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【エッセイ】結婚記念日の贈物〜父・義母、ありがとう〜 [家族親族](1230文字)

12月21日が私たち夫婦の結婚記念日ですが、2023年は、結婚記念日の前日に父から荷物が、結婚記念日の翌日に義母からメールが届きました。

それがもう、とても嬉しかったのです。

父からの荷物は、私が結婚した時に実家に忘れていってしまった思い出の品の数々や、父の保管していた、写真館で撮影した私のポートレート4冊と切手収集アルバム3冊。

私が実家に忘れていってしまった思い出の品々は、小学生の頃の原稿用紙に鉛筆で書いた作文・各学校の文集・各学校の卒業アルバム・高校の卒業証書・高校時代の授業ノート・大学時代のノート・ノートに書いたエッセイ集。

全て、昨日まで使っていたもののように綺麗な状態です。

写真館のポートレートは、3歳(母の体調不良のため、3歳で行いました)の七五三のもの2冊・8歳(2年連続で身内に不幸があったため、8歳で行いました)の七五三のもの・成人式のもの。

写真は色褪せず、綺麗でしたが、入っていた写真館名の印刷された封筒は経年劣化で変色して、端がぼろぼろ、保管されていた年月の長さと、
「いろんな人に見せたのだろうなぁ」
ということを感じさせてくれる状態でした。

個装の箱に入った切手収集アルバムは、小学生の頃に父の提案で始めた、ほとんど、父が、買って、入れておいてくれた切手コレクションのものですが、切手の状態は大変良く、
「これは父から贈られたお金なのだなぁ」
と実感しました。

届いた荷物を開けて、ひとつひとつの物を取り出して見た時、父がこれらの物を大切にしてくれていたことを感じて、私は感激しました。

写真館のポートレートなんて、父が生きている間中持っていてくれても構わないのに、高齢の父が、生きているうちに、自分で私に渡そうと思ってくれたのでしょうね。

何か、生命のバトンを渡されたような感じがしました。

義母は、夏に大ケガをして、入院して、リハビリを続けていました。

義母とはそれまで、週に1回ペースで、メールのやりとりをしていました。

結婚記念日の翌日に義母から来たメールは、義母が退院してから、メールを今までのように書けないところ、頑張って、私に書いてくれたものです。

私は、義母の入院中に、義母に、たびたび短いメールを送っていたのですが、それを喜んでいただけたのでしょうか、それに対して、義母からの短めの1通のメールには、「感謝しています」と、2回も書かれていました。

じんわり温かな気持ちになりました。

大ケガをした右目の視力が落ちたため、義母はメールを読むのが大変だったと義妹から聞き、私は、義母にメールを送って良いものか迷い、途中で休みながら、とても短いメールを、やはり週に1回ペースで書いて送っていたのですが、多少なりとも義母のお力になれたのなら、良かったです。

たぶん、2人とも私たち夫婦の結婚記念日を忘れていると思いますが、私は2人から結婚記念日に素敵なプレゼントを貰ったような気がして、とても嬉しく思いました。

ありがとう、お父さん、お義母さん。

天野マユミ

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