saki

物書き/イラストレーター 家族と友人と恋人のこと。自分の愛し方のこと。

saki

物書き/イラストレーター 家族と友人と恋人のこと。自分の愛し方のこと。

記事一覧

もう会えないあなたを知り続ける

記憶のなかの父は、怒っている。 10歳のとき、わたしは父に連れてきたもらった近所のボウリング場を、3つ下の弟といっしょに抜け出した。ボウリング場に着いてから割引券…

saki
2年前
3

今日から変わってゆく、愛されたいわたしの話

「ずっと、あなたのことをパートナーとして見れなかった」 付き合ってもうすぐ2年の彼が、電話口でそう言った。 わたしは、その言葉をどこか他人事のように、眺めるよう…

saki
2年前
5

海暮らし 終わり

桜が咲いて、散った。 春が来るまでの旅と決めていたので、荷造りをして、街を出た。 約1ヶ月を過ごした部屋は、ものの数時間の片付けで、わたしが住んでいた痕跡をなく…

saki
3年前
1

あなたの死で、今のわたしが生きている。

いつぶりかに、父からの手紙を読んだ。 父が亡くなってから渡されたもので、わたしはそれを何度か読んだけれど、内容をぜんぜん覚えることができないので、いつも「そんな…

saki
3年前
2

ドンマイを贈る

ご飯すらうまく炊けないのか。 わくわくしながら炊飯器を覗き込むと、そこには水分をたっぷり吸って、いつもとは違う様相のごはん。 わたしは本当にいろんなことがうまく…

saki
3年前
2

わたし、息を吹き返す

月曜日。この街へ引っ越してからはじめて海へ行った。 空は雲が多かったが澄んでいて、気持ちの良い朝だった。海まで歩く途中、すれ違う人々の人生を想った。 とんびがピ…

saki
3年前

そのひぐらし

朝、部屋は光が射していて眩しかった。 不動産屋さんの言っていた通り、日当たりだけは良いみたい。安心した。 朝から小さいお風呂に身体を丸めて浸かり、それから卵をた…

saki
3年前
1

海暮らし 1日目

この街に来たのは初めてだった。 駅に着くと、柔らかな太陽の光がいっぱいにホームに降り注いでいて、とても良いなと思った。この街の第一印象は、日当たりが良いことだ。…

saki
3年前

願いなのか、空想なのか

海辺の街で暮らしたいな。 これは、昔からのわたしの夢。ずっと海無し県で育ったわたしにとって、海の臨む家に住むのは、憧れだった。 水面のきらめき、潮風のかおり、季…

saki
3年前
1

雨の日の公園で寝ていたわたしが、人生で初めて睡眠を好きになった話

家に帰るのが嫌で、小雨の降る秋の公園で、夜を明かしていたことがある。 わたしの杜撰な睡眠体験は、これだけじゃない。 受験生活は、深い眠りを避けるために、机に突っ…

saki
3年前
4

抜け出し方がわからない

去年まで、わたしの仕事は最高だった。 何をしても楽しくて、成長実感を得られて、周囲の人に恵まれて、同期の中では少しばかり成果も上げて。 これ以上ない職場だと思っ…

saki
3年前
1

母と猫

わたしが家を出るとき、母はひとりになる。 いつか訪れるそんな日が、わたしは怖くてたまらなかった。ひとりぼっちでリビングに座る母を想うだけで、胸が苦しくなった。 …

saki
4年前
2

これまで、身の回りに困ったことの無い大切な友人について

とある大切な友人のことばを、今でも時折思い出す。 あれは大学4年生のとき。同じゼミに所属していたわたしたちは、卒業論文のテーマを決めたばかりだった。 その日も、…

saki
4年前
5

君の家族も、いっしょに担うよ

彼と付き合って、たくさんの宝物のような言葉をもらったけれど、その中でも特別に心を温かくしたのは、この言葉かもしれない。 父が他界し、母と弟と3人で暮らすわたしは…

saki
4年前
4

1人でも幸せだけど、2人ならもっと幸せ、は崩れやすい

「あなたがいなくても、わたしは幸せだよ。でも、あなたがいると、もっと幸せ。」 わたしたちは、当たり前のように、心からそう思っている。 この考えを持っていると、楽…

saki
4年前
3

小説を読むことは美しくて、非効率で、嫌いになりたくない

社会人になって、ここ1年間は、ひたすらにビジネス書を読んでいた。 上司に紹介してもらった本を、期待に応えなきゃ、成長しなきゃと片端から詰め込むように読むうちに、…

saki
4年前
9
もう会えないあなたを知り続ける

もう会えないあなたを知り続ける

記憶のなかの父は、怒っている。

10歳のとき、わたしは父に連れてきたもらった近所のボウリング場を、3つ下の弟といっしょに抜け出した。ボウリング場に着いてから割引券を家に忘れたのを思い出し、「少し待ってなさい」と言って取りに戻った父を、数分後に追いかけたのだ。気持ちよく晴れた日曜日の午後の風のなかを、懸命に走った記憶がある。けれど結局追いつけず、別の道から帰ってきた父と入れ違いになって、散々探され

