工藤志昇

書店員をしています。主に故郷利尻島のことなど、書ける時に随時書きます。

工藤志昇

書店員をしています。主に故郷利尻島のことなど、書ける時に随時書きます。

記事一覧

薄情者

今の仕事を始めてすぐの頃だったろうか。 職場の同僚におすすめの本を聞かれて、その時読み終えたばかりの新刊を貸した。 たしか、『怒り』(吉田修一、中央公論新社、2014…

工藤志昇
4か月前
26

案山子

着替えと数冊の本が入ったリュックサック、それと大量のお土産が詰まっている紙袋を後部座席に投げ入れ、ふーっと一息ついてからエンジンをかける。 今乗っている軽自動車…

工藤志昇
7か月前
40

最果てにて

稚内のクラーク書店中央店が6月末で閉店する、とSNSで知って驚いた。 報に触れるほんの数日前、初めて訪れたばかりだったからだ。 職場に来る出版社の営業さんに、この店…

工藤志昇
11か月前
37

エピソード

職場の目と鼻の先に、社員2人だけの小さな出版社がある。 名を寿郎社といい、2000年に創業して以来コツコツと本をつくり続けている。 去年の暮れに新刊を追加注文したとこ…

工藤志昇
1年前
112

日曜日の定説。

先日、母との電話でこんなやりとりがあった。 「俺ってさ、ちっちゃいとき母さんに読み聞かせしてもらったことないよね」 「バカかお前!しました!ももたろうでもなんで…

工藤志昇
1年前
16

件名:家を建てる人へ。

ネコノス合同会社 浅生鴨さま ダイヤモンド社 今野良介さま ご連絡がすっかり遅くなってしまい申し訳ございません。 改めまして、先日のイベントでは大変お世話になり…

工藤志昇
1年前
52

寝てはいけない。

春に軽い頚椎ヘルニアと診断されてから、週に一度整形外科へリハビリに通っている。 他の患者は私の所見だと98%が肩や腰や膝が痛みを抱えるジジババの皆さまで、若干の場…

工藤志昇
1年前
11

あたたかい冬。

向田邦子の『父の詫び状』に「子供たちの夜」という話がある。愛について、自身の記憶を辿りながら考えていくのだけれど、本書の中でも特に懐かしくあったかい話で、お気に…

工藤志昇
2年前
13

10年目のQ&A。

約1ヶ月前の第166回直木賞・芥川賞発表当日。職場のPCでニュース速報を確認した後、なんの気なしにSNSを開いてみた。受賞作決定から1時間も経っていないのに、すでに多くの…

工藤志昇
2年前
30

サンバとマエバ。

酒の味を知ったのは5歳くらいのときだった。 と書くと誤解を招くおそれがあるが、その頃から日常的に飲んでいた訳ではもちろんない。 小さい頃は毎年大晦日に、家族で寿司…

工藤志昇
2年前
23

本棚の前にある日常。

司馬遼太郎 ロビン・ウィリアムズ 黒板五郎(田中邦衛) 桜井和寿 (敬称略) これまでの人生において、私が勝手に「先生」と慕う四天王である。その中で唯一、今も現…

工藤志昇
2年前
10

POPというボケをかます。

かんそう‐ぶん カンサウ‥ 【感想文】 物事に触れて心に感じたことをつづった文章。                       『日本国語大辞典 第二版』 だそうで…

工藤志昇
2年前
163

星降る夜の覚書。

最近、よく空を見上げる。 朝起きて、ベランダに布団を干すついでに手すりに肘を置き、雲の形や動きを眺める。 あるいは、今にも夕立を連れてきそうな、茜色に染まる少し…

工藤志昇
2年前
13

私の夢が走る

夢の話を書こうと思う。 「100人の女性からいっぺんに告白されたところで目が覚めた」の方ではなく、「将来、ウルトラマンになりたい!」の方の夢だ。 今でも、ウルトラマ…

工藤志昇
2年前
12

黄金のトラックは私たちをつなぐ。

世の中というのは、「きっかけがなければ一生知ることのない人やモノ」で溢れかえっている。 死ぬほど当たり前のことを書き出しにしてしまった。 札幌の高校に進学して野…

工藤志昇
2年前
8

「心」の距離。

今年に入って2回目の『北の国から』ひとり鑑賞会を開催している。 これまではDVDでレンタルしていたのだけれど、どこの店舗へ行っても必ずどこかの回が貸出中になっており…

