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#人生
『愛してる』をどう翻訳するか
告白のときに『好きだよ』の代わりに
『愛してるよ』を使う人はごく稀だ。
口が上手いプレイボーイは相手に好きっぽさを醸し出すのはお手のもんだと思うし、『好きだよ』というリップサービスをすることに抵抗は無いだろう。でも、芯からの愛してる感を醸し出すことは至難だし、出会って間もない人に対して『愛してるよ』とは言わない。
愛してるよの価値はここにあると思う。
大量生産出来ない、好意の頂点。気持ち
「まだ若いんだから」と言われていた時に うっすらと感じていた危機感の素顔
無駄にしてきた、時間を。
終わりがない気がしてきた、人生がだ。
大人になると時間の流れが早く感じると聞くが、わたしからしたらこの退屈なほどの毎日は、ただゆっくりと流れている気がした。
「前にも見たな、この景色」
そう呟くわたしは、現実とネットの世界の違いが段々とわからなくなってきていた。毎日の行動がネットの海の中だ。いつしかわたしの現実は、小さなスマホの画面の中から出られなくなっていた。
日常のふとした瞬間に溢れ出る虚無感は どうしたら埋められるのだろう
小さな幸せに気づけない。
誰とも約束が出来ないというのは人生を放棄しているようだ。
わたしは刺し殺したいほど好きな相手もいないし、刺し殺されるほど人と関わりを持っていない。電話をするほどの相手もいないし、煙草を一緒に吸ってくれる相手もいない。ほとんどの時間わたしはひとりで過ごしている。仕事をしている時は引っ切り無しに人と会話をしているが、どこか壁に向かって話をしているみたいだ。別になんの感情の跳
「大丈夫?」と聞かれたときに 大丈夫じゃない場合は何と答えるのが正解なのだろう
優しい人間でいたい、せめて。
強い言葉を使っている時、自分は弱っていると感じる。
「別に否定しているわけではないけど…」から始まる否定を何度自分の耳に流しただろう。
手の届かないところで相手の批判をして、それで勝った気になってわたしは勝手に負けにされて。それがここでの面白さでもあるし、批判している側は大してわたしのことなんて深く考えていないのだろう。ちょっと頑張ったら見えるところで人のことを
何をするかよりも、何をしないか
東京に住んでいると、なんだかいつも忙しい。常に何かをしなければいけない気がしていて、やっと休めたと思って何もしないでいれば、周りはこんなに頑張っているのに、自分は何もしていないという罪悪感で胃が痛くなる。
ほっとできる瞬間って、なぜだか少ない。時間に速いもゆっくりもないはずなのに、毎日はあっという間だ。
ちょっと外に出れば、早足で今日も誰かが歩いているもんだから、自分はこんなにゆっくり歩いていて