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今日から変わってゆく、愛されたいわたしの話

今日から変わってゆく、愛されたいわたしの話

「ずっと、あなたのことをパートナーとして見れなかった」

付き合ってもうすぐ2年の彼が、電話口でそう言った。
わたしは、その言葉をどこか他人事のように、眺めるように、聞いていた。ショックを受けないように、自分を目一杯に防御していたのだ。

彼とは、もうすぐ結婚すると思っていた。



ちょうど1年前、「いつごろ結婚したいと思ってる?」と聞いてくれたのは彼だった。仄暗い彼の部屋、夜の始まりの空気の

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海暮らし 終わり

海暮らし 終わり

桜が咲いて、散った。

春が来るまでの旅と決めていたので、荷造りをして、街を出た。

約1ヶ月を過ごした部屋は、ものの数時間の片付けで、わたしが住んでいた痕跡をなくした。小さくて、四角い、日当たりの良い、わたしの居場所だった空間。

街のあちこちに、愛おしい日々のかけらが散らばっていた。

新芽を見守っていた街路樹。野良猫に出会えた小径。毎日外から眺めていたお惣菜屋さん。いつものスーパー。お団子を

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あなたの死で、今のわたしが生きている。

あなたの死で、今のわたしが生きている。

いつぶりかに、父からの手紙を読んだ。

父が亡くなってから渡されたもので、わたしはそれを何度か読んだけれど、内容をぜんぜん覚えることができないので、いつも「そんなことが書いてあったのか」と泣いてしまう。

今回も、ひとりの部屋でわんわん泣いた。

小さなワンルームだけど、人目を気にせず大きな声を出せるのがなんだか嬉しかった。

父。わたしの卒業も、就職も見届けられなかった父。これから、結婚も、出産

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ドンマイを贈る

ドンマイを贈る

ご飯すらうまく炊けないのか。

わくわくしながら炊飯器を覗き込むと、そこには水分をたっぷり吸って、いつもとは違う様相のごはん。

わたしは本当にいろんなことがうまくできないなあ。

そんな自分に笑いながら、もったりとしたごはんに茹で卵とネギを乗せて……うん、これはこれで悪くない、って味を確かめながら食べる。なんでも実験的で、おもしろい。お米は、水が多すぎたのだろうか。それとも炊飯器の調子が悪い?だ

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わたし、息を吹き返す

わたし、息を吹き返す

月曜日。この街へ引っ越してからはじめて海へ行った。

空は雲が多かったが澄んでいて、気持ちの良い朝だった。海まで歩く途中、すれ違う人々の人生を想った。

とんびがピィヒョロロと軽やかに鳴くのが聞こえたら、目の前に海が広がった。海。風は優しく、もう冷たくない。春。

遠く水平線と、すぐそこの波打ち際をぼんやり交互に見つめて、家から持ってきた白湯を飲んだ。

瀕死だったこころが、少し息を吹き返した感覚

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そのひぐらし

朝、部屋は光が射していて眩しかった。

不動産屋さんの言っていた通り、日当たりだけは良いみたい。安心した。

朝から小さいお風呂に身体を丸めて浸かり、それから卵をたくさん茹でた。味玉を作り置きしたいのだ。でも、殻がうまく向けず、白身がぼろぼろになってしまった。卵の殻すらうまく向けないのか……と、ひとりで思わずにやにや。

今日は、数ヶ月放置してすっかりプリンになった髪をたずさえて、美容院へ。初めて

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海暮らし 1日目

海暮らし 1日目

この街に来たのは初めてだった。

駅に着くと、柔らかな太陽の光がいっぱいにホームに降り注いでいて、とても良いなと思った。この街の第一印象は、日当たりが良いことだ。

家から電車で運ぶには大きすぎる、でも1ヶ月間暮らすには小さすぎるスーツケースをなんとか転がしながら、引越し先のマンションを探す。

線路沿いののんびりとした道をまっすぐ進み、小さな坂に苦労しながら、わたしの今日からの家を見つけた。外観

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願いなのか、空想なのか

願いなのか、空想なのか

海辺の街で暮らしたいな。

これは、昔からのわたしの夢。ずっと海無し県で育ったわたしにとって、海の臨む家に住むのは、憧れだった。

水面のきらめき、潮風のかおり、季節によって変わる波の様子。そんなものを楽しみながら生活できたら、どんなに素敵だろうと思う。

好きな環境で、素敵なものに囲まれて、暮らしたい。でも、わたしは実家を出ない。海無し県の実家を。

1人になるのはいつでもなれる。でも、大切な人

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雨の日の公園で寝ていたわたしが、人生で初めて睡眠を好きになった話

