工藤志昇

書店員をしています。主に故郷利尻島のことなど、書ける時に随時書きます。

工藤志昇

書店員をしています。主に故郷利尻島のことなど、書ける時に随時書きます。

最近の記事

薄情者

今の仕事を始めてすぐの頃だったろうか。 職場の同僚におすすめの本を聞かれて、その時読み終えたばかりの新刊を貸した。 たしか、『怒り』(吉田修一、中央公論新社、2014)の上下巻だった。 数日後、深刻な表情を浮かべたその同僚から、予想外のコメントとともに本が返ってきた。 「大丈夫?なんか悩んでるの?」 まったく心当たりが無いのでよくよく聞いてみると、表紙は擦れてるわ、ページのあらゆる箇所に折れ目がついてるわ、とにかく借りた本の状態がひどかったと言うのだ。 どうやら、私が何らかの

    • 案山子

      着替えと数冊の本が入ったリュックサック、それと大量のお土産が詰まっている紙袋を後部座席に投げ入れ、ふーっと一息ついてからエンジンをかける。 今乗っている軽自動車は、スマホで再生した音楽がBluetoothで繋がり、車内のオーディオで聴けるようになっている。 大抵は好きなアーティストの曲だけを永遠に流すのだが、気が向いた時は選曲をスマホに任せて、ランダムで再生することにしている。 一人での長距離運転はあまりに暇なものだから、色々と妄想をする。 最近なんかは、「全国3000人に

      • 最果てにて

        稚内のクラーク書店中央店が6月末で閉店する、とSNSで知って驚いた。 報に触れるほんの数日前、初めて訪れたばかりだったからだ。 職場に来る出版社の営業さんに、この店の話は聞いていた。 地方の書店の中でも品揃いが良く、従業員も人当たりの良い方ばかりだというので、1度は行かねばと思っていた。 稚内は、雪のない時期に帰省する際は必ず立ち寄る中継地点である。 立ち寄ろうと思えばとっくの昔にできたはずなのだが、なぜそうしなかったのか、今さらになって悔やんでいる。 これには帰省への

        • エピソード

          職場の目と鼻の先に、社員2人だけの小さな出版社がある。 名を寿郎社といい、2000年に創業して以来コツコツと本をつくり続けている。 去年の暮れに新刊を追加注文したところ、翌日その本がレターパックで店に届いた。 距離が近いため直接持ってきてくれることが多いのだが、この時は受領書返送用の封筒が同封されていた。 どうせなら昼休憩のついでにと、伝票を持って事務所を訪ねた。 社長の土肥さんが、1人で作業をしていた。 「わざわざすみません。新刊の準備が立て込んでいて、ろくに外出もでき

          日曜日の定説。

          先日、母との電話でこんなやりとりがあった。 「俺ってさ、ちっちゃいとき母さんに読み聞かせしてもらったことないよね」 「バカかお前!しました!ももたろうでもなんでも、全部母さんがあんたがた(注:兄2人と私)に読んでやってたんだからね!ふざけんなよテメェこら!」 ほんの軽い気持ちで聞いたつもりだった。 いつものなんてことない会話の延長線で。 「お前」「あんた」「テメェ」。 3種類もの二人称を使ってエラい剣幕で怒鳴る母に対して、 「すみませんでした!」 と言い残し、慌てて電話を

          日曜日の定説。

          件名:家を建てる人へ。

          ネコノス合同会社 浅生鴨さま ダイヤモンド社 今野良介さま ご連絡がすっかり遅くなってしまい申し訳ございません。 改めまして、先日のイベントでは大変お世話になりました。 かねてより憧れを抱いていたお2人にお会いできたこと、そしてお2人が手がけられた1冊の本を通じて、参加者の皆さまと楽しい時間を過ごせたこと、大変幸せに感じております。 当初は、職場のパソコンから、浅生さんと今野さんそれぞれにお礼のメールをお送りするつもりでおりました。 しかし書いている途中で、このメールは

          件名:家を建てる人へ。

          寝てはいけない。

          春に軽い頚椎ヘルニアと診断されてから、週に一度整形外科へリハビリに通っている。 他の患者は私の所見だと98%が肩や腰や膝が痛みを抱えるジジババの皆さまで、若干の場違い感は拭えない。 加えて、診断を受けたときに、「6ヶ月通ってもらって、もう一度MRI受けてみましょう」と言われた。 (ろ、ろっかげつ!?……どっかのタイミングで雲隠れするか…) と一度は目論んだものの、罪悪感と、真面目で優しいリハビリ担当の先生に後ろ髪を、いや首を引っ張られてしまい、何とか通い続けることができて

          寝てはいけない。

          あたたかい冬。

          向田邦子の『父の詫び状』に「子供たちの夜」という話がある。愛について、自身の記憶を辿りながら考えていくのだけれど、本書の中でも特に懐かしくあったかい話で、お気に入りの文章である。 私は文芸評論家ではなく文学研究者でもなく、平凡以下の読者であり書店員に過ぎないから、「懐かしくあったかい」ぐらいの感想しか述べられない。せめて、「懐かしくあったかい」とはどういうことだか考えてみることにする。 ー 利尻空港にはボーディング・ブリッジなどないから、厳寒の地上を全速力で駆け抜けて到

