マガジンのカバー画像

白い楓

65
二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
運営しているクリエイター

#小説連載中

明の5 「金色夜叉」(14)

 震えを抑えた私は、降りた駅のロータリーで香山のハチロクを発見した。顔面の傷をとやかく質問攻めにされるのだろう、と思い少し陰鬱な気分で車に近づいていった。iPhoneの時計を見ると、既に約束の時間を過ぎていた。早めにジムを出たのに、思わぬ障害を乗り越える必要があったことを説明せねばならないことも、私の気分をみるみる沈めていった。
 スキンヘッドのことを思うと、自分が死にかけた事実も連想され、怒りを

もっとみる

香山の11「オーバードライブⅠ」(17)

 中崎が去り、雰囲気も軽くなった。
「香山さんは、いくつ」
「二十六になったが、そちらさんは」
 私は甘ったるいカフェオレを飲み、唾液すら甘くなっているのを感じていた。本来はこのような飲み物は好まない。彼はまだ何も注文していなかったが、それをなんとも思っていないようだった。
「じゃあ、同い年かね」明が少し語調を強めた。私は中崎と話したときと同じ威圧を覚えた。「そうかい、同い年かい」
 今度は、私は

もっとみる

香山の13「夏の魔物 Ⅱ」 (22)

「もしもし」
「お前が貫一か?」
「誰かね君は」
「香山という同業だが、そちらさんは名乗らないのかい」
「お前の言った通り、俺は貫一だよ」
 彼の声は、荒野に走る一本の道路のように平坦で、電話を取ったのが私であることにもさほど驚いていない様子であった。
「ということは、お宮はそこにいるわけかね。彼は、捕まったのか。計画はご破算というわけかね。ああ、そうかい。しかし俺はこの通り、まだ息をしている。と

もっとみる

明の7「博多口」 (23)

 貫一は私との対面を隠蔽した。しかし、その理由は何なのか。彼が言うように、私がお宮を連れて博多口に行けば、お宮を奪還を試みるはずだ。
 貫一は駅構内に交番があるとは言ったが、その交番は駅構内の中心にあるわけではなかった。博多口の前にある広場の、極めて端寄りにあるために、駅の構内を見渡すことなどできはしない。そして、私も彼も、警察からの注目を好まないために、無理やりにでも貫一がお宮を連れ去ることは可

もっとみる

明の8 「獣ゆく細道」(24)

 空港から博多駅はそう離れた場所にはない。香山が車を転がせばすぐに筑紫口に到着し、私はお宮とともにハチロクから降車した。逃げ出さぬようにお宮の肩に手を回して、強く握った。
 私の狡猾は、香山の加糖練乳よりも甘ったるい判断をあざ笑いはじめていた。それはじわじわと私の中に悪意を宿らせた。ちょうど、コーヒーに半紙を浸したような具合だ。
 計算だと? 冷笑が絶えないね。
 自分以外の存在が下劣と名付けるに

もっとみる

明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

もっとみる

明の10「茜さす 帰路照らされど…」(26)

 貫一の狙いを見透かした私は、裏をかくためにお宮の同伴という貫一の要求を無視することにした。ハチロクの中に、お宮と残っていた。私は一人、博多口付近で、二人の出現を待つ貫一を見つけ、iPhoneを介して香山と会話をさせる手はずである。香山は筑紫口のロータリーにハチロクを停車し、私からの電話を待っている。
 動悸と眩暈を感じ、私は心底貫一との対面を望み、同時にそれを否定していることを認めた。再び筑紫口

もっとみる

明の11「シドと白昼夢」(27)

 今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、

もっとみる

明の13「正しい街」(30)

 私は変わらず緑を見ていた。この色に何らかの変化が起こるのを、佇んで待っていたのだ。鏡の中でも雨は降った。相変わらず、強弱に定まりがなかった。次第に私は鬱屈を覚えだした。こらえきれず気をそらそうと手のひらを見れば、それはサイコロでできていた。私の側には、一の赤い点が向いている。裏返してみると、それもすべて赤い点だった。どうも二層構造らしい。手を振ってみると、簡単に崩れてサイコロがぽろぽろと落ちて行

もっとみる

明の14「積木遊び」(31)

 私は、肉体にとどまらぬ人の殺意を未だかつて見たことがなかった。あの拳は、確実に私を殺すつもりだったのか、いいや違う。彼の発言からも明らかなように、彼は私を殺すつもりなんぞ毛頭なかったのだ。彼は私の手で殺されることを拒み、自殺によって私から永遠に雪辱を奪ったのだ。あの拳に殺意があったようには思えない。死とは永続性をもつ概念であることを、私は心底味わされたのだ。果たして自分にそんなことが可能とは、思

もっとみる

香山の17「ここでキスして。Ⅱ」(35)

「『どうして泣いているんだい』
 俺は分かっていた。でも、違うと願いながら尋ねた。
『あんたのせいやろ、嘘ついて、お客さん入れて、あたしどんだけ暴言吐かれながらやったと思いようと? 何で、あたしだって自分がかわいいなんて思い上がっとらんし、周りの人の反応を見ればどげん風にみんながあたしに腹の中で評価を下してるかぐらい、見透かしとう。あたしせめて会話ぐらいは一流にしようと、頑張りよったんに。大体から

もっとみる

香山の18「ここでキスして。Ⅲ」(36)

「私は田舎で生まれてね。田舎って、セックスぐらいしか楽しみがなくてさ。中学校でもう勉強とか、通うのとか嫌になっちゃって、高校へは行かなかった。でも、どうにかして高卒の資格は欲しかったから、通信制の学校を選んで都会に来た。一年に何回かしか学校に行かなくていいし、誰だって卒業できるしね。すると、色々楽しいものね。大体クラブに行けばその日の終電が無くなってもホテル代を出してくれる男が現れる。たった一晩、

もっとみる