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風待ち日記

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水無月のほとりで風を待つ、いつかその日が来るまで
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レース編みの光を浴びて

レース編みの光を浴びて

午後の光というのは、どこか穏やかなようでいて情熱を秘めていたりするので、なんとも好ましいなあと思う。

桜が散ったあとの季節の太陽の光は、春にしてはやや強すぎて、夏というにはまだまだ未熟だけれど、私にはちょうどいい。やさしくてほがらかでさわやかで。風がぬるくて気持ちがいい。木かげがひんやりしていて気持ちいい。

大体、季節というものは総じてたちが悪い。季節は私の手をとって巧みにエスコートし、心底楽

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さよならではなく、またねと笑って

さよならではなく、またねと笑って

もらった一万語はすべて「さよなら」に使い果たしたい、悪く思わないでくれ、という内容の詩を見かけたことがある。うろ覚えだから間違っているかもしれない。けれどたしか、寺山修司さんの詩だったと思う。

なんでこの詩を思い出したのか。たぶん、大学を卒業してしまったからだろう。

「さよなら」を言うためだけに一万もの言葉を用いたら、それは一体どれほど豊かな別れの言葉になるだろう、とふと思ったのだ。果たして私

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穏やかでねむたい午後に

穏やかでねむたい午後に

JUDY AND MARYの散歩道を聴いて、やたらのびのびした気分になっている冬とのお別れの季節、春が来たら黄色い花冠をつくって頭にのせ、お姫さまのようになりたいな、とぼんやり思いながら、うとうとお昼寝をした。

3月に入ってから、ぽつぽつと大学の友人への手紙を書いている。もうじき卒業式だから。

私の友人たちはみんな文学を学んでいるひとびとだから、それぞれのやり方で言葉を愛しており、そんな彼らに

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陰鬱なる土曜日

陰鬱なる土曜日

土曜日じゃないのに土曜日とタイトルをつけた。そして夏じゃないのに、夏に撮った写真を使うことにした。そうでもしないと、やってられない気分なのだ。冬のつめたい風に負けてしまいそうなのだ。

たとえば非常階段の3階に立ち、爆音で音楽を聴きながら雨交じりの風に吹かれても、この気持ちはどうにもならない。胸の中へ押し込むことも、逆に追い出すこともできない。だったら、書くしかないではないか。

***

とびき

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さざなみ、鳥、午後の光

さざなみ、鳥、午後の光

季節が少しずつ冬に近づいている。

風が強くつめたくなり、昼は短く、代わりに夜が長くなり、太陽が私を照らしていてくれる時間がどんどん減って、それが頭を抱えたいほど憂鬱だというのに、月は空が凍てつくにつれて美しくなっていくのね。なぜなんだろう。

ここ最近、ふとした瞬間に言いようのない、苛立つような、哀しいような、焦るような、そういう気持ちが私を満たして、それにすぐ応じてしまう自分がすこし憎い。

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夕闇に溶けて

夕闇に溶けて

秋になってから、学生研究室を出てすぐのところにある非常階段をよく使うようになった。

私たちの学生研究室は学部棟の3階にある。今までは正面や裏の玄関から出入りしていたのだけど、あるときカッターシャツの彼が非常階段から建物に出入りしているというのを教えてくれた。本当はよくないんだろうなと思いつつ、ここ2~3週間ほど前から私もそこを使っている。

非常階段は鉄骨でできていて、屋根はあるけどほとんど外だ

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あたたかなお茶

あたたかなお茶

いつもどんなに明るく、楽しく、朗らかに生きているように見えるひとにも、ひとりでは抱えきれないほどのかなしみや、ふとした瞬間におそいくる痛烈な孤独の時間があって、私たちは胸のどこかでそのことを分かっていなくてはならないと思う。

そのひとの本当の部分は、いま見えているところだけではない。

私たちは他者に打ち明けたくない心をうまく隠したり、見せないでいたりすることができる。だから私たちは誰かの表面を

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プリズム

プリズム

先週の末、ゼミのみんなと研究室でたこ焼きパーティーをしたのだが、私はそこで同期たちにいろんなことを聞いたし、いろんなことを話した。

まず私がどれだけ彼ら彼女らのことを好きなのかをはっきり伝えた。

そして私がこんなに好きなんだからあなたたちも私を好きでしょ、というようなことを押しつけがましく述べ、私と同じく酔っ払っているみんなに「まあね」とか「はいはいそうね」と言われるたびに満足でふんぞりかえっ

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隣のアイスクリームは甘い

隣のアイスクリームは甘い

勝手に誰かや何かに期待して、それが叶えられなくて裏切られた気になって、それってまるでばかみたい、とたまに思う。

私たち、期待せずにはいられないのかなあ。

期待してるからこそ苦しいんだよね。絶対に裏切られないことがわかっている期待ならいいけど、それは期待ではなくて確信だし、だとすると期待って、裏切られることがあるからこそ期待なんだよ。だから苦しみを伴っている。

私は普段あまり要領がよくないし、

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オレンジの香り

オレンジの香り

このまえの週末、家にオレンジジュースがあったのでひさしぶりに飲んでみた。

紙パックにストローを突き刺し、ちう、とぬるいジュースを吸い込むと、オレンジのみずみずしい甘さの後ろにちょっぴり苦味を感じて美味しかった。私はなぜだか、りんごジュースよりオレンジジュースの方がどこか少し大人びている気がする。昔からずっと。

オレンジジュースを飲むと、私は江國香織さんの小説「きらきらひかる」を思い出す。

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心のお天気はそれぞれちがうから

心のお天気はそれぞれちがうから

何かや誰かの姿を見て、「こんなふうになりたい」「こんなひとになりたい」と憧れを抱くということは、すごくピュアでみずみずしい、大切な感情だと思う。

けれど私は同時に「こんなふうになりたくない」「こんなひとにはなりたくない」と感じることも同じくらい大切だと思う。ひょっとすると「こうなりたい」という気持ちより大切かもしれない、と最近は感じているほど。

誰しも他者とのかかわりの中で息をしている。
自分

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音楽と小説について

音楽と小説について

好きな音楽の話をしようと試みるとき、どうもことばを連ねるだけでは表現し得ないことがあって記事を書くのをやめた経験が何度もあるけど、それが一体なぜなのかはいつも曖昧なままだった。

好きな小説を紹介するのと同じように音楽についても紹介すればいいのに、それはいつもなんともいえないもやもやによって阻まれてきた。

しかしそれがなぜなのか、最近ようやくわかった。
音楽とは聴覚に依拠するものだからだ。

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散りばめられた星を縫うように

散りばめられた星を縫うように

「思い出されるためには忘れられなければならない、それがいやだ」というような言葉をどこかで見かけたけれど、あれを見たのはどこだったろう。

そういうことこそノートに書き留めておけばいいのに、うっかり記録し忘れている。私の中にはその言葉のかたちだけが、ひっそりと残っている。

その言葉を目にしたとき、私はたしかにそのとおりだと思った。

私たちは普段起きる出来事すべては覚えていられないようにできている

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ゆらゆらり

ゆらゆらり

今年はよく熱を出した1年だった。

2月には家族全員でコロナにかかり、11月にはよく分からない風邪に負けて熱が出た。

そしていま、私はまた熱が出ている。

妹の机からこっそり失敬した「ねじの回転」を問題なく読めるくらいには元気なのだ。

午後からの授業も出るつもりだった。今日から授業で扱う小説が小川洋子の「余白の愛」にうつるのだし、私はこの小説をとても好きだと思ったから、授業も楽しみにしていたの

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