          あたたかい冬。

          10年目のQ&A。

          約1ヶ月前の第166回直木賞・芥川賞発表当日。職場のPCでニュース速報を確認した後、なんの気なしにSNSを開いてみた。受賞作決定から1時間も経っていないのに、すでに多くの書店が特設コーナーの写真をあげていた。 売場面積やスタッフの数、自分が働いているここより規模が小さい店もあるだろう。彼らが急拵えのPOPや看板の下に商品を並べ、店をあげて年に2回の権威ある文学賞を祝おうと駆け回る様子を想像した。おそらくそこには、本を売る以上の「書店員の意志」みたいなものがあるのだろうなと、

          10年目のQ&A。

          サンバとマエバ。

          酒の味を知ったのは5歳くらいのときだった。 と書くと誤解を招くおそれがあるが、その頃から日常的に飲んでいた訳ではもちろんない。 小さい頃は毎年大晦日に、家族で寿司を食べながら紅白を観た。 番組が終わって「ゆく年くる年」が始まると、祖父、祖母、兄2人と共に厚手の防寒具を着込む。初詣に出かけるためだ。 初詣と言っても、人が大勢集まるような場所ではない。家から300mくらいの距離にある、この集落のさびれた神社だ。 雪が舞う中、懐中電灯のあかりだけが頼りの真っ暗な道を5人で静かに歩

          サンバとマエバ。

          本棚の前にある日常。

          司馬遼太郎 ロビン・ウィリアムズ 黒板五郎(田中邦衛) 桜井和寿 (敬称略) これまでの人生において、私が勝手に「先生」と慕う四天王である。その中で唯一、今も現役で突っ走っているのが、モンスターバンドMr.Childrenのヴォーカル桜井さんだ。「そんなこと言ったら五郎さんだって、今も麓郷の山の中で慎ましい生活を続けているはずだ!」という声が聞こえてくるのだが、話がややこしくなるので今は無視することにする。秩序のない現代にドロップキックである。別に全然うまくないので

          本棚の前にある日常。

          POPというボケをかます。

          かんそう‐ぶん カンサウ‥ 【感想文】 物事に触れて心に感じたことをつづった文章。                       『日本国語大辞典 第二版』 だそうです。それを書きます。 ​約1ヶ月前、この本が職場のビジネス書ブックトラックに乗っていた。思っていたよりも配本が少なくて3秒ほど躊躇した。でも発売前から楽しみにしていたから、担当者が売り場に出す前に1冊かっぱらうことにした。念のため言っておくと、もちろん買った。 次の休日、朝から読み始めた。その日は夕方から1回

          POPというボケをかます。

          星降る夜の覚書。

          最近、よく空を見上げる。 朝起きて、ベランダに布団を干すついでに手すりに肘を置き、雲の形や動きを眺める。 あるいは、今にも夕立を連れてきそうな、茜色に染まる少し不穏な雲と、その下にある青空との境界に向かって、数羽のカラスが飛んでいくのを眺めたりもする。 目的はない。 たいていは何も考えずぼーっと見上げるだけだ。 思い返すと、日本中に自粛が呼びかけられた去年の春頃から、その回数が増えた。 SNSに空や雲の写真が投稿されているのもよく見かける。 昔から好きで写真を撮ってい

          星降る夜の覚書。

          私の夢が走る

          夢の話を書こうと思う。 「100人の女性からいっぺんに告白されたところで目が覚めた」の方ではなく、「将来、ウルトラマンになりたい!」の方の夢だ。 今でも、ウルトラマンになりたいこどもっているのだろうか。 そもそもウルトラマンというのは背中にジッパーが・・・ あ、違う。そんな話じゃなかった。 ー 幼いころの「将来の夢」というのは、それを持つきっかけも、あきらめる瞬間も、どこか曖昧であることが多いように思う。 こどもにとってはすべてが新しい発見だから、一つのことに専念して

          私の夢が走る

          黄金のトラックは私たちをつなぐ。

          世の中というのは、「きっかけがなければ一生知ることのない人やモノ」で溢れかえっている。 死ぬほど当たり前のことを書き出しにしてしまった。 札幌の高校に進学して野球部に入ったこともあり、クラスの中では割と活発なグループに属していた。 だからといって決して私自身がイケイケだった訳ではない。 それは初期のあだ名が「リシリ」だったことからも容易に想像がつくと思う。 同じく野球部の同級生で、胆振の伊達市から来た男のあだ名は「ダテ」だった。 都会の高校生は、単純で残酷である。 クラス

          黄金のトラックは私たちをつなぐ。

          「心」の距離。

          今年に入って2回目の『北の国から』ひとり鑑賞会を開催している。 これまではDVDでレンタルしていたのだけれど、どこの店舗へ行っても必ずどこかの回が貸出中になっており、一通り観るのにエラく時間がかかっていた。札幌のどこかに、年中借りて観ている猛者が、確実に数人存在している。 観たいと思った時に観れないのが辛すぎて、ついに「FODプレミアム」に加入してしまった。『北の国から』を観るためだけに加入してしまった。 言わずもがな、このドラマは名言・名場面の宝庫だ。連続ドラマとスペ

          「心」の距離。