香山の17「ここでキスして。Ⅱ」(35)

「『どうして泣いているんだい』
 俺は分かっていた。でも、違うと願いながら尋ねた。
『あんたのせいやろ、嘘ついて、お客さん入れて、あたしどんだけ暴言吐かれながらやったと思いようと? 何で、あたしだって自分がかわいいなんて思い上がっとらんし、周りの人の反応を見ればどげん風にみんながあたしに腹の中で評価を下してるかぐらい、見透かしとう。あたしせめて会話ぐらいは一流にしようと、頑張りよったんに。大体からあんたなんか、死ねばいいとよ。死ね、死ね……あたし、悔しい……』
 俺は慰めてやった。何も考えず、君はこんなにかわいいじゃないか、と繰り返してやった。きっと彼女はそう言ってほしいのだろう、と肌でわかったから。やはり、俺の読みは間違ってはいなかった。彼女はやがて泣き止んだ。彼女は、自己愛の補助を求めるために俺を呼んだのだった。俺の付け回しの改善を要求しているのではなかった! 自己愛ゆえの、結論だったんだ!
 俺は帰宅して、自分が正しいことをやったんだ、とばかり思って、毎日毎日過ごしていた。翌日もその翌日も彼女は出勤したしな。俺は、何も考えなかったんだ。これから、俺はこうやって生きて、死んでいくんだ、と。楽観すらしていた。彼女の選択なのだから、身売りしたっていいじゃないかと。今ではどうだ、義憤で悲しみを催すまでにもなっている。何時の間にか、水商売はその場しのぎではなくなっていた。もう俺はあの職の、時給から逃げられなくなっていたんだ。そんな日が、店がつぶれるまで続いた。俺は、金さえ入ればそれでいいや、とずっと暮らしていた。
 しかし、俺は今、ずっとそのことを後悔している。すぐに身売りをやめろ、と言えばよかった。エゴだとはわかっているが、人の評価を嘘だと勘ぐりながら受け入れるだなんて、俺の道徳が許す行為ではないんだ。それだけじゃない。人を殺して営むこの生活が、苦しくてたまらない。思えば、俺がこの世界に入ったのも、きっと好奇心からだった。危険の匂いに駆られて、俺は請負殺人をはじめた。俺は、警察の目を欺く自分の能力にずっと酔っていた。ヒモのころから何の成長もなかった!
 好奇心といえば、こんなこともあった。俺は、付き合っていた女の顔に向かって唾を吐きつけた。自分のことを信頼しきった女が、いざ自分に危害を加えられたとき、どんな反応をするのか、知りたかったんだ。彼女は理由を問いただし、理由をきくと俺に怒号を浴びせた。でも、俺は学んだんだ。信頼は一つの行為だけで簡単に失われると。俺は、好奇心の旺盛な、人として当然のことをしているだけだ」
 罪悪を告白する私をKは冷笑して、私を一蹴した。
「あっそうなのね。好奇心とか、何とか言って、自分の身に降りかかることを考えず、自分の器量に合わないことをやって、自分で自分の首を絞めているのがあなただわ。あははっ、そういえば、あなた達が私を殺したのも首を絞めて、だったわね。それに、思い入れのない他人のすべての行為に責任を持とうだなんて、可能なはずがないじゃない。お月様をねだるようなものよ」
 返す言葉もなかった。Kは続けた。

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