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何度も読み返したい素敵な文章の数々vol.10

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#小説

【「なるほどですね!」が耳につく】

【「なるほどですね!」が耳につく】

 稀に耳にするのだけど、

 「なるほどですね!」という言葉。

 前提として、僕が正しい日本語をちゃんと使えているのかと言われても、「使えてるよ!」と返せる自信はない。それを前置きとさせて下さい。

 ビジネスシーンなどでそういった言葉を聞くことがあるのですが、僕はその「なるほどですね!」がどうしても気になって仕方ない。

 もちろんこれは日本語として間違っている。(間違っている日本語だったとし

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【短編】ピッチ・ドロップ

【短編】ピッチ・ドロップ

「では、これから撮影の方を始めさせていただきます」

 ディレクターはせわしなく動くスタッフたちを横目に据えながら、これまで何度も繰り返してきた言葉を述べた。

「映像はこちらで後に編集しますから、ゆっくり思いつくままにお話しいただければと思います。雑談をするつもりで」
「はいはい。雑談のつもりで、ね」

 車椅子の老人は力なく繰り返し、それを見たディレクターは撮影のスタートを命じた。

 老人の

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分かりやすさへの危機感

分かりやすさへの危機感

子どもの頃、好きなことにしか興味を持てなかった。

大人になってからも、子どもの頃と変わらず、興味関心の幅は狭いまま。

人の尺度はどうでもよくて、自分が心踊るものだけが大好きだった。

本を読むときも、同じようなジャンルばっかり読んでいた。

それでも、もちろん楽しいのだけれど。

でも、なんだか、自分が触れたものが、自分の幅を決めるような気もする。

だから、自分の幅を広げるために、今年はいつ

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希望は必ずしも、僕らを生かしてくれるわけじゃないけれど

希望は必ずしも、僕らを生かしてくれるわけじゃないけれど

今から9年前、15歳の時のこと。
僕は「死」をとなりに置いたことがある。

少し暖かくなってきた、冬のよく晴れた日だった。

自分は自分を守るようにできている高校1年生になって少し経った頃、僕は言葉が思うように出なくなっていた。

自分の名前すら、満足に発することができない。
言葉が頭に浮かんでいるのに、どうしても1音目が口から出てこない。
喉は詰まった排水口のようになっていて、声が自分の意図とは

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変わらない君へ

変わらない君へ

written by: 川淵紀和

レーンを流れてくる荷物を地域ごとに仕分けながら、いろんな街に思いを馳せることがある。名前も知らない街、いつか行きたいと思っている街、懐かしい街――。すべての荷物には、すべからず行き先がある。

ふと、実家の近くに向かう荷物を見つけて私は手を止めた。終業時間まであと少し、疲れも手伝って大きな息をつくと、脳裏に懐かしい顔が浮かんできた。

 ――幼馴染のひとみちゃん

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十のフォントから書いた十の瞬篇小説

十のフォントから書いた十の瞬篇小説

 ウェブには信じがたいほど親切な方々がたくさんいて、難しいソフトウェアの扱い方や、楽器の弾き方や、健康的な生活の仕方を教えてくれる。
 だから日々感謝に堪えないのだが、なかでもありがたく思っているのは、フリーフォントを提供してくださる方々の存在である。

 作成にはどう考えても膨大な時間と時間がかかっているわけで、彼ら彼女らこそヴォランティア中のヴォランティアと言えるだろう。

 何かにたいする深

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お金がないなら耳目を集めろ

お金がないなら耳目を集めろ

SNSをがんばって運用していると、もっと年上の人たちに「なんでそんなに毎日がんばってんの?お金もらってるの?」と聞かれたりする。

まぁ、1つは楽しいからやっている。正確には楽しくなるように仕組化して、楽しみながらも自分に利益が循環して、かつそれで誰かにも利益を回せるようにしたくてやっている。

もう1つは、あけっぴろげに言えば「お金がないから」だ。

言うまでもなく、SNSは初期投資がほぼ無料に

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「ブックス海」

「ブックス海」

生まれ育ったマンションのすぐ目の前に、小さな本屋さんがあった。名前は「ブックス海」。店長はちょっとクマっぽくて髪がボサボサと伸びたおじさんだった。

本屋まで歩いて10秒なんて、今思えばめちゃくちゃ贅沢な環境だが、当時子どもだった私には、電信柱とか野良猫くらいそこにあって当たり前のものだった。

小学校に入った頃から自然に「ブックス海」に入り浸った。立ち読みばかりしてたが、クマ店長は何も言わなかっ

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編集者とのちょっと不思議な打ち合わせから生まれた『誰死な』、執筆裏話公開!

編集者とのちょっと不思議な打ち合わせから生まれた『誰死な』、執筆裏話公開!

 2017年2月2日、井上悠宇氏と編集者Yは初めて出会った。
 そこからいかにして『誰も死なないミステリーを君に』が生まれていったのか——その瞬間を井上氏が綴る。

(以下、井上悠宇氏による執筆裏話)

 早川書房の編集者Yさんと初めて打ち合わせをしたとき、僕が思ったのは「それ、めっちゃうどん伸びるやん」だった。神戸にある行きつけの蕎麦屋で、僕はカレーうどんを頼み、Yさんも「同じものを」と言った。

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魔法がとけた夜のこと

魔法がとけた夜のこと

 

 22歳になるまで、わたしは自分のことを特別な子だって思いこんでいた。
 でも、絵が上手かったり、足が速かったり、これと言って才能があったわけじゃなくて、結局のところ自分が平凡な人間だと気づいたのは、思う存分若くてきれいな時間を使った後だった。
 だれのせいでそう思い込んだかと聞かれたら、間違いなく、8年前に死んじゃったママのせいだった。

 子供の頃はそれでも絵を描くことが好きで、アニメの

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神保町ブックフェスティバルにてサイン本&特製トートバック販売!

神保町ブックフェスティバルにてサイン本&特製トートバック販売!

第28回神保町ブックフェスティバルでサイン本とHAYAKAWA FACTORY特製トートバッグを販売します!

10月27日(土)、28日(日)に開催される第28回神保町ブックフェスティバルに、早川書房がブースを出店します! 今年も早川書房が誇る人気作家のみなさまにご協力いただき、新刊・既刊のサイン本をたくさんご用意したほか、好評発売中『動物農場』トートバッグのナチュラルコットンバージョンを販売し

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海外小説を読まない実作者に薦める海外短篇10選

海外小説を読まない実作者に薦める海外短篇10選

(原稿用紙換算約24枚)

 短篇小説が好きだ。とても好きだ。ものすごく好きだ。と三度繰り返すくらい、自分は短い小説が好きだ。

 短いものや小さいというのはそれだけでいいものなのだ。小さいものは持ち運べる。自分の行くところ、どこへでも持っていける。大きいものになるとそうはいかない。たいてい自分のほうがそちらに行かないといけないわけで、それもなかなか億劫ではないか。もちろんそれはそれで良さがあるし

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これからの新しい価値は「その間」から生まれていく

これからの新しい価値は「その間」から生まれていく

最近、僕にとって火曜日はなかなか大事な日になっています。一週間の間で見たり聞いたりしたことに、火を焚べる日になっています。Come on, baby, light my fireですね。

火で少し思い出したんですが、Jack Londonという作家の"To Build a Fire"という小説があって、僕はこの小説がすごく好きなんですね。簡単に内容を話すと、極北の酷寒を見誤って、旅人が火を点けら

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