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描くこと。つくること。

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色を愛でる。 線を揺らす。 絵の中にあるもの。
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Perfect is not perfect.

Perfect is not perfect.

コンピューターを疑う。
それはじんわりと、目からウロコだった。

画像にテキストを入れる際に、文字と文字の間隔を調整する。
これまでも、ざっくり全体的な広狭を調節することはあったけれど、文字ひとつひとつを見ることはなかったかもしれない。
先日、職場の方にデザインツールの操作法を教えていただいたときの話。
隣り合う文字の組み合わせによって、その間隔はまちまちだから、そこを整えることが大切だと。
おそ

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『鼻かすめる音』

『鼻かすめる音』

気持ちよく晴れ渡っていても、なにか陽の加減が違う。
まだ湿度と熱の残る風の中に、ひんやりとしたものがひと筆ほど混じる。
市松模様のような田畑に目を凝らすと、さらさらと今年の実りが揺れていた。

夏が過ぎると、どうにも世の中が薄寂しい気配に満ちてくるのはなぜだろう。
夏には夏の、冬には冬の得るものがある。
それは味覚であったり、誰かとの再会であったり、手を伸ばして求めたものであったり。
日ごと肌に感

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掌上の足踏み

掌上の足踏み

もうすこしで完成しそうなものも、際になると急にその姿がぼやけてくることがある。
本当にこれで仕上げてよいものか。
あとわずか、手をかけた方がもっとよくなるのではないか。
髪の毛を一本だけ引っ張られるような、ちくりとした感覚。

完全に仕上がるまでは誰にも見せたくない性分も手伝って、結局最後までああでもない、こうでもないと手直ししたりする。

私のようなちいさなものをつくっている人間でもこうなのだか

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机の上に労いを。

机の上に労いを。

やる気を出して行動したことが、どれも漏れなく不発に終わるときがある。
その不運は一日だけだったり、数週間続いたり。
本当に嫌になる。
最終的に、やはり向いていないのだという定型の着地点が待っている。
「魔女の宅急便」のウルスラ曰く。
描いて描いて描きまくる。
(それでだめなら)描くのをやめる。

当たり前かもしれないけれど、それに尽きる。
二、三時間粘ったところで、何も進まない日もある。

筆のせ

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育つ絵。

育つ絵。

引出しの中にはだいたいいつも描きかけの絵があって、時折思い出したように描く。
キャンバスなんて大層なものではなくて、ただの厚紙の切れ端。
もしかすると、落描きに近いかもしれない。

以前は、けっして人に見られたくないものだった。
見た人が不愉快になるかもしれない。
内心バカにしているかもしれない。
描きながら、誰かがやってきたらすぐに、さっと隠せるように描いていた。
だから私の絵はちいさい。

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ガラス越しの絵

ガラス越しの絵

昔から、芸術家とかアーティストという言葉があまり好きではない。
それは本質的な意味に対してではなく、きっと芸術家やアーティストというものに対する侮蔑的な価値観に接することが、幾度となくあったせいかもしれない。

アート分野においては優れた力を持っていても、人間性や社交性ではひと癖ある、付き合いづらい、利己的、偏屈。
たしかに、そういう一面もありがちなのかもしれない。
けれど、芸術に向き合っていると

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描けば都

描けば都

台紙が好きだ。
メモ帳や画用紙、スケッチブック、ノートの最後にかならず控えている厚紙。
どうかすると、そのものよりも台紙ばかり取り置いてしまう。
だいたいはグレーだったり、無漂白紙のような荒くざらついた紙質だったり。
ブツブツとした表層はどこか武骨で素朴で、それがまたなんともいえず惹かれるのである。

本来ならば書かれることのない紙。
そのくせ、いちばんどっしりと構えている。
紙は普通、下敷きや相

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blanks

blanks

私のつくったものを見た人に、しばしば、「和を感じる」と言われることがあった。
まったく意識していないし、いつからか「和」とか「和風」という言葉にある種の反発を感じていたせいか、その時は正直、少々複雑な気持ちだった。

けれども、あらためて思い返してみる。

昔から模様を見るのが好きだった。
外国のもの、自国のもの、新しいもの、古いもの。
この国の模様は不規則なものが多い。
強弱、遠近、大小、差異を

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なぜかわからないことを探す。

なぜかわからないことを探す。

先日、鷺を見た。
とくに珍しくはない。
歩いて10分ほどの川は、青鷺の棲み処になっている。
けれどもなぜか、いつも見かける鷺が、その日はやけに美しく感じたのだ。
スッと伸びた足、筆で描いたような冠羽、流れるような躰。
無駄がない。
余計なものがない。
それは美しさを感じるうえでとても信頼しやすい理由かもしれない。
自然は無駄がない。

そうなると、人も自然であれば美しいということになるのか。
では

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lovable tiny ones

lovable tiny ones

大きなものをつくることと、ちいさなものをつくることは、概して、前者のほうが求められがちだと常々感じる。
大は小を兼ねる。
小は兼ねられてしまうのだ。
はたして本当にそうだろうか。

私はちいさな絵ばかり描いている。
壁一面に描かれる絵画のように、人を圧倒させる迫力もない。
でも、てのひらに納まるほどの絵でも、目を凝らしてみると、片隅にささやかな発見がある。
そんなちいさな絵。

私はちいさなものば

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ミッドナイトブルー考

ミッドナイトブルー考

日が沈んですぐの間、一瞬だけ雲が青黒く染まる時間がある。
しばらくして、本当の夜が来ると、雲はまた元の白んだ姿に戻ってゆく。

子どもの頃、宇宙は群青色だと思っていた。

深い深い青。
紺色のような、藍色のような。

地上から見た空は、取り巻く雲を通して見た宇宙。
白を透かして見る群青。
だから、青い空なのだと思っていた。

雲がない日は青が濃い。
雲が濃い日は薄青い。

大人になって、光の波長と

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彩るための質疑応答

彩るための質疑応答

色はいつも近くにある。
絵を描くときも、ものをつくるときも。
でも、色に頼り過ぎてはいけない、とどこかで思う。

買ってきた色は、ほどよく整えられていて、私が何も手を加えなくてもとてもきれいなものができる。
それは素晴らしいことだ。

でも、それは私が創った色ではない。
そんなひねくれたことを、どこかで考えている。
そうこうしているうち、どんな色を使えばいいのかわからなくなってくるから厄介だ。

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あたまに育つもの

あたまに育つもの

私はよく植物らしきものを描いている。
スケッチとか写実画ではないし、自然界には存在しない草花ばかり。

植物は好きだけれど、庭先やベランダでいくつもプランターを並べるタイプでもない。
育てるというより、歩いていて、ふと目に留まるくらいの距離感がいい。
私はすこし目が悪いので、離れたものはあまりちゃんと見えていない。
眼鏡は持っている。
でもかけるほどでもないか、と思っているうちに、結局かけなくなっ

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