 しかし、特に「火の鳥」に関しては、シンプルなストーリーに油断していると物語上重要なポイントを見落としたまま鑑賞してしまうことになると私は考えている。本論は、物語として語られることの少ない「火の鳥」(『ファンタジア2000』所収)を同じくディズニー長編アニメーションである『バンビ』、および原作小説『バンビ:森の、ある一生の物語』と比較しながら捉えなおし、作品批評に新たな視座をもたらすことを目的とする。

② 軽んじられた牡鹿

まずは「火の鳥」の粗筋を整理したい。前述のように、本作は物語としての要素は最小限で、春の精霊の目覚め、火の鳥による破壊、そして再び蘇る春の精霊、という3段階に分かれたシンプルな構成となっており、登場キャラクターも春の精霊、火の鳥、牡鹿の3体だけである。
 この3体のキャラクターの中でも春の精霊と火の鳥は対存在として解釈される場合が多い。例えば2024年6月現在「火の鳥」の概要について、(参考資料としては心許ないが)wikipediaには「自然の誕生、滅び、復活を描いた壮大な作品。火の鳥はここでは悪役として登場」と記されており、ここからも自然の誕生と復活を担う春の精霊と滅びを担う火の鳥が対存在として捉えられていると分かるだろう。作中のナレーションでも「火の鳥」は「生と死と再生の物語」と紹介されており、公式で春の精霊と火の鳥の二項対立を中心にストーリーを展開させようと試みていたことを感じさせる。
 しかし、この単純な二項対立には牡鹿の存在を無視している、あるいは軽んじているという大きな問題が存在する。牡鹿はディズニー最初の長編アニメーション『白雪姫』にて早くも登場し、5作目の『バンビ』で主役を担うほど、(初期)ディズニー映画における森の営みを象徴する存在である。その牡鹿が春の精霊と火の鳥の二項対立に果たしている役割を考慮することは、作品全体の理解において重要ではないだろうか。
 次章では、「火の鳥」がディズニー映画『バンビ』を連想させる物語として機能していることを前提に、ディズニー映画版『バンビ』と原作版『バンビ:森の、ある一生の物語』を比較していきたい。

③ 宗教的精神の発生と退行

「火の鳥」製作にあたりディズニー版『バンビ』(以下『ディズニー版』)への目配せがあったであろうことは想像に難くない。牡鹿の存在、季節の循環、クライマックスの山火事は全て「火の鳥」と『ディズニー版』に共通するモチーフである。
 この『ディズニー版』だが、原作版『バンビ』(以下『ザルテン版』)からキャラクター、舞台、ストーリー、テーマ、鹿の種類に至るまで(ザルテン版はノロジカ、ディズニー版はオジロジカ)あらゆる要素が大きく改変された物語となっている。特に『ザルテン版』終盤において顕著となる宗教性を削った点は、『ディズニー版』の作風を決定付ける大きな改変と言えるだろう。
 本論全体の結論は、『ディズニー版』にて削らざるを得なかった『ザルテン版』の宗教性を自然な形で落とし込むことに成功した作品が「火の鳥」ではないか、というものである。

 まずは『ザルテン版』における宗教性について整理する。『ザルテン版』は子鹿の成長物語としての側面が強い『ディズニー版』とは異なり、大人になったバンビが全てを失っていく無常感とその先の宗教的光明に焦点を当てた作品と言える。主人公バンビは終盤、絶対的な捕食者だと信じていた人間(作中では「あいつ」呼称)の死体を発見し、人間よりも更に上の存在がいることを実感する。

バンビは赤くなりながら、震える声でいいました。「別の方がわたしたちみんなの上に……わたしたちの上に、そして、あいつの上におられるのだと」

上田真而子訳、p.303

あらゆるものの上に平等に君臨する神という一神教的な発想にバンビが思い至ったことを考慮すれば、バンビの一生はキリスト教的意識の発生段階をなぞっていると解釈できるだろう。
 しかし、宗教の発生を連想させるこの段階まで描いてしまった『ザルテン版』はもはや一匹の牡鹿の物語の枠からはみ出していると指摘できる。過剰な擬人化を前提としないリアリスティックなストーリーはこの不自然とも言える宗教性の介入により破綻したとすら言える。

 『ディズニー版』製作陣も上記の問題点に留意したと考えられる。『ディズニー版』には宗教的イデオロギーを感じさせる場面がない。宗教性を削ることで『ディズニー版』は『ザルテン版』の課題であった不自然性を克服し、一匹の子鹿の成長物語として違和感のない作品となったのではないだろうか。

