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エッセイ他

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長めの詩と、物語と、ポエムの延長線上にあるエッセイと。
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#詩

【詩】愛されて

【詩】愛されて

それが愛だと言うのなら
愛とは致死の毒でしょう

僕のためを思ってと
届けてくれた言葉なら
どうかもう見放して

わかってるよ
わかってたってできないんだ
愛されて育ったあの子みたいに
上手に笑いかけられないよ

愛に恵まれて育った子
優しく愛情深い親
……という役名
あなたの中では真実なのかな

仮面の裏では飢えているよ
都合が良いときの優しさじゃなくて
媚びるための笑顔じゃなくて
いつも変わら

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僕は土になりたい

僕は土になりたい

 生命の循環する土に還りたい。

 そして何か美しいものを育みたい。

 僕に根を下ろして善いものを吸い尽くし、輝かしい花を咲かせてほしい。

 僕が花になることはできない。代わりに光を蓄える。朽ちて大地を豊かにできるように。

 土壌になるために書いている。

 自分で自分を耕して、掘り起こし、混ぜ返し。

 死んで腐った僕の残骸から、あなたの根が養分を探し当てられるように。

 まだ足りない。

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エッセイこわい

エッセイこわい

 エッセイは怖い。我が身に密着し過ぎているから。創作だからと逃げることも、架空の人物の陰に隠れて腹話術で話すことも許されない。エッセイに書いたことはそのまま自分の中身と解釈される。間違ったことを書いて責められるのも、誰かの感情を逆撫でして嫌われるのも自分。

 腹の中にあるものを隠して善人ぶっていない、正しいとされる価値観を振りかざしていない、むき出しの自分を知られるのが何より恐ろしい。そういう風

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sample: 1

sample: 1

 サンプル;n=1

 再現性のない 一度きりの実験

 サンプル;n=1

 確率0.1% 私には100%

 サンプル;n=1

 実験条件不明 不確実性=∞

 サンプル:私
 期間:生まれて死ぬまで
 目的:まだわからない

人を殴れるようになりたい

人を殴れるようになりたい

 人を殴れるようになりたい
 透明な膜状の国境を破り
 領海を侵して
 相手の確かな肉と骨に
 自分の確かな肉と骨をぶつけて
 生身を知られる恐れを越え
 あなたなら受け止められるという
 その信頼で殴りたい

 人と殴り合えるようになりたい
 征服ではなく、勝負でもなく
 鹿を最も深く知るのは狼であるように
 狼を最も深く知るのは鹿であるように
 肌を羽でなぞるのではわからない
 深奥の血肉の脈

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フェミニズムとの離別

フェミニズムとの離別

 女らしくと強いられたくない
 女子力高いと褒められたくない
 歩く女性器と思われたくない
 女だからと低く見るな
 違う生き物として見るな

 隠されていた枕詞は
 「僕だって男なのに」

 胸の中に嫉妬の巣を見つけてしまった僕は
 「女を馬鹿にするな」ともう叫べない
 僕はその主体ではない
 女の怒りは女の手に

 僕は僕だけの孤独な怒りで
 向こう岸を眺め遣る

 男と女の間の断絶
 その谷

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不安

不安

 嫌だ要らない手放したいって君は言うけど、本音では僕が必要なんでしょ?

 僕が君を離さないのは、君が僕を呼んでいるから。

 不安でいないのが不安だから。

 僕は君を守っているよ。

 傷付く言葉、冷たい視線、体調不良、事故に災害。目隠しで見る未来の闇。

 いつも最悪を予測して、備えろと君を急き立てる。

 僕の予言が外れても、君は良かったと喜ぶだろう。

 僕の予言が当たっても、君は充分な

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あなたは困っていないから

あなたは困っていないから

 僕がどうして無理になったか、あなたにはわからないでしょう

 一言で言うなら、あなたが困っていなかったから

 僕が困っていることで、あなたは困っていなかったから

 僕が痣を作っていることは、あなたもとっくに知っていた

 僕が血を流している理由をあなたはもちろんわかっていた

 あなたが歩く動線に僕がたまたまいたのが悪い

 あなたが腹いせに投げたナイフの軌道に僕が入ったのが悪い

 僕が豆

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優しい人は笑えない

優しい人は笑えない

 昔は何だって笑えてた

 なんにも知らなかったから

 おかしな格好のどこかのピエロがどったんばったん踊っても

 おもちゃの兵隊がおもちゃの爆弾でブリキの手足をもがれても

 僕らはお腹を痙攣させて笑った

 そのうち僕らは気付いてしまう

 ピエロは十年後か明後日か次の瞬きの後の僕らで

 兵隊には血と肉と神経があって

 どうしようもなく痛んでいること

 共鳴した痛みはもう笑えない

 

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別れを告げる

別れを告げる

 恋は冷める

 憧れは幻滅に変わる

 好きは嫌いに反転する

 では移ってしまった情はどうすれば消し去ることがてきるだろう

 トマトとピーマンと椎茸が嫌いな君

 何時間も目覚ましを鳴らす君

 仕方ないなと最後は笑って、君のどうしようもないところも愛おしんだ

 その時間は僕を構成するブロックの一つになっている

 外して残る空洞をどうやって埋めればいい?

 君が僕を嫌いになって、お前な

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彼の新しい犬

彼の新しい犬

 ケーキボックスみたいな紙の箱の中からキャンキャンと甲高い声が聞こえる。

 片頬を上げて「買ってきちゃった」と言う彼。全身の筋肉が弛緩して重たい泥のように溶けていく。開きかけた口は貝のように閉ざす。抵抗してももう無駄だ。

 箱から取り出したふわふわの子犬を彼は僕の膝に乗せる。君によく似た濃い琥珀色の目と、君に似ていない垂れた耳。覚えのある体温。

 君の定位置だったあの窓辺で、君が寝ていた空色

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バスタブの下の地獄(虫を殺す話)

バスタブの下の地獄(虫を殺す話)

 バスタブに満ちるピンク色の海、ゴム栓の裏の奈落。

 生温い汚水から這い上がっても、柔らかいようでいて歯を立てるには硬過ぎるゴムの天井が立ちはだかる。

 筒に封じ込められた高濃度の闇。もがき疲れて溺れるか、少ない酸素が尽きて窒息するか。

 そこに彼あるいは彼女を突き落としたのは僕だ。

 空飛ぶ小豆のような塊が目に入り、何も考えず手に持っていたシャワーを向けた。

 放出される無数の水滴はそ

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あなたは死ぬまで知らなくていい

あなたは死ぬまで知らなくていい

 あなたを好きになりたかった。

 あなたを好きな私でいたかった。

 あなたを愛する見返りに、あなたに愛してほしかった。

 真冬の川に飛び込めともし言われたら、私は飛び込む覚悟があった。

 あなたを喜ばせるためならば、辱めにも耐えられた。

 あなたに命じられたなら、

 それが望ましいことなのだと、当たり前だと言われたなら、

 行間の期待を読み取りさえしたら。

 足を引っ張るわがままを

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家の剥製(住む人のいなくなった家の話)

家の剥製(住む人のいなくなった家の話)

 住む人を亡くした家に介錯人が自転車で来て、内臓をトラックに運び出し、緑の衣服を切り倒し、家を剥製にしてしまった。

 介錯人たちが去った後、便りを受ける鼻を塞がれ、裸に剥かれている他は、以前と変わらないようにも見えたけれど、その実やっぱり空っぽなのだ。

 血も肉もなくしてしまった、骨と皮だけの張りぼての家。何も巡らない、風化を待つだけの物体。

 生皮はまだ湿っている。

 灰色に腐ったサボテ

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