工藤志昇
2年前
11
薄情者

薄情者

今の仕事を始めてすぐの頃だったろうか。
職場の同僚におすすめの本を聞かれて、その時読み終えたばかりの新刊を貸した。
たしか、『怒り』(吉田修一、中央公論新社、2014)の上下巻だった。
数日後、深刻な表情を浮かべたその同僚から、予想外のコメントとともに本が返ってきた。
「大丈夫?なんか悩んでるの?」
まったく心当たりが無いのでよくよく聞いてみると、表紙は擦れてるわ、ページのあらゆる箇所に折れ目がつ

もっとみる
案山子

案山子

着替えと数冊の本が入ったリュックサック、それと大量のお土産が詰まっている紙袋を後部座席に投げ入れ、ふーっと一息ついてからエンジンをかける。
今乗っている軽自動車は、スマホで再生した音楽がBluetoothで繋がり、車内のオーディオで聴けるようになっている。
大抵は好きなアーティストの曲だけを永遠に流すのだが、気が向いた時は選曲をスマホに任せて、ランダムで再生することにしている。

一人での長距離運

もっとみる
最果てにて

最果てにて

稚内のクラーク書店中央店が6月末で閉店する、とSNSで知って驚いた。
報に触れるほんの数日前、初めて訪れたばかりだったからだ。

職場に来る出版社の営業さんに、この店の話は聞いていた。
地方の書店の中でも品揃いが良く、従業員も人当たりの良い方ばかりだというので、1度は行かねばと思っていた。

稚内は、雪のない時期に帰省する際は必ず立ち寄る中継地点である。
立ち寄ろうと思えばとっくの昔にできたはずな

もっとみる
エピソード

エピソード

職場の目と鼻の先に、社員2人だけの小さな出版社がある。
名を寿郎社といい、2000年に創業して以来コツコツと本をつくり続けている。

去年の暮れに新刊を追加注文したところ、翌日その本がレターパックで店に届いた。
距離が近いため直接持ってきてくれることが多いのだが、この時は受領書返送用の封筒が同封されていた。
どうせなら昼休憩のついでにと、伝票を持って事務所を訪ねた。
社長の土肥さんが、1人で作業を

もっとみる
日曜日の定説。

日曜日の定説。

先日、母との電話でこんなやりとりがあった。

「俺ってさ、ちっちゃいとき母さんに読み聞かせしてもらったことないよね」
「バカかお前!しました!ももたろうでもなんでも、全部母さんがあんたがた(注:兄2人と私)に読んでやってたんだからね!ふざけんなよテメェこら!」

ほんの軽い気持ちで聞いたつもりだった。
いつものなんてことない会話の延長線で。
「お前」「あんた」「テメェ」。
3種類もの二人称を使って

もっとみる
件名:家を建てる人へ。

件名:家を建てる人へ。

ネコノス合同会社 浅生鴨さま
ダイヤモンド社 今野良介さま

ご連絡がすっかり遅くなってしまい申し訳ございません。

改めまして、先日のイベントでは大変お世話になりました。
かねてより憧れを抱いていたお2人にお会いできたこと、そしてお2人が手がけられた1冊の本を通じて、参加者の皆さまと楽しい時間を過ごせたこと、大変幸せに感じております。

当初は、職場のパソコンから、浅生さんと今野さんそれぞれにお

もっとみる
寝てはいけない。

寝てはいけない。

春に軽い頚椎ヘルニアと診断されてから、週に一度整形外科へリハビリに通っている。
他の患者は私の所見だと98%が肩や腰や膝が痛みを抱えるジジババの皆さまで、若干の場違い感は拭えない。
加えて、診断を受けたときに、「6ヶ月通ってもらって、もう一度MRI受けてみましょう」と言われた。

(ろ、ろっかげつ!?……どっかのタイミングで雲隠れするか…)

と一度は目論んだものの、罪悪感と、真面目で優しいリハビ

もっとみる
あたたかい冬。

あたたかい冬。

向田邦子の『父の詫び状』に「子供たちの夜」という話がある。愛について、自身の記憶を辿りながら考えていくのだけれど、本書の中でも特に懐かしくあったかい話で、お気に入りの文章である。

私は文芸評論家ではなく文学研究者でもなく、平凡以下の読者であり書店員に過ぎないから、「懐かしくあったかい」ぐらいの感想しか述べられない。せめて、「懐かしくあったかい」とはどういうことだか考えてみることにする。