 宗教的イデオロギーの欠如が意味するものは、よりプリミティブな精神性への回帰である。『ザルテン版』において不自然な発達を見せたバンビの精神性は、『ディズニー版』への書き換えの過程で神の概念が介入しないプリミティブな状態へと退行する。いわば、精神の発達に一旦リセットがかけられたわけであり、ここからいかなる方向にも発達しなおすことが可能なフラットなモチーフに「浄化」されたとも言えるだろう。

 では、プリミティブな状態にリセットされたディズニー映画の牡鹿表象は、どのような形で再発展を見せたのであろうか。その結論に至る前段階として、次章では「火の鳥」における牡鹿の役割を改めて確認すると共に、春の精霊との共犯関係について指摘する。

④ アニミズム的循環構造

実は、以下2点の理由により、前提として疑われることすらなかった「火の鳥」の二項対立(春の精霊=生/火の鳥=死)はそれのみで完結する自立した構造を有しているとは断言できなくなっている:
【理由①】春の精霊の「殺生」描写
【理由②】牡鹿の役割

 まずは【理由①】春の精霊の「殺生」描写について。死と破壊をもたらす火の鳥に対照するキャラクターであるはずの春の精霊のとった行動には、一箇所だけ本来の役割とは正反対の「死」をもたらすものがある。それは、自らが咲かせた青い花が気に入らず、その花を「消滅させて」黄色い花に作り替える場面である。この行動によって、春の精霊は絶対的な生の象徴の地位を自ら手放しているようにも感じられる。
 しかし、春の精霊が司る生の形がアニミズム的コードに則っていると解釈すれば、この問題は解消される。つまり、青い花や黄色い花を個々の主体として捉えるのではなく、春の精霊を通じた循環構造の中にあると見なせば、春の精霊の殺生も「命の循環を促す行為」として好意的に読み解くことが可能となる。端的に言えば、春の精霊はアニミズム的な機能である。この仮説を基に、話題を【理由②】牡鹿の役割に移したい。

 牡鹿の役割はアニミズム的営みの起点になることであると考えられる。「火の鳥」において、春の精霊=正常な生命の循環を生み出しているのは常に牡鹿の吐息である。物語冒頭、牡鹿は泉の奥にある洞窟に入り、氷柱に息を吐いて春の精霊を目覚めさせる。そして物語終盤、火の鳥により壊滅した森の中で、牡鹿は再び灰に息を吐くことで春の精霊を蘇らせる。春の訪れ/死からの復活と場面の意味合いには大きな乖離があるが、起きている事象は驚くほど共通している。春の精霊の機能は牡鹿によって解放されているのである。
 つまり、春の精霊は単体ではアニミズム的機能を果たすことができない可能性が高い。彼女が正常に機能するにはきっかけが必要であり、その役割を牡鹿が担っているのではないだろうか。春の精霊と牡鹿はアニミズム的な営みにおいて共犯関係を結んでいる。そして、アニミズムを「起動」させる牡鹿の方がこの共犯関係の手綱を握っているとすら言えるのである。

⑤ まとめ:「火の鳥」における牡鹿表象

この「アニミズム的牡鹿像」はキリスト教的世界観に突き進んでいった『ザルテン版』に対する一つの回答とみなすことができる。不自然性の壁に突き当たった『ザルテン版』バンビに変わり、「火の鳥」の牡鹿にはアニミズムという新たな分岐発展先が用意されたのである。
 ディズニー映画の牡鹿表象は不自然な宗教性を削ることでプリミティブな段階に一旦は留まることとなった。しかし、「火の鳥」にてアニミズム的世界観に組み入れられることで生命の循環機能に呼応する自然な発展を遂げることに成功したと考えることができる。
 つまり、「火の鳥」は単に春の精霊と火の鳥の二項対立を描いただけの物語に留まらない。プリミティブな状態に退行したディズニー映画における牡鹿表象に『ザルテン版』とは異なる新たな地平を拓いた記念碑に位置付けるべき重要な作品なのではないだろうか。

【参考】
(1) おときち「ディズニー映画語り:ファンタジア2000」『すきなものしか語れない』2024.6.17 (2024.6.30 最終アクセス). https://ameblo.jp/yuzupill/entry-12803302899.html
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