雨の日の公園で寝ていたわたしが、人生で初めて睡眠を好きになった話

家に帰るのが嫌で、小雨の降る秋の公園で、夜を明かしていたことがある。

わたしの杜撰な睡眠体験は、これだけじゃない。

受験生活は、深い眠りを避けるために、机に突っ伏して毎日寝ていた。大学に入ってからは、飲み会から深夜に帰ってきて、メイクも落とさずそのままベッドへ。布団も枕も気にしない。翌日も早朝から遊びやバイトに出かけるので、睡眠時間は長くても5時間程度で、徹夜もいとわなかった。

寝なくても大

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抜け出し方がわからない

抜け出し方がわからない

去年まで、わたしの仕事は最高だった。

何をしても楽しくて、成長実感を得られて、周囲の人に恵まれて、同期の中では少しばかり成果も上げて。

これ以上ない職場だと思った。1年間勤めて、たった一回も「今日は会社に行きたくない」と思ったことがなかった。幸せだと思った。

なのに、それは、たった一度のトラブルで急転してしまった。

新年度になった途端、コロナにより完全在宅となり、コミュニケーションが難しく

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母と猫

母と猫

わたしが家を出るとき、母はひとりになる。

いつか訪れるそんな日が、わたしは怖くてたまらなかった。ひとりぼっちでリビングに座る母を想うだけで、胸が苦しくなった。

だからわたしは、猫を飼いたい。

小さくて愛らしい猫を飼う。誰にも相談せずに、猫をもらってくるのだ。今のうちに。母は、「誰が世話すると思ってるのよ」と最初は怒るだろう。ペット飼おうよ、と言うと、いつもそうやって嫌がるから。

でも、相手

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これまで、身の回りに困ったことの無い大切な友人について

これまで、身の回りに困ったことの無い大切な友人について

とある大切な友人のことばを、今でも時折思い出す。

あれは大学4年生のとき。同じゼミに所属していたわたしたちは、卒業論文のテーマを決めたばかりだった。

その日も、わたしたちはいつものように隣の席に座って、お互いのテーマについて話していた。彼女はわたしのテーマを聞くと、笑いながら「やっぱりすごいな、いいなぁ」と言った。

わたしは社会に対して日頃から感じていた問題をテーマを選んだ。心から解決したい

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君の家族も、いっしょに担うよ

君の家族も、いっしょに担うよ

彼と付き合って、たくさんの宝物のような言葉をもらったけれど、その中でも特別に心を温かくしたのは、この言葉かもしれない。

父が他界し、母と弟と3人で暮らすわたしは、小さな家族の中で幸せに暮らしている。大きな不自由はない。

しかし自室にいると時折、薄い壁一枚隔てたリビングから「母の寂しさ」を感じた。それはじんわりと壁を通して滲み出てきて、わたしのからだに重く染み渡るのだ。

自分が母の傍に居てあげ

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1人でも幸せだけど、2人ならもっと幸せ、は崩れやすい

1人でも幸せだけど、2人ならもっと幸せ、は崩れやすい

「あなたがいなくても、わたしは幸せだよ。でも、あなたがいると、もっと幸せ。」

わたしたちは、当たり前のように、心からそう思っている。

この考えを持っていると、楽だ。相手に過度に依存せず、期待しすぎることもなく、自然体で一緒に生きていける。

わたしは、この関係性が好きだった。

でも、彼と会うことのできない日々が続くなか、わたしは一人の休日を過ごしながら、自分の不完全さ、物足りなさに気づいた。

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小説を読むことは美しくて、非効率で、嫌いになりたくない

小説を読むことは美しくて、非効率で、嫌いになりたくない

社会人になって、ここ1年間は、ひたすらにビジネス書を読んでいた。

上司に紹介してもらった本を、期待に応えなきゃ、成長しなきゃと片端から詰め込むように読むうちに、ずっと大好きだった読書が好きではなくなった。

きのう、久々に小説を読もうと、本棚に手を伸ばした。少し前に話題になった2部作の物語で、母が貸してくれたもの。

外は雨だった。風の音を聞きながら、ページに目を落とす。

ぱら、ぱら、ぱら。

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