もっとみる
10年目のQ&A。

10年目のQ&A。

約1ヶ月前の第166回直木賞・芥川賞発表当日。職場のPCでニュース速報を確認した後、なんの気なしにSNSを開いてみた。受賞作決定から1時間も経っていないのに、すでに多くの書店が特設コーナーの写真をあげていた。

売場面積やスタッフの数、自分が働いているここより規模が小さい店もあるだろう。彼らが急拵えのPOPや看板の下に商品を並べ、店をあげて年に2回の権威ある文学賞を祝おうと駆け回る様子を想像した。

もっとみる
サンバとマエバ。

サンバとマエバ。

酒の味を知ったのは5歳くらいのときだった。
と書くと誤解を招くおそれがあるが、その頃から日常的に飲んでいた訳ではもちろんない。

小さい頃は毎年大晦日に、家族で寿司を食べながら紅白を観た。
番組が終わって「ゆく年くる年」が始まると、祖父、祖母、兄2人と共に厚手の防寒具を着込む。初詣に出かけるためだ。
初詣と言っても、人が大勢集まるような場所ではない。家から300mくらいの距離にある、この集落のさび

もっとみる
本棚の前にある日常。

本棚の前にある日常。

司馬遼太郎

ロビン・ウィリアムズ

黒板五郎(田中邦衛)

桜井和寿

(敬称略)

これまでの人生において、私が勝手に「先生」と慕う四天王である。その中で唯一、今も現役で突っ走っているのが、モンスターバンドMr.Childrenのヴォーカル桜井さんだ。「そんなこと言ったら五郎さんだって、今も麓郷の山の中で慎ましい生活を続けているはずだ!」という声が聞こえてくるのだが、話がややこしくなるので今は

もっとみる
POPというボケをかます。

POPというボケをかます。

かんそう‐ぶん カンサウ‥ 【感想文】
物事に触れて心に感じたことをつづった文章。
                      『日本国語大辞典 第二版』

だそうです。それを書きます。

​約1ヶ月前、この本が職場のビジネス書ブックトラックに乗っていた。思っていたよりも配本が少なくて3秒ほど躊躇した。でも発売前から楽しみにしていたから、担当者が売り場に出す前に1冊かっぱらうことにした。念のため言

もっとみる
星降る夜の覚書。

星降る夜の覚書。

最近、よく空を見上げる。

朝起きて、ベランダに布団を干すついでに手すりに肘を置き、雲の形や動きを眺める。
あるいは、今にも夕立を連れてきそうな、茜色に染まる少し不穏な雲と、その下にある青空との境界に向かって、数羽のカラスが飛んでいくのを眺めたりもする。

目的はない。
たいていは何も考えずぼーっと見上げるだけだ。

思い返すと、日本中に自粛が呼びかけられた去年の春頃から、その回数が増えた。

S

もっとみる
私の夢が走る

私の夢が走る

夢の話を書こうと思う。
「100人の女性からいっぺんに告白されたところで目が覚めた」の方ではなく、「将来、ウルトラマンになりたい!」の方の夢だ。

今でも、ウルトラマンになりたいこどもっているのだろうか。
そもそもウルトラマンというのは背中にジッパーが・・・

あ、違う。そんな話じゃなかった。



幼いころの「将来の夢」というのは、それを持つきっかけも、あきらめる瞬間も、どこか曖昧であることが

もっとみる
黄金のトラックは私たちをつなぐ。

黄金のトラックは私たちをつなぐ。

世の中というのは、「きっかけがなければ一生知ることのない人やモノ」で溢れかえっている。
死ぬほど当たり前のことを書き出しにしてしまった。

札幌の高校に進学して野球部に入ったこともあり、クラスの中では割と活発なグループに属していた。
だからといって決して私自身がイケイケだった訳ではない。
それは初期のあだ名が「リシリ」だったことからも容易に想像がつくと思う。
同じく野球部の同級生で、胆振の伊達市か

もっとみる
「心」の距離。

「心」の距離。

今年に入って2回目の『北の国から』ひとり鑑賞会を開催している。

これまではDVDでレンタルしていたのだけれど、どこの店舗へ行っても必ずどこかの回が貸出中になっており、一通り観るのにエラく時間がかかっていた。札幌のどこかに、年中借りて観ている猛者が、確実に数人存在している。

観たいと思った時に観れないのが辛すぎて、ついに「FODプレミアム」に加入してしまった。『北の国から』を観るためだけに加入し

もっとみる